第38話 新たなる味

「これは! 中々の……モグモグ」

「もぐもぐ、甘いのにしょっぱい」

「はぐはぐ、匂いも最高ですなぁ」

「いやしかしこの程度ではバクバク」

「文句を言うなら食べないで頂きたいモグモグ」

「パクパクハグハグもぐもぐ」

「ちょっと君! 試食なんだから一人一本だろう! パクパク」

「え? ああ! 私はまだそっちのは食べて無かったのに……むぐむぐ」

「ん? というか試食会に何故侍女が来ている? もぐもぐ」



 俺と博士の前で試食会という名のバトルが繰り広げられている。


 醤油を作る事を提案した俺に同意をしてくれた博士は、まず古文書というか『醤油の作り方』というタイトルの羊皮紙で出来た古本をでっち上げた。


 見た目はすごい古臭い感じになっていて、王弟殿下はこういう物を作る事に手慣れている気がした……なにしてんねん博士は……。


 この古本を何処からか見つけたクランク博士が研究をし〈醸造〉能力を持つ俺が手伝って試作品を作ったという形にした。


 真っ黒な醤油をそのまま出しても受けが良くないだろうと思った俺は、料理にして出す事を博士に提案した。


 そうして出されたのが俺渾身の作品であるタレ焼き鳥の数々と醤油を塗って焼いたおにぎりだ、焼き鳥にはこの国で作られた質の良い野菜を挟んだりした野菜串も用意した。


 研究結果を伝えるという試食会を開き貴族でもあり内政官でもあるお偉い人々にこうして新たな調味料を使った料理を出している訳だが……。


「すごい事になっていますね博士……」

「だから言っただろうリオン君、もっと用意すべきだと、ちゃんと僕は忠告したじゃないか」


 いや確かにそんな事は言ってたけどさぁ10人にも満たない相手に100本以上の焼き串と焼きおにぎりも20個以上用意してあるはずなのに、なんか奪いあってるというか……一人だけお役人と違う恰好の侍女っぽい子も居るんだけど、誰も注意しないのかあれ……。


「博士、あの女の子はどちら様で?」

「ん? ああ……あー男爵家の娘さんだね、食べる事が大好きな子でダンスパーティに来ても延々と食べているという変わった子なんだよ」


 それは礼儀的に良いのだろうか? 見た目は別に太ってたりしないで普通の可愛い侍女さんって感じなのにね、俺と同年代かな?


 ……。


 ――


「いやー素晴らしい物でしたよ王弟殿下、あの調味料を我が国の特産に出来れば確かに諸外国にも売れますぞ! では材料や出来上がりまでの時間や経費などの説明をお願いします」


 今は試食会から会議室に移動をしている、お偉い貴族の内政官っぽい人が博士と話をしている、俺は壁際で突っ立ってるだけだ。



 ……。


 ――



「ふむ……経費はそれほどかからないのですね、塩も大豆も小麦も自国産で賄えますし、問題は〈醸造〉能力ですか……」


 そうしてチラっと壁際にいる俺を見たお貴族様な内政官。


「リオンは研究所の人間ですから差し上げませんよ」


 博士がきっちり念を押していた。


「残念ですな……製造の秘密を守る為にも貴族の中の〈醸造〉持ちを探すか奴隷の中に居ないか探してみますかな、人材が見つかったら彼に教えて貰う事になりますが、よろしいですかな?」


「それは勿論だよ」

 博士は楽し気に伝えていた。


 俺は博士の駒みたいな扱いになっていて守られているのが有難い話だ。



 ……。


 ――



 そうして試食会とその後の会議も好感触を得た訳だが、博士は王宮に用事があるとかで途中で別れて俺は王宮の外へと向けて案内人を付けられて歩いている。


 俺みたいな平民が勝手に歩く訳にいかない場所だからね仕方ないね。


 ちなみに案内人を買って出てくれたのはさっき試食会に紛れ込んでいた侍女さんだった。


 ヘレン・バニスターと名乗った金髪を侍女らしく編み上げているヘレンさんは俺の少し前を歩きつつ案内をしながら積極的に話し掛けてくる。


「あの焼き串は最高だったわリオン君! いえ! それ以外のお米を丸めた物も美味しかった! さすが王弟殿下よねぇ……あの味がいつでも食べられる様になるかもだなんて……じゅるり」


「ヘレンさんは食べる事が好きみたいですね」


 貴族の子女だからあんまり失礼にならないように、かつ相手から話し掛けてくるから多少の返事はしないといかん、うん、面倒だ、ちなみに歳は俺の設定年齢の一個上で16歳だそうだ。


 俺の内心を知らずとばかりにヘレンさんは。


「バニスター男爵家は武門の名家でね、昔からある掟に従って戦場ではまともなご飯は食べられないとか言って家の食事が質素なの……メインは麦や米の粥が鍋一杯で出されて自分でよそって塩を振って食べるとかなのよ? 信じられないでしょ、後は野菜が入った塩味のみのスープくらい……美味しい物を食べるのが好きになるのは仕方ないと思うでしょー?」


 武門っても確かこの国が最後に戦争したのってもう100年以上前の話じゃなかったっけか? 今の人らは本当の戦場なんて知らんと思うんだが……。


 だが一番の問題は!


「む、それはいけない! 筋肉に失礼な食事ですね」


「筋肉? 失礼?」


 おっとしまった、あまりの酷い食事メニューについ熱くなってしまった。


 武門の名家と名乗るなら筋肉に優しい食事にしろよ! ……許せないな……。


「ヘレンさん」

「どうしたのリオン君」


 歩きながら少し振り返ってこちらを見るヘレンさん、俺は少しだけ前に出てほぼ横並びになると。


「武人であるなら剣や鎧の手入れをしっかりするものです、ならば自身の肉体も剣や鎧のごとく大事に扱ってこと武門の名家と言えるのではないでしょうか? 切れ味の良いお高い剣を大事に手入れして壁に飾りつつも自身の体をまったく鍛えていない様な人達ならそんな貧相な食事でも構わないのでしょうけどね」


 と筋肉を馬鹿にした武門の名家とやらに皮肉をぶつけてみる。


 ヘレンさんは目を大きく開いてびっくりしつつこちらを見ていた、よそ見歩きは危ないですよ。


「王宮の端まで来ましたね、では案内ありがとうございましたヘレンさん、失礼します」


 軽く貴族がやる礼をしてからヘレンさんの返事も待たずに離れていく。



 ……。


 ――



 博士の無茶な雑用振りも無くなったので結構暇になった俺、今は博士の名前を借りて数日前に手に入れてもらった生きたままのウナギを調理している所だ、泥を吐かせるのに時間かかるのよね。


 ちなみにこの国や俺の知識にある地域だとウナギは美味しくないという理由で人気が無い、だがしかし醤油の出来た今はあれを作ろうと思っている、そう、皆大好きなうな丼だ!


 日本に居た頃は、もう絶滅すんじゃね? って感じで高級な料理だったけど親が言うには昔は庶民的な食い物だったらしいんだよね。


 みりんも日本酒も材料さえあれば〈醸造〉で作れちゃうからな、この国が米も沢山栽培しているから有難いよね……まぁ粥にして食べる文化しかないんだけどさ……。


 醤油と日本酒やみりんや砂糖を使ってタレを作っていく、ただしテレビか何かで見た時にウナギのタレは使う事で育っていく物だと聞いた、なのでまずは何度も作っていくしかないよな。


 研究所の端の簡易台所から外に出た場所で七輪の様な魔道具を使い捌いたウナギを焼いていく、焼いたらタレの入った壺に入れて取り出しまた焼いていく、を繰り返すんだっけ?


 今回は蒸さずにそのまま焼く方法でやってみる、地域によって違うんだっけか?


 んーやっぱ木炭じゃないと駄目かなぁ? 一応焼肉用の魔道具らしいので滴り落ちたタレが蒸発してウナギにまとまり着いているけども……昔嗅いだうなぎ屋さんの前の匂いより大人しい気がする……。


 まぁもう捌いちゃったし今回はこれでいいかと一心不乱に焼いていく俺……ん?


 あれ? なんか人の気配がすると思って顔を上げると近くに博士や助手達が居る、それはいいんだけども……それ以外にも何か大量の人が遠巻きに俺を見ている、あ、匂いか。


 焼き鳥の時は王宮のちゃんとした台所でやったから……確か魔道具で調理時に出る匂いを浄化するシステムがついてたんだっけか……やっべ……やっちまったかもしれない。


「リオン君、それは例の焼き串の時に使った調味料かい? 匂いが似ているけど」


 博士が聞いてくるので。


「まぁだいたい同じ物ですね、多少比率を変えてみた物を研究中なんです、ウナギを美味しく食べられないかなーと思って」


 俺が博士と大き目の声で会話をしているとそれを聞いている周りの人達がウナギという部分でがっかりしたのが判った、そのまま帰ってくれるとありがたいんだけどね。


 だがしかし、がっかりしつつも彼ら彼女らは帰らなかった、仕事はいいのか君ら?


「それは例の知識から来るものかい?」

 博士が小さな声で聞いてくる。


「そうなりますね、食べてみますか?」


「頂こう」

 博士は微塵も躊躇する事なくそう頷いてきた、さすが研究者だ、興味のある事に躊躇いが無い。


 炊いておいたご飯をスープ用の小さめなカップによそいウナギのタレを少しかけ、焼いたウナギを鉄串から抜いて適度にカットしてのせていく。


 スプーンを添えて。


「はいどうぞー」


 博士は躊躇なくご飯とウナギを口に入れていく、すごいなこの人、王族でウナギを進んで食べる人なんて居なそうなのにな。


「……もぐもぐ……美味い! なんだこれ? これが本当にウナギなのかい? 僕が聞いた話だと泥臭くて不味いって事だったのだけど」


「ウナギは痛むのが早いんで生きたまま捕獲して調理すれば臭さが減るんです、それと内蔵を使う調理をするなら綺麗な水の中でしばらく過ごさせるのがいいかもしれません」


「ふーむもぐもぐ……成程ねぇ……それも貧しい田舎の知識って奴か、お代わり」


 博士がお代わりを要求しつつ大き目の声で俺の知識を田舎の物だと周りに誤解させていた、そりゃこのあたりだとウナギは食わないからな……貧しいからこそ工夫をするって事はあるかもしれんか。


 そして博士の後ろに並び始めている助手や雑役メイドや下っ端兵士……いや明らかに貴族様な服装の方とかもいるんですけどぉ!?


「博士……どうしましょうかあの列……」


「もぐもぐ……僕が古本から再現した調味料を使って人気のない食材をもっと美味しくできないか君に実験を頼んだという事にしていいよ、でも皆には少しづつ食べさせないと収まらないだろうねぇ……仕方ないから僕も手伝うよ、僕がいれば無茶を言う輩も居ないだろう、突発的な試食会だね」


「それは有難いです博士、それと今度から研究所の匂いを浄化する魔道具が設置されている研究室とか使っていいですかね?」


「んーそうだねぇ、魔道具は魔石を消費するから下働きだと……リオン君の立場を少し変えて使える様にしとこうか」


「あざーす」


 和やかに博士と会話をしている様に聞こえるだろうけども、ウナギを焼くと周りにいる人たちの鼻がピクピクと動いて殺気だってきてるんだよね……ご飯足りるかなぁ……一人一口で簡便して貰おうっと。


 自分だけでうな丼を食べまくる計画が崩れてしまい、溜息を吐きつつウナギを焼いていく俺だった。





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