第37話 研究所の下働き
「リオン君ここ片付けておいてくれる?」
「はいはい今やりますねー」
「リオン君お腹へった」
「了解しました、食堂でパンとチーズでも貰ってきますね」
「リオン君あれとこれとそれを用意しておいてくれる?」
「えっと今日はもう素材倉庫番帰っちゃってますから無理ですよ? 事前に言って下さい博士」
「リオン君」
「リオン君!」
「リオン君?」
「リオンくーん」
……。
俺は今王都の研究所で下働きをしている、研究所は王都中央にあるお城の敷地内にある。
下働きの俺が飯を食う場所はそれ専用の食堂がお城の敷地の隅っこに存在する、雑役メイドや下っ端兵士や庭師やら、平民出身は同じ場所で食べているね。
俺はテーブルに着き上半身をテーブル上に預ける様にしてぐったりと力尽きている。
「お疲れの様だなリオン」
顔を伏せている俺の頭上から声がかかる。
そちらを見ると下級文官の知り合いだった、平民の彼は俺がここに来た時にお城でのルールやらを教えたり働くための登録をしてくれた人だ、国立の高等学校を良い成績で卒業した才能のある人らしいのだが。
平民出身であるというだけで下っ端扱いみたい、まぁそんなものだよね。
のそりと上半身を起こして横に退けていたシチューの入った器とパンを自身の前に引き寄せる。
「研究所の雑用というか下働きで雇われたのに何故かクランク博士の小間使いになっている気がするんですよ……思ってた役割と違いすぎますってば……」
「はは、あの御方は研究以外はずぼらだからなぁ」
下級文官さんは笑いながらご飯を食べ始める。
俺もシチューにスライスされた堅い黒パンを浸して食べながら問う。
「それと研究所の人員少なすぎませんか? 雑用の俺を入れて10人に満たないってお城にある国立研究所とは思えないくらい乏しいんですけども……モグモグ」
「ズズズッ、ん、ああ、それはほら10年前に王様が大開拓宣言を出した頃のこの国が一番貧しかった時は研究所も閉鎖されてたらしい、やっとほんの少し余裕が出来たから近年小規模な予算がついて再開したって訳さ」
「なるほど……それでかぁ……つまり博士が頑張ってお金になる研究をしてくれれば予算も上がって俺のお給料も上がる訳ですね」
「まぁ理屈ではそうだけどな、クランク様はそういう世俗的な事には目を向けないんじゃないか?」
「様付けかぁ……未だに博士が王族だという事に慣れません……実は研究所って博士の為の箱庭疑惑もあるんですけど」
俺は最後の方を小さな声で聞いてみる、王族の遊びでやってる研究所かもしれないからな。
「ふふ、大丈夫だよリオン、隣国で行われていた農耕技術を取り入れてこの国にもたらしたのはクランク様なんだよ、つまり大開拓宣言の切っ掛けになったんだ、まぁすぐに結果が出る訳でもないから研究所なんてちゃんとした箱が出来たのは数年前だけどな」
そう言い終えた下級文官さんは食べ終わった器を片付けると食堂を出て行った。
なるほど……開拓宣言がまだ10年前だから……博士が20歳ちょいの話か、その年頃で国策を変えるような事をもたらすとかすごい人なのかもな。
隣国の真似っても表面上だけ真似しても失敗するだろうし内容を深く理解出来ないと駄目だろ、まぁ本人は興味のある事を研究しただけなんだろうけども。
こうやって少しづつ周りに広まって各国で四輪作法が増えていくんだろうねぇ。
昔は一年ごとに使う畑と使わない畑を分けるだけだったのにな。
飯に困らないのは良い事なんだがこの食堂の飯はちょっと不味……美味しくないんだよなぁ……質実剛健というかそのまんまというか……。
モグモグと最後のパンとシチューを口に流し込み器を片付けて研究所に戻る俺、雑役メイドとかも、ある程度裕福な商家のお嬢さんとかだから俺みたいな後ろ盾の無い平民は眼中に無いっぽいんだよね……出会いがねぇな……これなら冒険者やってた方がましだったかもしれん。
……。
――
えーとこの本はこっちでこれはあっち、んん? あ、これは図書館の本かぁ返してこないといけないじゃんか……司書を通さず勝手に借りて来るのは博士なのに返しにいって怒られるのは俺って理不尽じゃね? ぶちぶち文句を言うとお小遣いくれてお茶を濁すクランク博士のお陰で小銭は貯まっていくからいいんだけどさ。
「ふーむ、むーむむむむむむ、うーん……」
その博士はなにやら王宮からの書類を読んで唸っている。
俺は庭師にいくらか渡して借りているお城の隅っこにある畑で育てたハーブでハーブティを淹れて博士に出してあげながら。
「どうしたんですか博士、そんなに難しい顔で考え込んで、あ、これ新作のハーブティですサッパリした味で気分転換に良いですよ」
「ん? ありがとうリオン君、ズズズズッ、む! これは中々美味しいね、君はすごいなぁ庶民ってのはみんなそこらの葉っぱでお茶を作れちゃうのかい? 王宮だと茶葉は輸入した物になるんだけども」
「ハーブティなんて誰でも……」
いや……そういやハーブって庶民が料理に使うけどあんまりお茶にするとかは見た事なかったかも……実は広まってない知識だった可能性がワンチャンある?
「どうしたリオン君、ズズズズズ、はぁサッパリするねぇ……」
「いえ、お茶なんて自国で作ったりしないのですか? お茶の木さえ手に入れたら後は農耕系や栽培系の能力者に育てて貰えば時短できますよね?」
「へぇ……お茶が草では無く木に生る物ってリオン君は知っているんだねぇ……一応重要機密扱いだったりするんだけども……」
ええ? いやいやそんな事は……えええ? ……そういやお茶の文化ってあんまり世の中には無かった様な? 飲み物っていえば酒か水か果物のしぼり汁とかだったかも……。
「い、田舎の農村とかだと知られてたりしますってば博士、農耕の秘密なんていつか漏れちゃうものですよ、小麦の輪作だってそうでしょう?」
「まぁそうかもしれないけど、僕が隣国から持ち帰った情報はそこまで秘匿されてた訳じゃないからね……リオン君さぁ……」
博士が俺の名前を呼んで少し溜めを作ってきた……。
「なんでしょうか博士」
「君、おかしいよね?」
「いきなり人格否定とかですか!? 散々人に仕事を放り投げてきたくせにこれは酷い!」
「それだよ、なんで平民で15歳かそこらの下働きが書類の清書をしたり、大量の本や書類を内容別に系統立てて整理したり、貴族の食堂に居る調理人より美味しい料理を作ったり、助手達に研究内容について助言したり、他にも色々と出来過ぎでしょう君」
「出来ておかしいと思う様な仕事を俺に振らないで下さいよ! もしかして最近めっちゃ忙しかったのって……」
「あはは、君の出来がいいから何処まで出来るのかなーって試したら任せる仕事が無くなるまで終わらなくてちょっとびっくりしたよ」
この博士は! くっそ! なんかどんどん専門的な話とか振ったり、これ下働きの仕事か? ってな事が多くなったと思ったら!
「びっくりしたのはこっちだよ! 何かおかしいなとは思っていたんだよ……くそ! 難しい仕事をする度にお小遣いをくれるからついやっちゃったのは失敗だった!」
だって貧乏国家とはいえ王族だからか、お小遣いの単位が銀貨なんだもん……そりゃぁ張り切っちゃうよね……これが銅貨だったら断るんだけども。
「それで君は何処でそれらの知識を得たのかな? ワクワク」
「30代のおじさんがワクワクとか声に出して言わないで下さいキモイです」
「リオン君酷い……これでも王宮にいくと結構モテるんだよ?」
自分でモテるとか言っているこのクランク博士、いや王位継承権のあるクランク王弟殿下はイケメンだ、普段のズボラな所を見ていない女子にはそりゃモテるだろう。
30歳前半なのに独身な時点でちょっと変人扱いなんだけども……未亡人とかにすっごいモテるらしい……たまに王宮のパーティとかから朝帰りしてくるしな。
貧乏国家時代に国家が揺るぎかけてクランク殿下はわざと結婚をしなかったとか下級文官さんが言ってたけど……本当の所はどうなんだろね。
「……そうですねぇ……前世の知識が残っていると言ったら信じますか?」
「なるほど……前世か……うーん、でもそれにしたら知識が古臭くない様な?」
そこに気付くとか、さすが博士だね。
「異世界の前世知識ですよ」
「……それが冗談じゃないとしたら途轍もない話なんだけどリオン君は僕に言ってしまって良かったのかい?」
何故かクランク博士は心配そうな目をしてそんな事を言ってくる。
「博士が俺を観察した様に俺も博士を観察しているんですよ、貴方は只々興味があるだけで脅迫とか情報の横流しとかはしない人でしょう?」
つまりそういう事だ、博士は根っからの研究者で興味のある事は調べないと気が済まない、それだけの話。
博士は呆気にとられた感じで少しの間口を開いて固まっていたが、しばらくすると。
「あはは、確かにそうだ、僕は知りたいのであってその知識が何処産であるかなんて問題にはしない」
そう笑いながら宣言をしてくる博士。
そうしてさきほどまで見ていた書類を俺に渡してくる、なんだろ?
それを受け取って流し読む……うへぇ……。
「研究所閉鎖の大ピンチじゃないですか博士……」
「そうなんだよねぇ……さすがに僕がもたらした畑の情報だけだと周りが納得しなくなって来たみたいなんだよね、兄上もどうにかしようとリオン君の所に行った時みたいに手柄を立てさせてくれようとしたんだけども……」
「ああ、開拓速度が速かったのは親方の個人的手腕でしたもんねぇ……つまり金になる研究結果を何か出さないと?」
「この研究所は閉鎖か縮小だね、僕はまぁ首になる事はないけども」
そりゃ博士は王族だものな……。
ふむ……忙しいけど給金はきっちり出る職場だったんだが……。
「お世話になりました博士」
俺はそう博士に頭を下げてみせると。
「まって! リオン君なら何かお金になる知識があるでしょう? 君に居なくなられたら誰が僕のオヤツを作ると言うのさ!」
知らんわ! おれはオヤツ係じゃないわい……。
自分用に作ってるのに何処からか現れて勝手に横から手を出してくるだけの話じゃんか……まぁ代金をちゃんと払ってくれるから俺もちょっと期待して多めに作るんだけどよ。
「金になる知識ですか? それを出して俺に何の利益が……」
「僕に入る利益の4割を君に流そう、しかも名義は全て僕にして君に面倒事がいかない様にする、どうかな?」
むむむ……さすが博士だ、良い所をついてくる……。
「じゃぁ個人的な趣味が入った金稼ぎでもいいですか?」
「勿論だよ! 研究者は興味があるからこそ仕事に熱も入るものさ、本当なら僕達の研究を金に成る様にするべきは内政官の仕事なんだけどね……そういう応用の効く便利な人材が居なくってねぇ……チラチラ」
博士が俺を見ながらそんな事を言ってくるが、絶対にそんな仕事はゴメンだ! すっごい面倒な奴じゃんかそれ。
まぁ今は金儲けの話だ、この国は食料自給率100%を超えている、その中には確か大豆とかも大量に……。
よし!
「まずは、醤油作りましょうか博士」
「ショウユー?」
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