第36話 案内係
「ほほう、ふむふむ一日で進む開拓はこのくらいっと」
俺の前で30代くらいのボサ髪男性が開拓地を見回りながら紙に色々メモっている。
ちなみに紙は輸入物の植物紙だ、便利な物を使うのは止められないよね。
この何にでも興味を持ってメモを取りまくっている人はトロアナ王国に仕える学者さんらしい、国立の研究所に所属をしているクランク博士なんて呼ばれている。
俺は親方に頼まれて開拓地の各所を案内している訳だ、まぁ俺なら失礼な対応はしないだろうって事だよね、勿論護衛の兵は小隊単位で付いて来ている……じつはかなり偉い人なのかもしれない。
まぁただの平民の案内係に自己紹介はしないから彼がどんな人なのかは判らん。
「君、それで奴隷達の競争心を煽るやり方というのはどういう物なのかな?」
ボサ髪男性が質問をしてきたので。
「子供にやるのと同じで一定以上なら普通にご飯が食べられる、頑張ればご褒美にお肉や干し果物や酒がちょこっと貰える、それだけの話です」
このご褒美システムは親方が勝手にやっていた物らしく。
この地区だけ開拓が早い理由を国が知りたがってこの学者さんが派遣されてきた様なのだ。
「なるほど、つまり他でも褒美を出せば早くなるのか……」
クランク博士が考えこんだが俺は忠告をする事にした。
「ご褒美だけ出しても効率は上がらないと思いますよ、ここの親方は一人一人に声をかけて相手との友好度を上げたり不満を聞き出したりと細かな配慮があるんです、そういった下地があって初めてご褒美が意味を為して来るんです」
誰だって嫌いな上司の下で真面目に働こうなんて思わない、好きとまではいかないかもだが労働にきっちり報いて話も聞いてくれる上司の元ならある程度は頑張るだろうさ。
てなことをクランク博士に説明していく俺。
「ふーむ……人の好き好きが労働効率にも関与してくるのか……興味深いね、となるとこれは何処にでも適用できるものではなくブツブツブツブツ」
博士は早速何やらブツブツと呟きながらメモを取っている、学者ってのは皆こんな感じなのかね?
そして博士がふと顔を上げると俺を見つつ。
「君なら作業効率を上げる為にどうするかな? 大量の金品で釣るとかは無しだ」
そんな質問をしてきた。
ふーむ……金が無いなら……。
俺は豊臣秀吉がやったとされた城壁の修理の話をもじった物を伝えてみた。
一人づつではなく5人程で組みを作り、競争させて勝ったら減刑をされ解放が早まるという物だ、組みを作る事でお互いを監視するからサボリが減るんじゃねーかなぁ……知らんけど。
「ふむ……確かにそれなら早く終わるかもしれない、だが書類奴隷からの解放が早まればそれだけ労働者が減る訳だから後々困るのではないかな?」
博士がそう質問をしてくる。
「そうかもしれませんね」
俺は無難に答えておいた、俺自身の考えだと解放された者の大半がまた戻ってくる気がしているのだけども、まぁそれは言わないでおく。
普通に解放された元奴隷が無一文からスタートして生活できるようになるなんて、そう簡単に出来る事では無いからな……。
俺はまぁ〈財布〉に前世からの金が少しあるけどさ……。
そのあたりのフォローが国としてまったく無いのは気づいてないのか分かっててやっている誰かがいるのか……半々くらいの確率かなぁとか思ってる。
その後も博士の要望に応えて炊事場や食材倉庫に洗濯場、それから睡眠場所と各場所を見回って行った。
この博士は何にでも興味を持って質問しまくってくるんだもん疲れちゃったよ、なんでもかんでも分かる訳ないだろうに……分かる事だけ伝えて、分からん事は分かりませんと素直に答えるしか無かった。
……。
――
――
「王都の研究所で下働きですか?」
開拓を頑張ったお陰で解放が決まった俺に親方が新しい職場を勧めて来た。
「うむ、ほら、少し前にここの調査に来た学者先生が居ただろ? リオンに案内させたあの人がな、お前さんが利発そうなので誘ってみてくれと伝えてきてな、どうせこのまま解放されても無一文じゃ冒険者にでもなって魔物を狩るしかないだろ? これを受けたら支度金が少し出るぞ」
うーむ……普通に失礼の無いようにお偉い学者様を案内しただけなんだが……利発?
特に難しい話をした記憶もないんだけどな……俺がもうちょいイケメンか男の娘っぽかったらやばい線も有り得るんだが……今生はフツメンだからなぁ……。
「うーん、親方、あのクランク博士って学者先生はどんな人なんです? 人となりとか暴力を振るうとかそういう噂あったりします?」
働いてみたらブラックだったとか嫌なので率直に聞いてみる事にした。
「そうだなぁ、俺達とは身分が違うお偉い方だな……後は……噂と言われても開拓を指揮する下っ端役人に降りてくる情報なんて大したものねーからなぁ……まぁ悪い噂を聞いた事はねーとしか言えないな」
むーんお貴族様だったのか、あの時は護衛がやけに多いと思ったんだが、貴族だからか?
当主が学者をやるとは思えないし……伯爵家とかの三男とかかねぇ?
まぁ会話をした感じだと怖い人じゃなかったし、ブラックな職場なら逃げちゃえばいいやね。
「それじゃお願い出来ますか? あーでも自分は礼儀作法とかさっぱりなのでそれでも大丈夫ならですけど」
「下働きにそこまで求めんだろ、敬語が使えりゃ十分だ、じゃぁ物資の輸送馬車に同乗させてやるから数日待ってろ」
「了解でーす……待つ間のご飯って頂けますか?」
「支度金の一部を預かってはいるが……待機している間に遊び呆けてたら他の奴らとケンカになるだろうからな、もう数日は何かで働いとけ、開拓をするなら多少の賃金も出すぞ」
解放が決まったのにまた働く奴は居ない訳じゃない、飯の為とか小遣い程度のお給金を貰って元手にしたりね、さてはて……。
開拓もいいけど付近で魔物狩りをしてもいいかもな……親方に槍か弓でも借りるとしようかなっと。
「それじゃ周囲で魔物狩りでもしてますよ、お肉も取れて安全度も上がる一石二鳥なので武器貸して下さい、借り賃代わりに肉を提供しますよ、それ以外の部分は安めでいいんで買い取ってくれると嬉しいです」
「ふむ……リオンの腕ならいけるか、買取は冒険者ギルドの半額くらいになるがいいか? 出入りの商人相手だとそれくらいになっちまうんだが」
「十分ですよ、ではそれでいきますね」
そうして親方に槍を借りて周囲の茂みに分け入り魔物を狩っていく俺だった。
このあたりだと山羊型の魔物や牛型の魔物とか、植物を主に食べる魔物が多くて肉が美味いのよね。
さて狩るぞー!
……。
――
――
「んじゃお世話になりました親方、また何処かで縁が合ったらお会いしましょー」
俺は荷馬車の上から親方に手を振る。
親方は苦笑いしつつも。
「リオンなら何処でもやっていけるだろうし頑張れや、肉の寄付は助かったよ、元気でなー」
うむ、魔物をちょっと狩りすぎて目立っちゃったのよね、いやー美味しそうな魔物が一杯居るんだもの、元レンジャーの知識が役に立ちまくってたった数日なのに山羊型が3体、牛型が4体、鹿型が2体、ウサギ型が15匹と大量に獲り過ぎてしまった。
半額買取って話なのに金貨以上の稼ぎが出てびっくりしちゃった。
その買取値段を何処からか聞きつけたのか、例の一歳年上のオタサーの姫な彼女がやけに接近してきて逃げるのが大変だった……。
寝てるテントに突撃を仕掛けようとしてきたんだぜ?
……俺はこっそりと、彼女に惚れている役人と寝る場所を交換して貰っておいてよかったよ。
俺が去った後に新たな夫婦が一組出来るみたいで、良かったよね。
役人の嫁になれば借金奴隷からの解放なんてすぐだものな。
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