発明家の助手

第35話 書類奴隷

 ほーいどっこらしょーのどっこいしょーっと。


 心の中で掛け声を掛けながら鍬を地面に向かって振り下ろす、ガツッ。


 また石かぁ……畑を作る開拓って面倒なのね、結構深い所まで掘り返して大きな石ころを取り除いていく作業を延々と熟していく俺だった。


 こんにちは、俺です。


 今回の転生は農奴というか労働奴隷と言うか……まず今俺が居る場所はトロアナ王国という国だ、平原と川の国なんて呼ばれている、古くから安定した収穫を得る事が出来るその土地では国が長期間安定して栄えていた。


 その長く続く続いた国では知識が醸成されていく、その知識は羊皮紙の本にまとめられ、それが集められた王城に併設された大図書館は近隣国でも有名な物だった。


 先代の王様がその知識資源を金に換えようと思ったらしく羊皮紙の本を写本して諸外国に高値で売り出した訳だ、それはすごい上手く行き図書館にある一つの本を数百冊写本にして売りに出せば金貨が数万枚手に入る状況だったのだとか、そんな資源となる本は図書館に万を超えて存在していたとか。


 そうしてこの国は羊皮紙を大量に作る国家的な政策を施行し国中に牧場と、家畜の餌になる草を収穫する畑を増やしていき、大量の写本も順調に諸外国へと売りに出せていた。


 ところが、だ……近年、といってももう十年以上前だが隣国が植物紙を大量に作りだし各国に輸出をし、さらに手書きの写本に変わる活版印刷なるものを発明したという……うん何か身に覚えがあるなぁこの辺……まぁ話の続きを。


 おかげで手書きの羊皮紙の本の価値は下がり、美術品としての価値が少しあるくらいになってしまった、そうなると国是として写本に注力していたこの国はどうなるか?


 大不況の嵐が訪れたこの国は隣国に戦争を吹っ掛ける可能性もあったみたいだけど、国力がほぼ互角で相手は様々な技術やらで好景気になっていて勝ち切れる可能性が低かったので戦争を諦めたのではないかと言われている。


 牧場やエサ用の畑を管理していた農民やらも離散し、残った荒れ放題の土地に植物を餌にする魔物が入り込み増殖し、という感じでちょっと昔はかなりひどかったみたい。


 そこでこの国の王は大開拓宣言を発令して荒れた土地を小麦畑にして食料輸出国としての成り上がりに賭けた、というのが十年前だとか。


 この国では他の国とは違い〈奴隷術〉を使わない奴隷制度がある、開拓の労働力を得る為のシステムでこの国では書類奴隷なんて呼ばれる。


 それで今生の俺が何故開拓の様な事をしているかというと、素っ裸でとある街中に放り出されていた今回の転生、自身の目が覚める前に兵士に不審者として捕まってしまった、そして書類奴隷にされた。


 なんでそうなる、と思うかもしれないが、どうにも軽微な犯罪者を書類奴隷にして労働力を一定数確保するノルマの様な物が役人にはあるみたいなんだよね……この法律が出来てまだ十年、国内の開拓できる荒地が無くなるまではこの法律が無くなる事は無さそう。


 下手に逆らって犯罪者として手配されるのもあれだし、開拓をきっちりやれば功績に応じて減刑をして解放してくれるって話なので今はえっちらおっちら鍬を荒地に振り下ろす日々だ。


 ようは軽犯罪の罰が開拓という労働刑って事なんだよね。


 〈奴隷術〉の奴隷紋で縛られている奴隷と違って書類一枚だけの話なんで逃げちゃう奴とかもいるんだが、国にケンカを売っても大変なだけだと思うんだよ、英雄と呼ばれる騎士だって訓練された数の多い軍隊相手には勝てないんだからさ……。



「おうリオン! 進み具合はどうだ?」

 考え事をしながらも鍬を振るっていた俺に声を掛けてきたのはこの地区を管理している役人達の中のお偉いさんだ。


 まぁ見た目は山賊って感じなので皆して親方と呼んでいる。


「ぼちぼちです親方、鍬がもうちょい良い物だったら楽なんですけどね、鉄製の良い奴を揃えた方が良くないですか?」


 木で作られた鍬だと壊れやすいから力加減も難しいんだよなぁ……。


「開拓者全員に鉄製の鍬を配れるくらいの金が国にあったらそもそもこんな事はしとらんだろうよ」

 親方がもっともな事を言ってくる、今だこの国は貧乏国家だからな。


 元々自給率は高かったので餓死する様な国民はほとんど居ないが農業国家で自給率100%あっても外国から金が流れてこないから内需だけで回す事になるし……そりゃ貧乏に……なるのか? いや政治や経済とか詳しくないからよく判らんのだ。


「ごもっともな話です」

 俺は親方の話に頷いてみせた。


「しかしリオン、お前は若いのに体力も力も人一倍あるみたいだな、この場所の進み具合だけ別格だぞ、褒美として夕飯に肉を付けてやろう」


「……その肉って俺がこないだ倒した魔物の肉ですよね?」

 開拓をしているとたまに魔物に出会う事がある、戦える奴隷が倒すのが常なんだが、倒した事に対しては褒められるが俺の物にはならんのよな……。


「はははっ書類奴隷には物の所有権が無いからな! リオンは街中を裸でうろついてたとかいう軽犯罪だしもうすぐ解放だろ? そうなってからなら倒した魔物の所有権は当然リオンの物になるし、まぁそれまで我慢しとけ」


 親方は笑いながら次の労働奴隷の元へと歩いて行った、一人一人声を掛けて進捗具合を調べたり不満が溜まり過ぎない様に管理したりと、あの役目は大変そうだよなといつも思う。


 俺は倒れてただけで別に裸でうろついたりしてないのにな、犯罪者にする為に役人が罪を捏造したんだよね、しかも何故か俺の側に落ちてた普通の服は没収されて小汚い服を渡されたし……。


 あの服なんだったんだろう? 裸の俺が可哀想で誰かが恵んでくれた? ……謎だよね。


 そうしてまた荒れた土地を耕すべく鍬を振るい考え事をしていく。


 さきほど名前を呼ばれたから判ると思うが今生の俺はリオンと名乗っている、灰色髪で年齢は15歳という事にしている、この主観年齢もどうにかしたい……この年齢は誕生日が判らないと役人に言ったら適当にこれくらいだろと言われて書類につけられた年齢だ。


 ちなみに誕生日は捕まった日になった、忘れられない思い出になるね! ってなんでやねん!




 そして教会で祝福を得る事も出来たのだが今回は〈財布〉が2個という外れガチャだった……〈財布〉のピックアップ期間はいつまで続くのだろうか?


 まぁ前世の能力は全部残ってたんでいいんだけどよ、本当になんで能力が消えちゃった時があるのかが判らん……。


 ……。


 ――



 日も落ちて開拓奴隷達が皆して食事を配ってくれる所へと集まる、その有様は酷い物でちゃんと並ぶ奴なんてまず居ない、俺が先だ私が先よと配給所の前でケンカ状態になる、そして役人や兵隊達から雷が落ちるの繰り返しだ、君らはいつになったら学習するのだろうか?


 まぁ借金こさえたり軽犯罪を犯したりして奴隷に落ちる奴は大抵こんなもんだ、なにせ国が主導して国民に教育をするという概念がまだこの世界に根付いていないからだ、隣国はそのあたり随分変わったみたいで、だからこそ国力に差が出てきているんだけども。


 衣食足りて礼節を知るなんて言葉があるが、そこにはまず基本として幼い頃から道徳を含めた教育をされている事が必要なんだなぁと最近しみじみと思う。


 知識の中にあるシスターレオーネのお話集の中には当たり前の様にそういった道徳やらの概念を含めて子供達に教育をしていたのだが、思うにあれはすごいグッジョブだと思う、あのお話集とか植物紙の本にして世界中に配ってくれたりしないだろうか?


 相も変わらないケンカや怒号が飛び交う食料配布が落ち着いた様なので俺も取りにいく、最後の方の人らはみんな知識層な奴隷できっちり列を作っている、早かろうが遅かろうが配る飯の量は絶対に変えないという親方の意向のおかげともいう。


 たまに新人の配給担当が無差別に考えなしに配っちゃって最後の方が足りなくなるなんて事もあるからな、どれくらいの人数に配るのか、一人にどれくらいの分量で配れば行き渡るかなんて考えたり計算しない人も居るんだよね……こんな所も教育が必要だと思う。


 日本なら小学校の給食の分配とかで学んでいく事なんだろうけどね。


「あ! リオン、親方さんから聞いているわよ、これご褒美のお肉ね……後で私にもお肉分けてくれる?」


 そう言って俺に分配用の食料を渡してくる女の子は俺より一つ上で16歳の書類奴隷で、それなりに可愛い女の子だ。


 ニコニコと笑顔で俺にパンとかなり大きい肉とマッシュポテトの乗った皿を渡してくる、飲み物は少し離れた場所で水を配ってくれる場所がある。


 この子は確か商家一家だったが親御さんが商売に失敗して借金こさえたんで売りにだされたとかなんとかで礼儀作法や教育を多少受けているので食料分配役になっているのだとか。


 俺の中にある前世の知識でいう最初の準騎士の頃ならば俺に好意があるんだろうなーと思って舞い上がってしまう所なんだが……これは違うよな? 奴隷としての自身の行く末を計算してなるべく良い相手を探そうとしているんだと思う。


 俺は体力も腕力もあるし、今生の顔は平凡だが体格は中々良い、なぜなら筋肉は常に鍛えているからな!


 そして魔物を倒せる槍系戦闘能力持ちだとバレているし設定年齢も15歳と若く、しかももうすぐ解放される身分だ。


 親方役人からの受けもよく解放後に親方役人の手伝いとして雇われないかとも誘われている。


 手伝いから役人へと成り上がれる可能性も高いし、戦闘系能力があるなら冒険者になるにもまだ遅くはない年齢だ、そんな感じに優良物件として見ているんだろうなーといくつもの人生の知識を得た俺は思う訳だ。


 相手の経済状況やら条件を見る事が悪いとは言わないんだけども、彼女の中に愛情がひとかけらも感じられないので俺よりもっと良い物件に出会ったら即そちらにターゲットを変えるんだろうなーと思ってしまう。


 そこそこ可愛らしくてこの地区の労働奴隷の中ではかなり人気があるんだよね……大学の漫研サークルの姫って言えばイメージが伝わるかな?


 な訳で俺は一線を引いてお付き合いをする訳だ。


「すまん、俺の筋肉の為には肉がどうしても必要なんだ! なので分けてあげられない!」


 俺の宣言に彼女は表情を引きつらせながら。

「そ、そう? じゃぁ今度の休憩時間中にお話でもしない? 私リオンに興味があるの」


「申し訳ない、休憩時間は筋トレをする予定で一杯なんだ……時間さえ余ってたら付き合ウノニナーザンネンダナー」

 俺はすぐさま棒な口調で反応を返すのであった。


「それは残念ね……また時間が出来たらお話しましょ」

 そう言って彼女は食料品配りの仕事に戻って行った。



 俺が水用のコップを取り、少し離れた場所にある水を配る場所に近づくと、そこで水を桶から柄杓で汲んでコップに入れてくれるおばさんが水を注ぎ入れながら。


「あんた女を見る目あるねぇ……あの子は他にも色々声を掛けているのよ、下っ端役人の中にはデレデレしちゃってるのも居てね、おかげで楽な仕事ばかり回して貰っているのさ、きつい仕事の洗い物や洗濯場でなんて一度も会った事ないしね」


「ですよねー」

 おばちゃんの愚痴を籠めた様な情報に俺は同意してしまう。


 俺には〈遠目〉とか〈夜目〉があるからなぁ……色々気付いちゃう訳さ。


 周りに誰も居ない場所へと移動してご飯をもそもそと食いながら思う。


 こんな借金奴隷や軽犯罪奴隷しかいない場所でまともな出会いなんてある訳ねーよな、と。
















 ◇◇◇


 補足


 今生のリオンがそう思っているだけで、実際はまともな人も奴隷の中にはそこそこ居ます。


 ◇◇◇

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