第31話 四曲目 王宮の歌

 ポロンッポロンッ。


 小さなハープを爪弾き私は歌っていく。


 民を思う領主の歌を。


 民に思われる貴族の歌を。


 全てが崩れ落ちる破滅の歌を。


 大地に芽吹く新たな華の歌を。


 華の色に不安を覚える指導者の歌を。


 ポロンッポロンッ。


 私は静かに歌い終わると、そっと竹で編んだカゴを自分の前に出す……。


 ……おや? 釣り用に入れてある自前の銅貨以外見当たらないカゴを前に思う……今日は塩スープかなぁ……。


 そこそこの人の入った酒場の片隅で私はウエイトレスに一番安い定食を頼む。


 ここはミレオン王国の王都オーエルの酒場だ、新たな歌を作った私はこうやって彼女達の想いを歌いながら街から街へと移動をし、ついにこの王都に辿り着いたのだけれど……。


 何処もかしこもケチんぼが多い様でお財布は軽くなるばかり。


 はぁ……何処かに金色なチップを投げ入れるお大臣は居ないものだろうか。


 一番安いというクズ野菜のシチューと堅い黒パンセットを苦労しながら食べていく。


 チャリンッ、その音が目の前から響いたので勢いよくザルを見る、え? 金色?


 まじで!?


「お大臣様じゃん……」


「ほう……私が大臣と気づくとは……ただの吟遊詩人では無いという事か、そこな吟遊詩人よ飯が終わったらこの兵達と共に城に来い、その金は足代だ」


 そう一息に言ってのけたおっさんは私が何かを言う前に酒場を出て行った……。


 周囲を見回すとミレオン王国の王国軍兵が3人程で私を囲んでいるね。


 取り敢えず、だ。


 金色のチップと釣り用の私の銅貨を〈財布〉に仕舞い、まだ残っているご飯をのんびり食べていく。

「もぐもぐ、兵隊さん、さっきの人誰なんですか? もぐもぐ」


 兵隊のうちの一番偉そうなおっちゃんが答えてくれる。

「誰ってお前さんさっき大臣様って言ってただろうに、この国の大臣の一人だよ」


「へー……モグモグ、金払いの良い人をお大臣って庶民では言うんですが、知らないんですかね、もぐもぐ」


「ああん? 初めて聞いたぞそんな事……田舎の方言みたいなもんか? あーえーとな、たぶん大臣様はお前さんを勘違いしてそうだなぁ……まいいや、なんか妙な歌を歌っている吟遊詩人がいるって噂が流れてきてな、女王陛下が興味を持ったから仕事を依頼してこいって命令があったみたいだな」


「仕事? 一切内容の説明とか無かったんですが、ご馳走様」


「そりゃ女王陛下からの依頼だからな……大臣の中では断られる事もない確定事項なんだろ、お前さん拒否するかい?」


「いやまぁ行きますけどね、何せ足代だけで金貨一枚ですよ?」

 私がそう言うと。


「そりゃ俺でも行くわ」

 兵隊のおっちゃんは笑いながら答えていた。


 ハープをバッグに仕舞い、背負ってから酒場を兵と一緒に出ていく。


 彼らの肌には奴隷紋がしっかりと浮かんで居る。

 でも、それにしちゃぁ悲壮感とか無いんだよね……ここまで来る旅の間に見た女王陛下の奴隷もみんな普通に暮らしてたしな……。


 用意されていた馬車に乗り込み運ばれていく私、これ軍隊用の奴じゃん……経費削減ってやつか……実際にやられるとちょっとモヤっとするねこれは。


 懐かしくはないけど知識にある王宮の中へと入っていく私、へー装飾が随分減っているな、掃除大変だものね、荷物を確認されハープ以外は預かると言われて持っていかれる、管理するのは女性にして下さいパンツとか盗まれると嫌なんで、と告げたらすごい嫌そうな顔をされた。


 そのまま歩いて王宮内を案内され……んーこっちの区画は知識にないな、でも謁見室とかでは無さそう。


 そして案内された豪華な扉の部屋、扉の開けられた先は……貴族相手の応接室って所かな。


 そのまま中に入るとそこには……ものすごい超絶ミラクル美人が居た……。


 クッ……超絶美少女の私でもこれは勝てない……悔しい、なにあのサラサラとしてそうな輝く銀髪、銀の瞳は涼し気で、まつ毛とか超長い、背も知識の中より伸びているし胸も……あ、胸の大きさでは私の勝ちだね。


「座りなさい」

 美人さんの落ち着いた声が私に届く、今が1305年の12月だから……来年の2月で26歳かぁ……そりゃ落ち着くわなぁ。


 部屋の中にはさっきの大臣がソファーに座る銀髪美人の後ろで立って居るのとメイドさんが居るくらいか。


 まぁ護衛兵とか必要ないものなこの人には。


 戦場のどさくさならまだしも一対一みたいなこの状況で勝てる相手じゃないね。


 銀髪さんの対面のソファーに座る私、クッ……美人オーラがすごい……とはいえ私も美少女オーラで対抗する。


 そしてそこには竜のオーラを漂わせる銀髪美人と、ハムスターのオーラを漂わせるピンク髪美少女が相対する事になる。


 ……。


「負けました」

 私はテーブルにオデコをつけるくらい頭を下げてそう宣言をする。


「えっと……何の話?」


 頭上から聞こえてくる銀髪美人の声に私は下げていた頭を戻すと。

「美人勝負をしたいから呼ばれたんですよね?」


「はい?」

 うむ、ポカンとした表情も美人だね。


 そして大臣さんは何故かウンウンと頷いている、なんかむかつく。


「えっと……内容の際どい歌を歌って旅をしている吟遊詩人が居ると聞いたので興味を持ったのだけれど……貴方なんて言われてここに来たのかしら?」


「金貨一枚渡されて城に来いとだけ言われました」

 私は真実をきっちりと銀髪美人さんに報告していく。


「大臣……これはどういう事かしら?」

 銀髪美人さんの声が少し低くなる。


「あ、いえ、断られる話でも無いので説明は後でも良いと思いまして……」

 大臣らしいおっちゃんが狼狽えている、ざまぁ。


「ふぅ……貴方はもう下がってよろしい」

 銀髪美人さんが少し冷たい声でそう命じている。


「ですが女王陛下!」

「私は下がれと言いました」


「は! 失礼します」


 大臣が部屋を出ていく、ションボリしているがおっさんのションボリは可愛くないからまったく同情しない。


「ごめんなさいね、私は貴方の歌を聞いてみようと思ったのよ……見方によれば私を批判している様な内容なのよね? それが民の間に流れているのならば私はそれを知る必要があるの」

 女王陛下は私を真っすぐと見てそう言って来る。


 うん、知識通りの真っすぐな子なんだねぇ、おっと女王陛下の方が今は年上なんだった、真っすぐなお人なんだね。


「なんと、歌の仕事の依頼でしたか、それではまずは金額交渉からいきましょうか」


 私がそう言うと女王陛下は目をパチクリさせて驚くと、しばらくして笑い出す。


「ふふふっ、そうね、ええそうだわ、仕事を受けるにもまず内容と報酬を確認するのは当たり前だものね、ではこちらの条件なのだけれど――」

 女王陛下とのお仕事の話が始まる。


 ……。


 ――


 ――



 ポロンッポロンッ。


 小さなハーブで演奏をしている私。



 ここは女王陛下の執務室だ、レジスタンスの歌を披露した私、女王陛下の質問にも素直に答え、彼らとの生活の中で作り上げた物だとも伝えた、勿論村の場所とかは言わないよ?


 その話を聞いていたのは女王陛下とメイドのただ二人だったがメイドは大層驚いていた。


 その結果、何故か女王陛下に道化兼吟遊詩人として雇われる事に、そして出来れば自分を見て心のままに新たな歌を作ってくれとも頼まれた、それがどんな物でも道化として雇ったのだから処罰はしないとも。


「ララさんお茶はいかがですか?」


 執務室の端っこの窓の側で演奏をしていた私にメイドのコニーさんが声を掛けてくる、30歳を超えているはずなのに可愛いさを感じる人だ。


「ありがとうございますコニーさん」

 私の側のテーブルにおかれたお茶の入ったコップを掴む。


 女王陛下は書類を確認しながら唸っている、そしてコニーさんは離れていかない。


「どうしましたコニーさん、私に何か御用でも?」


 人妻に惚れられたかな? ふっ私は魔性の女になってしまったか。


「いえ、王宮に急に連れてこられて道化の吟遊詩人として雇われたのにララさんはマイペースな人だなと思いまして、女王陛下にもまったく緊張をせずに相対できる人なんて珍しいんですよ?」

 コニーさんは俺の側に椅子を持って来て座りながらそう言った、雑談がご希望の様だ、てか普通のメイドならこんな事してたら怒られると思うんだけど……図太いよね。


「ずずず、美味しいですねこのお茶、まぁ悪意の無い相手を怖がる意味ありませんし、王宮で働いている人らも優しいというか女王陛下が認めた人ならって感じでむしろ好意的?」


「……その全てに奴隷紋がついていてもそう思いますか?」

 コニーさんは心配げな表情で私にそう聞いてくる。


「いやだって彼ら自由すぎるじゃないですか、それはつまり奴隷なのに細かい命令されて無いって事ですよね? じゃなきゃ女王陛下ファンクラブとか作らないと思うんですけど……」

 私は素直に思う所をコニーさんに伝えていく。


 コニーさんはホッっと息を吐くと。

「女王陛下の事を誤解されないのならそれで……奴隷といっても一部の例外以外に対する命令は『報酬がきっちり支払われる限りは、民の為、国の為に働け』のみですから、ララさんがあの方を怖がらないでいてくれて良かったです」


 それって給料を払うから普通に働けって事ですよね……当たり前の事なのでは?


『ちょっと待って、なによその女王陛下ファンクラブって』


 少し離れた執務机で仕事をしている女王陛下の声が届くが私もコニーさんも無視をしていく、やっべ知らなかったのか、会員に誘われた事とかは黙っておこう。


「安心して下さいコニーさん、仕事の代金を払わないとか、伽に来いとか言われない限り私が女王陛下を嫌う事なんてないですよ」

「それを聞いて安心しました、これからもよろしくお願いしますララさん」

 コニーさんは頭を下げてそう言ってくる、友達の少ない自分の子供の友達に対応するお母さんみたいだな……。


『だからファンクラブって何よって聞いてる……伽とかそんな事言う訳ないでしょ!? 私はレオン一筋なんだから! ってちょっと無視しないでってば!』



 ポロンッポロンッ。


 コニーさんも立ち上がり所定の位置に戻り私もまた静かな演奏を始める。


『私の事を嫌いじゃないのなら無視しないで? 泣くわよ?』


 いいから女王陛下は仕事しなさいっての。


 ポロンッポロンッ。



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