吟遊詩人の調べ
第28話 一曲目 勇者の歌
ポロンッポロンッ。
小さなハープの音が酒場に流れていく、そして私は歌い上げる。
民を守る勇者の歌を、民を襲う魔物の歌を。
助ける事しか出来ない勇者の歌を、助けられる事のない勇者の歌を。
ポロンッポロンッ。
歌い終わった私は一度立ち上がり、酒場のお客に向けて頭を下げてからまた座る。
そうしてテーブルに置いた竹で編まれたザルには銅貨が3枚……。
はぁ……今日は塩スープかなぁ……。
そんな風に内心嘆いている私の、テーブルを挟んだ対面の椅子に、体を覆うローブを着てフードを被った何者かが座る。
相席は許可してないんですけど?
「良い歌だった……あれは誰の歌なのかな?」
褒めてくれるならザルにチップを入れてくれませんかねぇ。
私はあからさまに竹で編んだザルを見つつ、その質問を無視していく。
さてハープの調整メンテでもするか、ふんふんふ~ん、鼻歌交じりに弦の張りを確認していく。
「……」
チャリンッ、目の前のフード人はザルに銅貨を一枚入れてくれた。
「勇者の歌です」
なので私は銅貨一枚分の答えを返して、またハープの調整に戻って……あ、ウエイトレスさーん、ここにある銅貨4枚で何かご飯の注文出来る? じゃがいもを蒸した物ならいける? ……じゃそれお願い……。
私の銅貨4枚は消えて無くなった……はぁ……。
「勇者にしては暗い歌だね、史実の誰かを歌った物かい?」
フード人が聞いてくるがもう銅貨分の答えは返した。
はやくジャガイモ来ないかなぁ……。
フード人がチャリンと音をさせて硬貨をザルに入れてくる、何も無くなったザルから音がするということは2枚以上! 中を見ようとするがフード人の手が邪魔で見えない……。
「歌をどう感じるかなんて人それぞれですよ、手どけて下さい」
「……貴方に私達の作った歌を歌って欲しいんだ、頼めないかな?」
「仕事の依頼ですか? こんな新人駆け出し美少女吟遊詩人に頼むって……ああ、昔レオン卿とやらがやった商品の宣伝効果狙いって奴ですか? お値段次第で話は聞きますよー」
「新人とは思えないくらいの歌だったがね、稼ぎが悪いのは内容が暗すぎる物だからだろう」
こないだ別の酒場で頭が明るいハゲのアルアル漫才歌をやったら出禁になったけどね。
私は自分のピンクでロングヘアな髪の先端をいじり、枝毛を探しながらジャガイモを待つ、フード人は未だにザルから手を離してはくれない。
ジャガイモが来たのでフォークで崩しながら食べていく……塩がちょろっと掛かっているだけだった……ウエイトレスさんチーズとかバターは? 別料金? くそぅ世知辛い……。
「もぐもぐ……それで報酬はいくらで、どんな歌を何処でどれくらいの期間歌う依頼なんですか? もぐもぐ……」
塩ジャガイモがご飯とか、飛び出てきた田舎の農家な実家に居るみたいだなこれ……てかあのままだと結婚させられそうだったしな……養女にしてくれた事は感謝するけど結婚はなぁ……。
「そこらの話を詳しくしたいから付いて来てくれないだろうか?」
フード人が手をどけたザルには銀貨が2枚入っていた。
付いて来いって……またそういう事なのかなぁ……めんどくさ。
「私、体は売ってないんですよ、よく居るんです若い美少女吟遊詩人だからって一晩いくらだ? とか、ベッドの上で歌ってくれ! とか言って来る人が、
私がそう言ってシッシと手を振るとフード人がローブのフードを脱ぐ。
「私は女だ」
フードを脱いだその女性は、酒場の安い油を使ったランプに照らされた茶色の髪をさらけだした40代半ばに見える女の人だった
……うへ……まぢかぁ……。
まぁ返事しておこう。
「だから何ですか? 私は言ってくる相手を男だけとは限定してませんよ? 女性でも値段を聞いてくる人一杯居るんですけど?」
私の返事を聞いたその女性は途端に焦り出す。
「へ? ……いや私は違うぞ! 本当に仕事の依頼で! ええ!? 女性同士でそんな……いやでも兵の中にはそういう関係のも居たっけか……ある話……なのか?」
モグモグ……最後のジャガイモを食べるとザルの中の銀貨をひょいっと掴み〈財布〉に入れてしまう、小さなハープとザルをバックに仕舞い込んでから背負う。
「さて、何処で話を聞かせてくれるんですか?」
「いいのか? 私は違うけど体を狙われる可能性とか」
いや、それを言ってる段階で貴方は……。
それに……。
「貴方はまぁ大丈夫かなって思いまして、なので話くらいなら聞きますよ、依頼を受けるかどうかは別ですが」
銀貨2枚あれば4日は余裕で生きていけるからね! 話を聞く代金としてなら十分だ。
「ああ、じゃぁ私達の仲間が経営している酒場があるんだ」
そう言ってまたフードを被り酒場を出ていくフード人。
って……貴方ここで何も頼まなかったでしょ……ウエイトレスが睨んでるよ? 私はその子に銅貨を一枚ピンッと指で弾いて渡してあげた、笑顔にはならなかったが怒りの表情は消えた様だ、あとでフード人に請求しよっと。
――
フード人の後をついていくとどんどん治安の悪い方へと向かっていく……うーむ大丈夫だとは思うけど……まさかこのナイスバディが狙われている可能性もワンチャンあるか? すっごい嫌だなぁそれは……。
一軒の場末も末って感じのお店に入っていくフード人、ふむ、周りを見渡すと……ゴロツキがうろうろ……演技下手だなぁ彼ら……うん、お店の中に入っていく私。
お店の中にはフードを脱いだフード人女性ともう一人青髪の女性が居た。
彼女らの座っているテーブルに着く。
「仕事の話なんですよね? このスラム街で娼婦になれとかって話では……」
私は自分で自分を抱きしめて怖がっている様子を演じていく。
「しないから! 仕事の話って言ってるでしょーに!」
「姉さん、揶揄われているだけだから本気にしないの、初めまして吟遊詩人さん、私はクオーネ」
フード人を姉さんと呼んだ青髪さんに自己紹介をされたのできちんと返していく。
「初めましてクオーネさん、私の名前はララ、ド田舎の農村を飛び出し、いずれ世界の歌姫と呼ばれる予定の美少女吟遊詩人とは私の事です」
謎のポーズを付けながら自己紹介をする私だった。
「自分で美少女って言うのはどうなのよ……あ、私はタリアよ、よろしくね」
フード人には名前があった様だ。
……。
……。
そうして仕事の話に成る訳だが。
「つまり、私に王国を批判する歌を歌えって事ですかそれ、私に死ねと?」
その仕事内容はちょっときな臭い物だった。
「そうじゃないわよ、ただちょっと現状の不満を煽る歌を歌って欲しいってだけよ」
フード人、改め……チリアさんが声を上げる。
「だからそれが女王陛下を批判するって事ですよね? 私に死ねと?」
「今の女王のやり方は強引過ぎる、それを素直に歌ってくれればいい」
えっと……ああそうそうケオーネさんがそう補足をしてくる。
「うーん、そうですねぇ……酒場の入口を塞いでなければもう少し真面目に話を聞くんですけど……」
仕事の話が歌の内容になった時点で酒場の入口を塞ぐように人が来ていた。
「内容を聞いた以上はしょうがないの……」
えっと……コオーネさんがそう呟いた。
……。
「今の女王陛下が紙芝居を使って民に情報発信している事を覆そうという訳ですか」
私がそう言うと。
えーと、ツリアさんが机をドンッと叩き声を荒げる。
「あんな情報は嘘っぱちよ! 悪い元貴族達が粛清されまくって平民が幸せに暮らしている? 自身の能力で奴隷を増やしまくって言う事を聞かせているだけじゃないの!」
「私はド田舎出身の超絶美少女吟遊詩人ですから、何が真実なのかは知りませんけども」
『超絶が増えている』と……カオーネさんが呟いた。
「そうね、まずは真実を知る必要があるわね、なら聞かせてあげる今の女王が何をやったのか」
テリアさんがそう言って話を始める。
お茶くらい出してくれないのかなーと思いつつ話に耳を傾けた。
――
今私達のいる国の名前はミレオン王国と呼ばれていて、その領土は旧ミラー王国とまったく同じだ、女王陛下の言い分だと元ミラー王国の王女だった女王陛下は王国の王位継承権を捨てて独立、そのうえでミラー王国を併合したという流れらしい、これはトリアさん達も否定はしなかった。
タリアさん達が言うには現女王陛下 エメリン・ド・ミレオンはその能力の中に〈奴隷術〉を持っておりミラー王国の貴族を奴隷にしつつ侵略をしていったというのだ、ふむふむ。
女王陛下は基礎魔力が高く、魔力の回復をしつつなら一日で触媒さえあれば100人以上奴隷に出来るとかで、捕まえたミラー王国の貴族を奴隷にし、戦力として最前線で磨り潰しながら侵略、新たに捕まえた貴族を奴隷にして、と自転車操業もしくは雪だるま式とも言える戦略で王国を侵略して行ったらしい。
「しかもあの女王はあらかたの貴族を奴隷にし終わると、今度は平民も順番に自身の奴隷にしているのよ! この国は一人の主を掲げる奴隷国家になろうとしているの! 危険なのよ!」
ほうほう。
「なるほどー」
「なんでそんなにのんきなのよ! 〈奴隷術〉よ? 自由が奪われるのよ!?」
「落ち着いて姉さん、ララさんに怒ってもしょうがないでしょ」
えっと……チリアさんが激高しているのを……キオーネさんが宥めている。
とくに思う所は無いんだが少しだけ聞いてみようかな。
「貴族に圧政を受けていた平民は奴隷とは言えないでしょうか?」
「貴族はそんな事しないわよ!」
「平民で美人の嫁や恋人を貴族の館に召し上げられて帰って来ない事が一件も無かったと? 街中ですごい勢いで馬車を走らせて子供を跳ねても無視する貴族が居なかったと? ただ機嫌が悪いというだけで貴族に殴られ蹴られる平民がミラー王国に一人も居なかったと胸を張って言えますか?」
「そ! ……それは……でも私や御領主様はそんな事をしなかったわ!」
「……元ミラー王国の権力者側ですか……貴方達はレジスタンスですね」
私がそう言ってやるとツリアさんは驚愕の表情を浮かべる、その頃には酒場の入口どころか壁際にまで人が出て来て囲まれてる、うーん圧迫面接ですか?
「貴方なんでそれを知っているの……」
「姉さん、自分で『私や御領主様』って言ってました」
クオーネさんがそう指摘している。
「なんでってそりゃ……村々に配られた紙芝居にあるんですよ、小麦色で日の光を反射すると金に見える茶髪な〈焼き尽くしのアリア〉と空の様な真っ青な髪の〈元聖女レオーネ〉が率いる女王陛下に反抗するレジスタンスの話が……庶民の噂だと紙芝居の情報に尾ひれがつきましてレジスタンスに捕まると男はアリアに焼かれ、女はレオーネに食われるってのがついてきます」
「あんなのは嘘満載の紙芝居よ! 焼き尽くしとか可愛くない二つ名だし! って……男を焼くって何?」
怒り出したアリアだが、一部意味が判らず私に聞いてくる。
「行き遅れを過ぎまくってもう先が無いから自棄になって男を焼き尽くすそうです」
私は素直に世間に流れる噂を教えてあげる。
「行き! ……違うの……恋人が居た事は何度もあるの! でも……パパみたいな良い男では無かっただけなの……くぅ……ああぁぁ……ぅぅ」
アリアさんはテーブルの上に倒れ込み撃沈してしまった。
「何故私が女を食うなんて話に?」
レオーネさんは平常運転で特に怒っては居ない。
「ああ、それはほら修道女って結婚できないじゃないですか、だから女同士でっていうイメージが庶民にはあるんですよ」
「なるほど……私はもう修道女じゃない、なので良い相手がいたら結婚も出来る……でも……」
確か今年が神歴1305年だから……36歳か……。
「ああうん、レオーネさん30代には見えないから、まだまだいけますって」
私は精一杯の励ましを彼女にするのだった。
「何故私の歳を!? まさか庶民にはそんな情報まで出回って……神も精霊も無いとはこのことか……」
レオーネさんもテーブルの上に倒れ込み撃沈してしまった。
しばし時を待ち、むくりとゾンビの様に起き上がったアリア。
「それで貴方はやっぱり私達の仕事は受けてくれないのね……」
悲しそうに呟くアリア、幾度も経験してきている様な悲哀を感じさせる。
「へ? ああ、別に私は貴方達を否定しませんよ」
「え……だってさっき……」
びっくりして呟くアリア、レオーネもテーブルから起き上がってこちらを見てくる。
「誰にだって自分だけの正義はありますし、敵対しているからと言ってどちらかが悪という訳じゃないんですよ」
「でも今の女王は私の弟を! 家族を……仲間を……」
……そうか……死んだのかな? ……まぁお気に入りの本の登場人物が亡くなったくらいの感慨しか湧かない訳だけど……。
「女王陛下に直接どうこうされたのですか?」
「違う……違うけど! この国に混乱を起こしたのは女王で……」
「ふむ、じゃちょっと一曲歌わせて下さい」
私は荷物からハープを取り出して歌を歌う事にする。
ポロンッポロンッ。
ハープの音を響かせ私は歌を紡いでいく。
一人の平民の人生を。
一人のレンジャーの人生を。
一人の近衛騎士の人生を。
王女と近衛騎士の恋を。
王女と近衛騎士に襲い掛かる災いの話を。
そして近衛騎士の最後の叫び声を、歌にしていく。
ポロンッポロンッ。
私は歌い終わり、テーブルにザルを置く……誰も硬貨を投げ入れてくれない、ここの観客は渋ちんか!
「なに……それ……え? うそでしょ? 想像で作った歌なのよね?」
「スタンピードを人為的に? そんな事は許されざるべき……」
アリアさんとレオーネさんは歌を聞き終わって茫然としている。
いつのまにか酒場に入ってきていたレジスタンスの面々もショックを受けている様だ、君ら純粋過ぎないか? 私が適当な歌を歌ってたらどうすんじゃい。
「ねえララさん、その歌はリアリティがありすぎるわ……誰に聞いて作ったの?」
私はポロンッポロンッとハープで小さな音を鳴らせるのみ。
私の返事が無い事でアリアは再度物思いに耽る。
「だってそんな……あの女王は極悪非道な……女王のはずで……」
「教会のツテで得た噂の一部と符合します……姉さん……」
酒場に沈黙が流れる。
私はハープの演奏を止めてアリアに目線を向ける。
「ねぇアリアさん、あの悪意に満ちた出来の悪い歌詞で歌う仕事の依頼はお受け出来ませんけど、貴方達の側で歌を作る事を許可して頂けませんか? 世間にレジスタンスと呼ばれる貴方達が何を思い何を為そうとしているのか、側でそれを見聞きして歌を作りたいんです」
私はそうアリアさんにお願いをしてみた。
「依頼を断られた吟遊詩人は情報を漏らさないように脅してから隣国に追い出す事にしているから……一緒に来るというのならそれは構わないけど……でもこれだけは教えて、あの歌は誰に聞いて作った歌なの?」
「レオン卿にすごくすごくすごーーく近しい人からです、創造神に誓って嘘は言っていませんよ」
私はアリアさんをジッと見つめる。
「いいわ、私達に付いて来る事を許可します」
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