第29話 二曲目 黄金の海の歌
ポロンッポロンッ。
小さなハープで音を出し私は歌う。
黄金に輝く海の歌を。
小麦畑に注ぐ太陽の光の歌を。
世界を支える大地の歌を。
そして収穫に励む民の歌を。
ポロンッポロンッ。
小麦畑が見渡せる岩の上、大きな木の陰になるそこに座りつつ、小麦を収穫する農民を見学しつつ優雅に歌を歌う。
「いや、お前も収穫手伝えよララ!」
私が座っている岩の側に近寄ってきたのは確か今年17? になる青い髪のフリック君だ。
「ハハ、フリック君、人には領分という物がある、農民は田畑を耕し、兵士は民を守り、商人は品物を流通させる……そして吟遊詩人は歌を歌う物なのさ」
「君って、お前より俺のが年上だろうが! ララはまだ15歳なんだろ? つーかそんなに怠惰だと嫁の貰い手が無くなるぞ! ……いやまぁどうしてもってんなら俺が貰っても……ゴニョゴニョ……」
ふむ……確かに私の見た目は超絶美少女ではあるのだが……ピンクでサラサラロングの髪の毛、涼し気な目元に形の良い眉や鼻や唇……自分でも毎朝顔を洗う為の桶に張られた水に映る美少女を見て、お嬢さんお茶しない? とナンパしたくなる程だ。
でもなぁ……私は目の前の男の子を見る、青い髪の17歳で……あの時見た知識の中にあるあの子と結構似ている……うん、無しだな!
「残念だが私は君にこれっぽっちも興味がない、男女の恋がしたいならほら、あそこで君を心配そうに見ている幼馴染の女の子とするのが良いと思うよ、もう一度言うよ、恋の目はこれっぽっちも無いから諦めてくれ」
「ば! そんなんじゃねーよ! 仕事をしないお前に文句を言いにきただけだっての……それと、おばさんが探してたぜ、また後でなララ」
フリック君はそう言うと収穫をしている農民達の方へと手伝いに行った、そこに居た幼馴染の素朴な女の子もホッっとしている様だ、お願いだから私をライバルだと思わないで欲しい……。
その素朴な女の子はすごく性格の良い子で、私を睨んだと思ったら自身のそんな行為に気付いてすぐ後悔するという素直な可愛い子だ……俺なら絶対幼馴染を選ぶけどなぁ……、あ、しまった思考で俺って使っちゃった、私私私、良しアリアさんに会いに行こう、ついでにフリックがお義母さんじゃなく『おばさん』って呼んでた事もチクってやろう。
……。
――
「こんちわー美少女吟遊詩人が来ましたよー」
挨拶をしながら村長宅に入っていく。
広い村長宅のリビング兼集会所的な場所にはアリアさんが一人ポツンと座って植物紙な書類だか報告書だかを読んでいる所だった。
「ん? ああララか」
「『おばさん』が探していたとフリック君に言われまして」
「あの子は! お義母さんと呼びなさいって言ってるのに……もう少し小さい頃は甘えてきたのに……やっぱり本当の母親じゃないと駄目なのかしら?」
「弟さんの子供でしたっけ、感謝はしているし愛情は有ると思いますよ、ただあの年頃の男の子は素直になる事がカッコ悪いと思ってしまう物なんですよ」
「そういう物なのかしら? ……というか貴方15歳の割に年寄り臭い物言いをするって村人が言ってたわよ? 吟遊詩人だからかしらねぇ?」
「色々な物語を聞く分そうなってしまうのかもしれませんね、それで村長さん何か御用ですか?」
そう、この村はアリアが村長な農村でレジスタンスの拠点でもある、隠れ里ではなく普通にミレオン王国に納税もしている普通のド田舎農村だった……君らさぁ……やる気あるの?
元々穏健派貴族の派閥だった彼女らは過激な事をしないからな……。
「ええ、それでその、収穫祭に向けてまたお酒造りを頼んでいいかしら?」
「いいですよー、材料を頂けますか?」
この村に来た時にお近づきの印にと酒を造ってやったら、ちょいちょい頼まれる様になったのだ。
この体の祝福の儀の時に〈醸造〉が来た時は、また醤油や味噌が作れると喜んだっけか。
「それは貴方に貸している家に用意してあるわ……しかし貴方ちょっと多才過ぎない? 〈醸造〉に、歌や演奏もうますぎるからもしかして〈歌唱〉や〈演奏〉も、私が〈戦術〉持ちだから判るんだけど貴方には戦闘系の能力もあるでしょう? そしてお酒造りに〈水生成〉も使ってたって言うし〈財布〉も持ってて、さらに作るご飯がすごく美味しいらしいじゃないの、〈調理〉も持って居る? 能力が予想で7個!?」
ありゃりゃ、さすがに気付かれるか、〈調理〉はレオーネを夕飯に招待した時の話かな。
「ねぇララ……貴方もしかして……」
アリアがゆっくりとした口調で問うてくる。
「なんですかアリアさん」
「……ララ……貴方は元ミラー王国貴族の子供なんでしょう!?」
ズコーッ、倒れ込むのは精神だけにして表情は笑顔のままで少しだけピクっと眉を動かすくらいの演技をしておく、アリアは結構残念な子だなぁ……いや、転生だか生まれ変わりなんて気づくはずもないか。
「私はド田舎の農村の村長さんに養女にして貰った超絶美少女吟遊詩人ですよアリアさん」
ニッコリ笑ってそう言ってあげる。
「そうね……色々あるよね、私達だって……、いいわ、そういう事にしておくわね」
何か一人で納得しているアリアさんだった。
用事も終わり村長宅から近くにある客用の離れに辿り着く、小さな一軒家の台所というか土間には壺やら俵やらがちいさな山になっている……いやまてどんだけ酒を造らせる気なんだ……。
その荷物の影から一人の女性が現れる。
「おかえりララ」
「ただいまレオーネさん……って何でうちにいるの?」
「これからお世話になるからです」
「いやいやレオーネさんは村長の家に部屋があるでしょう?」
「お姉ちゃんも私も料理は苦手、フリックは論外」
「ああうん、私のご飯目当てね理解した、だが断る!」
レオーネを土間から追い出しにかかる私、張り手張り手。
「ちょ! ま! もう一度もう一度あのご飯をー! なんだか懐かしい気がしてせめてもう一度だけでも……クスンッ」
口でクスンッと言っているがまったく泣いてはいない。
「30代のウソ泣きとか誰得ですか?」
「ぐはっ!」
レオーネさんは土間に
「はぁ……酒造り手伝って下さいねレオーネさん」
「まかせて! 私は〈回復魔法微〉くらいしか無いけど頑張る!」
溜息を吐きつつそう私が言うとレオーネさんはピョコンと立ち上がってそう自分の胸を叩いて宣言をした。
いや……酒造りに回復魔法なんて一切使わんのですけどね……瓶でも洗わせるか。
自分用にだけ醤油をこっそり作って使ったのがまずかったか……匂いには気をつけてたんだが……いきなりノックもせずに扉を開けて飛び込んできたんだよなこの人、礼儀作法とか習って無いんか元聖女さん。
家の日陰になる部分で雑穀を潰しながら酒造りをしている私、その側では井戸から水を汲み上げて瓶や道具を洗ったりしているレオーネさんが居る。
「ジャブジャブ、ねぇララ」
自分の口でジャブジャブ言いながら洗い物をしているレオーネさんが話しかけてきた。
「なんですかレオーネさん」
「私達の歌は出来た?」
……少しだけ真面目な表情になったレオーネさん。
「そうですねぇ……取り敢えずここのレジスタンスが強引な革命なんかを起こそうとはしていない事は理解しました、草の根に女王の行動に対する疑念を植え付ける啓蒙活動くらいですか? やってるのって」
そうなんだよ、ここのレジスタンス達は暴力に訴える事がまずない、他の元貴族やらがたまに反乱を起こす時は民に被害が出る酷い物なんだけど、そういう事がまだちょいちょいあるから民も女王陛下に傅くんだろうね、元貴族達が民を一切顧みずに自分の事しか考えずに反乱を起こしているって理解している訳だ。
「……女王が民の事を想い納得のいく法を作りそれを遵守するのならば、私達はこのまま平民として消えていっても良いと思って居る、だけど……だけど〈奴隷術〉はいけない……あれは不幸を生む物だから……」
あーそうか、それでこんなに……うーん、あのクソ団長は罪も無い人を奴隷にしてたけど……んー女王陛下側の今の情報が私には不足しているんだよなぁ……。
まぁ今は酒造りの続きだな、レオーネさん真面目な顔してるけど仕事サボってるのバレてますからね? ちゃんとやらないとご飯分けてあげません。
私がそう宣言をするとレオーネさんは急いで道具洗いに戻るのであった。
今日は焼肉に醤油を使ったソースでも掛けてあげようかね……熱を入れると匂いが拡散するから控えめになっちゃうのは仕方ないんだけど。
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