第26話 五本目

 ドガンドコンと街が壊される音が響いて来る。


 俺は領主の館にある見張り台からなるべく強そうな魔物を狙って矢を撃っている。


「矢にホーミング魔力を付与」


 俺が放った魔力を帯びた矢は大通りで吠えていたウインドウルフの口の中に滑り込み絶命させる。


 魔物のスタンピードとは俺の前世で遭遇したダンジョンの氾濫とは違うものだ。


 氾濫はダンジョン内で飽和した魔物が外に出てくる物で冷静さが残っている、なので氾濫を指揮している魔物が倒されて自分達が劣勢になるとダンジョンに逃げ帰ったりもする。


 対してスタンピードは魔物の好戦性が上がる物だ、普段は相手と自分の戦力を見てリスクが高いなら逃げだすような魔物達も、ひたすら生物を襲いながら移動をするそんな状況をスタンピードと呼ぶ。


 領民は全て領主館の敷地に逃げ込ませている。

 元々街を囲む石壁の設置が遅れたので、領主の館は壁を高くして堀で囲み砦化してある。


 壁に使う石材は湿地帯の領地で手に入れるのが難しく、他の貴族が治める領地から買うしかないのだが……嫌がらせで中々資材を揃えるのが難しかった。

 遠くの領地から買おうとしたが、街道が繋がるいくつかの領地が石材を運ぶ馬車に対してだけ税金をかけて来たりな……。


 チッ魔力が切れた。


「すまないここを頼む、俺は領主様と話をしてくる」

「は! お任せください」

 領兵に場所を変わって貰い俺は館の執務室を目指す。


 昔は魔力を全回復をするのに5時間はかかったんだが、今生は少し違ったんだよな、前世の歌姫の時は大量に魔力を使う事が無かったから検証とかしなかったんだが……。


 それで森林レンジャー時代に検証をした結果なんだが、昔やった検証だと魔力は割合回復なんじゃって感じだったのに、ずいぶん回復が早くなってるんだよな。

 まぁ時計なんて無いんで日時計とか使ったりの体感での話なんだけども。


 それで思ったんだ、基本の魔力回復は時間と共に割合で回復をし……そして魔力が一定値あるとボーナス回復があるんじゃないかって。


 今の俺は魔力が満タンの時で11回魔力の籠った矢を放てる事が出来る。

 昔なら満タンに回復するまで5時間前後……ただし今なら1時間くらい……。


 魔力が10を超えたからボーナスで一定時間ごとに1回復する説を仮定してみたんだ……実際に5分くらいで1回撃てるようになるしな。


 まるでゲームだなとか思ってしまうんだが間違ってないと思うんだよなぁ……。


 まぁ基本の魔力回復が割合回復だとすると、総魔力が一万とかインフレしだすと固定値回復ボーナスはゴミと化すのがゲームなんだけどね。


 そこかしこに居る領民に挨拶や声がけをしながら、敷地内を歩き執務室へたどり着く。

 扉は開けっ放しで今は内政官や領兵の指揮官とかもいるね。


「レオン! 魔物の様子はどう?」

 ソファーに座りテーブルに広げた地図と共に各所からの報告を聞いていたエメリン王女殿下が顔を上げて俺に声をかける。

 他の奴らも一斉に頭を下げてきた。


「ああ、魔物の数は増える一方だな、今は街を壊す事に熱中しているが家の中に人が居ないって判ったらこっちに殺到するだろな」


「そう……レオンも報告を聞いて頂戴、もう一度お願い」

 王女殿下が領兵指揮官を促すと。


「は! 魔物は恐らく隣の領の森から流れてきています! すでに救援要請をすべく近隣の領主や王都に対して兵を走らせ済みであります」


 指揮官は報告を済ませると敬礼をして部屋を出て行った。


「隣の領の森ってそりゃ……」


「魔の森よね、魔素が湧く量が多いから毎年王軍が訓練を兼ねて魔物を間引きしている場所ね……」


 王女殿下の言葉に俺やメイドのコリーや内政官達が黙りこむ……つまりそれって。


「援軍は来ないかもな……」

 俺がポツリと呟いた。


「……そうね……街や製紙工場は諦めましょう、人さえ生きていればやり直せるわ、館の防御を固めてなんとかやり過ごします、食料の備蓄は?」


 王女殿下の問いかけに内政官が答えているのを聞きつつも考える。


 このスタンピードは人災の可能性が高い……いや謀略と言った方がいいか……そうか……お前らはここまでするのか……。


 俺の中で怒りが込み上げてくる、エメリンがお前らに何をしたというのだ?

 大人しく隅っこで貧乏に暮らせば見逃すと?

 領民の為に金を稼いだだけで生意気だと?


 これはもう……許す事の出来るラインを……。


「貴方達は一度下がっていいわ、領民の事を良く見てあげてね」

 内政官達を下がらせているエメリンの声が聞こえたのでそちらを見る。


 内政官が全て退室して部屋に俺とエメリンとコニーだけになると、エメリンは泣きそうな顔で立ち上がり俺に抱き着いてきた。

 コニーは特に何かを発言する事もなく、黙って執務室の扉を閉めて廊下に出ていった。


「酷い表情をしているわよレオン……」


「すまないエメ姫、さすがにここまでされるとな……」


「平和に生きていければいいだけなのにね……何故それを許してくれないのかしら」


「さてな……だがもうこれは……、一線を越えたと思う」


 しばし部屋の中に静寂が漂う。


「ねぇレオン」

「なんだエメ姫」


「もう王都の事なんてどうでもいいわ……私を貴方のお嫁さんにしてくれないかしら?」

 エメリンは目に涙を浮かべそう訴えてくる、美人の泣き顔はあんまり見たくない。


 そうだな、もう立場なんてどうでもいいか。


 俺はエメリンの銀色でサラサラとした髪を撫でその後頭部に左手を添え、右手の指先でエメリンのアゴをクイッとあげて顔を上に向けさせる。

 エメリンは抵抗する事無くそれを受け入れ、目をつぶった。


 そして……。


 ……。


 ……。



 ――



 ――


 もう防衛戦は何日たっただろうか、あんまり寝てないので日数感覚がよく判らなくなってきた。


「レオン様! あそこを見て下さい」


 そこは見張り台の上、魔力も尽きて回復を待ちながら素で矢を撃っていた俺に、隣にいた領兵が声を掛けて遠くを指さす。


 そちらを見ると……街の外柵の向こうの魔物が居ない方面に一人の騎兵が見える、その鎧の色は……。


「救援要請に行った騎兵か……予備兵を全部出すぞ! 街の西方面に一時的に押し出してあいつを受け入れる」

「は!」


 俺も見張り台から駆け下りて西門に向かう、途中で槍を受け取り領兵達と共に領主の館から飛び出て街の中に押し出していく……まぁ門の上から弓を撃つ方が微妙に効率は良いんだが……俺と言う存在が最前線で一番危険な役目を担う事が士気にも関わるからどっちがいいかは微妙なラインだな。



 今はもう戦える人間はすべて武器を持たせている、領民で五体満足なら館を囲んでいる壁上の通路からスリングを使って堀の向こうに投石とかな……うちの領民は孤児が多かったから戦える若いのが多いので助かっている。


……。


……。


 押し出した領兵に怪我人が一人出たが犠牲はゼロだ、そして連絡騎兵を領主館に受け入れる事に成功した。


 駆けこんできたボロボロの兵士を館の入口までエメリンが迎えに来ていた、その前に倒れ込む様に膝まづく兵士……。


「救援要請に赴いた先の領地でそこの兵士に襲われた為に逃げ帰ってきました! 申し訳ありません!」


 その報告を受けたのは館の入口……つまり領民なんかにも聞こえる状況だった。


 エメリンは跪いている騎兵の前にしゃがみ込むと彼の肩を掴み

「よくぞ生きて帰り報告してくれました、貴方の報告は値千金の価値があります、まずは治療を受けて休みなさい」


 それを聞いてホッっとした表情を浮かべた騎兵はそのまま倒れていった……気絶した様だ。

 よほど無理をして帰ってきたのだろう、館の中で働いてくれている女性陣がその兵士を運んでいった。


 そのまま俺とエメリンは執務室に戻り今後の相談をする。

 その内容はかなり過激な物となっていて、部屋にいたメイドのコニーの顔が真っ青になっている。


 そこにノックが響き扉が開くと、さっきの兵を運んでくれたエメリンの侍女、下級貴族の令嬢達が3人全員でやってきた。

 俺に毎度毎度求婚してくる子達だ……最初にあった時はチビな子供だったのに、今じゃ美人なお嬢さんって感じだよな。


「さきほどの兵の治療は終わりました、疲労が激しかったようですが命に別状は無さそうです」


 報告を聞いて安心する俺とエメリン、だが報告が終わっても帰らない娘っ子達。


「どうしました貴方達」

 エメリンが首を傾げて侍女の三人にそう聞くと彼女達は。


「こんな状況なのではっきり申し上げます」

「王女殿下もレオン様と添い遂げたようですので」

「私達もお願いしにまいりました!」


 部屋の中に静寂が漂う……あちゃぁ……バレてたか……。


 エメリンは顔を真っ赤にして右往左往しているし、コニーは溜息を吐いている。


 仕方ないので俺が対応するしか……。


「いやもうこんな状況じゃぁ俺は騎士爵でも何でも無くなると思うぞ?」

 この防衛がどんな状況で終わったとしても、俺はもう貴族としてミラー王国に仕える気は無いしな。



「構いませんレオン様! そもそも私の家の事なぞどうでもいいのです!」

「そうです! 私達はレオン様に惹かれて此処に来たのですから、家の事情は利用しただけなんです」

「競技会での憧れから……その後に王宮のお茶会にて触れたレオン様の優しさに……惚れてしまったのです、政略結婚とかは建前に過ぎないんです!」


 三人の令嬢に詰め寄られて真っすぐな感情をぶつけられる俺、でも俺にはもうエメリンが……おれはエメリンに助けを求めてそちらを見ると。


 パニックから立ち直ったエメリンは、腕を組み右手を立てて人差し指をオデコにあてて何かを考え込み、そして。


 腕を解いたエメリンは。


「いいでしょう、このまま死ぬかもしれない乙女の最後の願いです、レオンを貸し出しましょう!」


 俺を売りに出したのであった……ん? いやまって! ちょっと!?


「「「キャーー!!!」」」

 侍女3人はお互いの手を取りながら喜びを表している。


「但し! 正妻は私です! 貴方達は側室という分を弁えなさい、いいですね?」


「「「了解しました王女殿下! ではレオン様は休憩という事で借りていきますね」」」


「レオンの魔力が回復したら、その都度戦闘に戻しなさいね……それと、私もまだそんなにレオンとはしてないんですから……順番はきっちり決めてね?」


「「「大丈夫です順番は決まってますので揉めません!」」」


 俺が大丈夫じゃないんですけどそれは?

 ねぇなんで俺を引っ張っていくの?

 しかもそっちはエメリンの寝所だよね?

 確かにその部屋は壁も厚いし音も漏れないけどさ……いやほんとにどうしてこうなった……。


 そうして俺は侍女3人娘にエメリンの寝所であるベッドの大きな部屋に連れ込まれるのであった。




 てか君ら3人共力がすごく強くないですか!? え? ずっと筋トレしていた? ……あ、そうですか……。





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