第25話 四本目

「ふぅ……面倒ったら無いわね……断りの手紙をうちの紙で送っておいて」


「ちゃんと姫様が書いて下さいね?」


 執務室の中、エメリン王女殿下とメイドのコニーのそんな声が響く、俺はソファーに座って報告書のチェックをしている。


「いらない手紙を送られて返事を書かないといけないとか、ある意味嫌がらせよね……」


 王女殿下の嘆きが聞こえる、俺は報告書からチラっと顔を上げてそちらを見てみる。


 17歳になった王女殿下は自身の宣言通りに超美少女から超美人へと変身している、サラサラとした銀髪を耳にかきあげる仕草なんてそれだけで惚れてしまう男も出るだろう、背もずいぶん伸びて俺の感覚だと160センチを超えているかもしれない。


 ただし、ただしだ、幼少の頃の栄養不足のせいなのかお胸様はとんと育たなかった、それに対して王女の7歳年上のメイドのコニーは爆乳へと育った……いやまぁ子供を産んだ影響かもしれんけど。


 メイドのコニーは王女が領地に連れてきた初期配下兵士の一人と結婚をして子供を一人産んでいる、実家の商家筋から親も王女殿下の領地に呼んで、今は両親に子供を預けながら通いで王女殿下のメイドをしている……実は俺に惚れてるかもなーって思ってたのにな、俺はコニーが結婚相手でもいいかなって思ってたからちょっとショックだった。


 コニーが結婚をする前に一度そんな話をチラっとだけした時にコニーはなんか百面相をしてから……早く出世して相手になれるくらいになって下さいとか言われたんだよな、いやお前は結局普通の兵士と結婚してるじゃん? 出世とかは断る為の発言だったのかなーって当時思ってたけど……いやまぁ……今は……。


 ん? 王女殿下が俺を見ているな。


「どうした」

「いえ……なんとなくレオンに馬鹿にされた気配を感じたのですが……気のせいだった様です」


 エメリン王女殿下は断りの手紙とやらを書く作業に戻っていった。


 ……薄いお胸様の事か? 女の勘って怖いなぁ……。


 王女殿下が書いている手紙は縁談申し込みの返事だ、美人になった噂が広まり、そして領地の状況が変わった事でそういった話がまた出て来たようで、最近では三日に一通はそんな手紙が送られてくる。


 あの大湿地帯を王女殿下が拝領してから6年と半年くらいか、一人の人間も住んでなかった土地だったのだが今じゃそこそこの税収がある村というか街というか……まぁそんな物が出来上がっている。


 よその領地との境に近い湿地帯じゃない部分に村というか工場を作り上げた俺は、湿地帯は材料採取の場所としてほとんど手をつけない事にしたんだ。


 手を付けるとすれば金が無限に吸い込まれる様な大工事をする必要があるからな。


 最初に王女殿下にこの方針を告げた時はびっくりしてたっけか、誰もが土地をどうにか開墾やら水利を整え氾濫を防ぐ河川工事をして小麦畑を作る事を考えるものな。


 そういう考えだと最悪の土地なんだが、俺からすると将来的には大量の水田すら作れる最高の土地という事になる、何より水が豊富なのがいい、今でもそこそこの水田とレンコン畑はあるしね、米食な国からの移住農民をゲット出来たのは大きかった。


 ま、そんな訳なので大雨が降ると水没するような部分はほとんど放置して、そうならない土地に村を作り湿地から豊富に取れる葦などを使い、葦簀よしずを作って各地に売り出した。


 葦簀に水をかけてやると間を通る風が涼しくなる、天然のクーラーに成る訳だが、この国の四季は日本ほど厳しくないけども夏はやはり暑いから大ヒットしたし、冬は冬で建物に当たる冷たい風を防げば熱が逃げにくくなる! なんて謳い文句を吟遊詩人に金を渡して国中に流したら注文が多すぎて悲鳴を上げる程だった……あの時は王女殿下も葦簀作りの仕事を手伝ってたっけか……。


 すぐに真似をされた葦簀だったがそれは想定済み、ブランドイメージを作り高級路線に切り替え、丁寧にそして豪華に作るエメリン領の高級葦簀はお金持ちだけに売る事に変え、初期に稼いだ金は全て紙作りに投資、豊富な水と水車を使った様々な効率化で大量に葦を使った紙を作り出して王国中に売りさばいた。


 俺はこの世界には無いと思っていた植物紙なんだが他国では見かける所もあったらしく、それでも自国で簡単に作れるとは思ってなかった様で驚かれたっけか。


 そんでこの植物紙なんだがどうせそのうち真似されるならと、俺に見合いを申し込む様な姫様に隔意の無い下級貴族達を多く抱えていた寄り親の上級貴族と手を組んで小麦の藁なんかを使ったわら半紙なんかを作る技術も共同開発して売りに出している。


 

 ……そのせいで多少裕福になった下級貴族達がチビッ子令嬢達を本気で俺の嫁にすべく送り込もうとしてきたのにはちょっと困った……今でもすでに何人かは王女殿下の侍女としてうちの領地に来てるのよね……まともな侍女教育をつける事の出来る性格の良い人材も一緒に送ってくれるって言うから断れなかったのだ、王女殿下が何故か悔しそうにしてたっけか……てか当時侍女見習いでお子様だった子らも、今では王女殿下と同じくらいの妙齢の可愛くて優秀な侍女達になっちゃってるんだよね……。


 下手に手を出す訳にいかないのは当時と変わらんのだけどさ。


 コニーにも振られて、そして手を出す訳にいかない子らにジリジリと囲まれた俺は気晴らしに娼館に行く事も出来ないのよ。


 だってこの街のトップは王女殿下だし娼館からの情報が筒抜けになっているからさ、というかそういうシステムを作り上げたの俺なんだけどさぁ! うぐぐ……不審者を炙り出すにはそういう情報源が必要なんだよ……。


 うちの街の住人は初期に王女殿下についてきた平民出身で王都に居ても出世の目が無い奴等とか、母親の商家の方のツテでコニーの家族なんかがそうだがそっち方面からとか、後は俺が色んな領地の孤児院を回って孤児を勧誘していった、新たな大地で開拓をしてみませんか? って。


 そりゃ入れ食いだったさ、なんでか? 俺はほら……平民出身で近衛騎士に成り上がった〈平民の星〉らしいからさ……その本人が勧誘して歩くんだぜ? そりゃ……ちょっと困るくらいの人数になっちゃったよ、最初は皆に食わせる資金に苦労して良く狩りをしたもんだった、そして王女殿下が彼らの目の前で俺が狩った獲物を捌いているんだぜ? それを見た移住者達の驚いた顔といったら……。


「ククッ」

 その昔の事を思い出して笑いが込み上げてしまった。


「どうしたのレオン?」

 王女殿下は手紙をうちの領地の特産品である植物紙を使って書き終わったのか執務机を離れ、ソファーに座っている俺の横の空いているスペースにその小さな尻を潜り込ませてきた、そのまま俺にだらっと寄りかかってくる。


「もう姫様ったらだらしない……私はこの手紙を届ける処理をしてきますから、帰ってくるまでに元に戻って下さいね」

 コニーはそう言うと俺と王女殿下を残して部屋を出て行った。



「それで、何を笑っていたのレオン?」

 俺に寄りかかりながら王女殿下がそう聞いてくるのだが、超絶美女のその角度からの上目遣いは強力すぎないか? まつ毛長いよなぁ……。


「いえ、姫様が獲物を捌いて領民に施していた頃を思い出しまして」

「エメリン」


「はい?」

「二人っきりなんだし名前で呼んで」


 最近ずっとこんな感じになって来てるんだよな……元々王女殿下の事を姫呼びするのは俺とコニーくらいだ、これはエメリンが王女だろうが何だろうが貴方を敬いますよって意味を籠めて二人して姫呼びしてたんだが……最近はそれでも物足りないくらいみたいで。


「エメリン姫様」

「呼び捨てで」


「エメ姫」

「……妥協してあげる」


 エメリン姫が寄りかかったまま前を向き。

「ねぇレオン、貴方、私の気持ちに気付いているわよね?」

「……」


 いや……簡単に応える訳にいかんだろ? 俺は平民というか調べたら何処出身かも判らん奴であんたは王女なんだぜ?


「大丈夫よ……私は所詮〈平民王女〉だし〈平民の星〉が相手なら丁度いいわ、そうね……紙の制作技術を渡してしまえば許されると思うし……その分収入が減るけど領民の食い扶持になる水田で自給100%を超える事が出来たら……駄目かしら?」

 表情は見えないけど、そんな泣きそうな声で言うのはずるいよエメリン姫……。


「エメ姫それには俺に、もう少し箔が必要だと思うんだ……コニーが言っていた出世しろってそういう事なんだろうって最近思うんだよな……」

 その事に気付いたのは最近なんだけどな、でもこんな僻地じゃ出世できないから技術革新をおこして、それを国に献上すればとか考えなくもなかったんだけど……。


「コニーには悪い事をしたわ……」

 エメリン姫が呟いた。


「コニーに何かしたのか?」

 余りに落ち込んだ声を出したのでケンカでもしたのかと聞いてみる。


「……昔コニーにレオンのお嫁さんに成りたいって相談をしたら、レオンが国に貢献したらチャンスは有りますって励まされたの……泣きながら……コニーはレオンの事が好きだったみたい……」


 まぢか?


「それなら俺が頑張って二人共……」

「コニーはその時もう20歳を過ぎていたからね……男のレオンとは違うの……私を待つとあの子は……今は子供を抱いて幸せそうに笑っているけど……私は……」


 ポタッポタッっという音が俺の耳に入るが俺はそちらを見ず天井を見上げる事にした、そのままエメリン姫の頭を優しく撫でて何も言わず時間が過ぎるのを待つ。



 落ち着いたエメリン姫が俺に寄りかかったままお互いに何も言わず過ごしていると。


 廊下を誰かが駆けてくる音が聞こえた、バンッ! 扉がノックもされずに勢いよく開かれる音が聞こえた、その音を発生させたコニーはハァハァと荒い息を吐きながら。



「魔物のスタンピードです!」



 そう声を上げた。







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