第24話 三本目

「あ、あの! その……レオン様のお好きな物はその……」


 俺とテーブルを挟んだ向かい側に座る貴族令嬢がモジモジと体を揺らし段々と顔を伏せて頬を赤くした状態で声を小さくしていく。


 恥ずかしがり屋さんの様だ……。


 俺は横に座ってお茶を優雅に飲んでいるエメリン王女殿下に助けてくれという意思を籠めた目を向ける。


 エメリン王女殿下は俺をちらっと見てそれに気付いたはずなのに一切の反応を見せず優雅な所作でお茶を静かに飲んでいる。


 ほう……どうしてもと上目使いでお願いするからこんなお茶会に同席して付き合ってやってるのにそんな態度ですかそうですか……俺は目の前のたしか男爵令嬢だっけ? の方を向いてニッコリと笑顔を作り。


「俺の好きな物は筋肉です、筋トレは毎日かかさずやっておりますし、出来ますれば将来の嫁も同じ趣味である事を願っております」


 ブフッ!


 俺の隣で王女殿下がお茶を吹き出したのが見える、そして俺の前に座る令嬢もポカーンとして口を開けている。


 ふぅ……しかしなんでこうなるかなぁ……。


 ……。



 例の競技会は盛況のうちに終わった、途中にあった八百長疑惑で俺に賭けていた平民を筆頭に暴動が起きそうな程の怒号の嵐が響き渡り、このままでは競技会の表彰式も中止かなーって選手の控え場所に戻ってお茶を飲んでいた俺は思ったんだが。


 そこに例の美人騎士爵令嬢で実況兼司会者のコメットさんが戻ってきて、八百長を仕掛けた近衛は王様の命令で捕らえられた事を宣言した。


 八百長を仕掛けた悪い貴族が捕まるというその小気味の良い報告に怒りを表していた平民達は皆ニッコリとして不正を正す王を称えた。


 いやまて! ちょっと考えれば王様ならもっと前にどうにか出来たって判るだろうに……王様の評判が上がる様に上手く使われた感じだ、たぶん平民が騒がなかったらそのまま放置したんだろうね。


 結果的に俺の成績は900点以上を叩き出し史上最高の点数で優勝になった。


 そして表彰式では王様の代理のエメリン王女殿下から表彰盾を貰い受けた、その場面では平民からの歓声と拍手がすごかったっけ。


 〈平民王女〉が平民出の近衛騎士に表彰盾を渡すんだぜ? この後の王都の酒場で酒の肴にされる事間違いないよね。


 で、俺の騎士爵としての立場もそのまま、俺の事で騒いでいた貴族共はだんまり、八百長の実行者だけは全員首になった……比喩でなくて本当の意味でだからね? 貴族社会怖いから早く逃げたいんだけど……。


 んでだ、エメリン王女殿下にまた付いて回る近衛騎士の仕事に戻ったんだけど……何故かお茶会とかで護衛のはずの俺の同席を求める声が上がり始めたんだってさ、あの競技会を観覧していた子らが多かったみたいで……。


 うちの王女殿下とお茶会する人なんてほとんど居なかったけども祝福後からちょいちょい誘われたり開催する羽目になっていたらしい、まぁ相手は下級貴族が多いみたいだけど。


 第五王女だからそんなもんだよな、王子も一杯いるし王様の兄妹もいるし、うちの王女殿下の王位継承権なんて18位? 19位? なんかそれくらいだった気がする。


 ……。


「あ、あのレオン卿! 一度私の家に来て食事をご一緒しませんか?」


 お茶会も終わり令嬢達を見送る段になって一人の令嬢が俺の前に来てそんな誘いを入れてくる。


「あ! それならレオン様! 私の家の料理担当は鹿を美味しく料理すると評判なんです! 是非一度おいでに成って下さい」

「ずるい! あのあのレオン様……私とその……お見合いをその……」

「レオン様、私の家は先々代が騎士爵ですし成り上がりと言えますので家格的に丁度良いと思うんですけど――」


 一人が来たと思ったらいっせいに令嬢が集まってワイワイキャイキャイと騒がしい、上級貴族の子女だとこうはならんのだろうなぁ……まぁ男爵とか騎士爵とかだと領地の収入だけだとやっていけない貧乏も多いらしいし庶民に近い感覚を持っているのかもしれない。


「皆さん、今日は楽しかったです、それと近衛騎士に縁談を申し込むなら私を通して下さいね」


 王女殿下が無表情ではない氷の微笑で同年代の貴族令嬢達に立ち向かっている。


 そうなんだよ、このお茶会に参加している娘っ子達は、うちの王女殿下となんだよな……。


 なわけで、さっきの俺がキャイキャイと女の子達に囲まれている場面を、妙齢の女子高生や女子大生な可愛い女子に囲まれる絵面から、可愛い小学生に囲まれるシーンへと脳内変換してみてくれ。


 ……俺に一体どうしろと!?


 俺にハニートラップを仕掛けるならもっとエッチな見た目で俺と同い年くらいな年頃の女の子を使えよ! 別に俺の性癖で子供な王女殿下の騎士になった訳じゃないっての!


 てな感じの事を王女殿下の部屋で叫んだ事があるんだが、メイドのコニーと王女殿下の俺をゴミみたいに見る目はあまりにも冷たいので、ゾクゾクして少し興奮してしまった。


 まぁこのチビッ子貴族令嬢達の様子を見るにハニートラップでは無く、結構本気で俺の血を受け入れる気なのかもしれない、まぁ貴族子女で妙齢の子は皆婚約者が居たりするから今更無理だし、それを破棄させてまで欲しいとは言え無いんだろうね、ここに居る子らも三女や四女だし。


 そして胸に手をあてる騎士の礼をして令嬢達を見送る俺……全員帰っていってやっとだらける事が出来る、この部屋も王女殿下の私室の一つだしな。


 ふぃー……俺が首を回したり腕を回して体に残った精神的な緊張をほぐしていると、王女殿下が俺の近衛服のポケットに手を突っ込んでいた……なにしてんの?


 確かにさっき囲んできた令嬢の一人が俺のポケットにこっそり何かを入れてはいたけれども、よく気づいたもんだ、いや……王女殿下なら当然気づくか……。


 王女殿下は厳しい顔つきで取り出した小さな羊皮紙を丸めた物を勝手に開いて読み始める、いやそれはどうなのよ礼儀的に、こっそりポケットに忍ばせるのもおかしいけどさぁ。


 そして俺に読み終わった羊皮紙を詰まらなそうに渡してきてお茶のあるテーブルに戻っていった、機嫌悪そうに大仰に座る王女殿下だがその座る音はドスンッではなくトスッだった、まだまだ体が小さいからね。


 コニーにお茶を求める王女殿下を尻目に俺は手紙を確認する、するとそこには、いかに競技会での俺が格好良かったかを賛美し褒めたたえ、俺にささげる詩まで書いてあった……。


 うん、ファンレターだこれ。



 ……。



 ――



 ――



「これはすごいですね姫様」

 俺はそう呟きながら、その壮大な眺めに感心してしまった。


「レオンさんここは感心する所では無く怒る所ですよ!」

 メイドのコニーが俺を叱ってくる。


「……いいのですコニー、これが王命だと言うのなら甘んじて受けましょう、それにもう王宮で暮らさないで済むのなら……レオン……私を助けてくれますか?」

 気を張ってやせ我慢を見せていたエメリン王女殿下だが最後には泣きそうな声になっている。


「勿論ですよ姫様、ノルマがある訳じゃなし、のんびりやりましょうや」


 俺の切羽詰まってないその声色に王女殿下もコニーも小さな笑みを零して同意してくれる。



 俺と王女殿下とコニーと他十数人の平民な配下達は王女殿下に下賜された領地へと赴いてきた所だ。


 なんでこんな事になったか? そりゃ上級貴族の中に新たに〈回復魔法〉を習得した女の子が2人も出てしまったからだ、あれだけチヤホヤしておいて代わりが出来たらポイッだとさ。


 新たに〈回復魔法〉を覚えた子供の親は王族の血縁に成る為に自分の娘の価値を上げるべく王女を王宮から離れさせたかったのだろうね、王家にかなりの額の寄付とかがあったみたいだよ? そうして王領の一部を王女殿下の領地にと与えられた訳だ。


 そしてその領地はどんな場所か? その領地の一番の高台の丘から見渡すそこは……、一面の大湿地帯だった。


 川というより小さな池が連なる様な地形は温暖な気候もあり葦が大量に生えていて、きっと生物達の楽園の様な状況なのだろう……。




 まぁ毎日の様に下級貴族のチビッ子令嬢達にお婿さんとして狙われる王宮よりはましだよな……。



 壁に囲まれた王宮とは違う、新鮮な自然あふれる空気を吸い、森では無いがレンジャーの血がうずく感覚に笑みを浮かべる俺だった。








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