狩人の矢
第22話 一本目
「はぁ……」
ソファーにだらっとした姿勢で座る俺。
「ちょっとレオンさんだらけ過ぎですよ、いくらここが姫様のお部屋で他に誰も見てないからって、もっとビシッとして下さいってば」
茶髪メイドのコニーがそう俺を諫めてくる。
「外ではビシッとしてますよ」
「中でもビシッとして下さい、そういえば雑役メイド達が噂してましたよ、平民が王女様専属の近衛騎士になるなんて大出世だって」
コニーは部屋の掃除をしながらそんな事を言ってくるのだが。
「成りたくて成った訳じゃないんだけどな……」
「またそんな事を……レオンさんは姫様に希望を見せたのですから責任を取って下さいまし」
「希望って、ちょっと熊から助けただけじゃんか」
「この王宮には、あんな状況で姫様を助ける者なんてほとんど居なかったんです」
居なかったか……そうなんだよなぁ、もう過去形の話なんだよ。
俺がエメリン王女殿下と初めてお会いしたのが神歴1289年の8月だ、避暑と視察の終わった王女に罠を仕掛けられてまんまと嵌った俺は王女の専属近衛騎士として王都オーエルに異動になった……。
そして一代限りだが騎士爵を貰ったりしたんだが、俺が9月に王宮でエメリン王女殿下に会った頃なんて周りの対応はすっげぇ酷かったんだ、貴族や使用人の無視は当たり前だし嫌がらせもあるし……そりゃぁ人形王女なんて呼ばれるくらい無表情にもなるよなと同情もしたんだが……。
俺の事も平民王女に無理やり連れてこられた平民近衛騎士とかいう意味の判らん呼ばれ方をされたりな、そもそも意味の異なる平民と騎士や王女を合体させるなよ、アホか?
そんなこんなで王都にある王宮の端っこの王女殿下に宛がわれた狭いスペースで目立たない様に暮らしていたんだが。
それがさぁ……。
「なんで10歳の祝福であんなに当たりを出しちゃうのかねうちの姫様は……」
俺はつい声に出してぼやいてしまった。
「扱いが変わって良かったじゃないですか、予算配分もしっかりしてくれる様になったし、側使いは姫様が断っているから増えないですけど、さすがに貴族出身の侍女はそろそろ選ばないといけないかもですが……」
コニーもセリフのままの良かったという表情じゃないんだけどな……。
うちの王女殿下は教会での祝福の儀で6つの光る玉を出した、まぁこれくらいの数なら貴族では珍しくない、ただしその光の強さがすごかった、俺の〈弓魔術〉に匹敵する……いやそれ以上の光があったんだよ……王女殿下の儀式には誰も出席してなかったんで俺とコニーと教会の助祭だけだったんだが、さすがに話が漏れて王女殿下は仕方なく能力を一つだけ告げたんだ。
それが〈回復魔法〉だ、本当は能力なんて言いたく無きゃ言わんでも良いはずなのにな、教会の教えでは神の祝福をどうするかは本人が選ぶべきだ、とかなんとか?
俺が持っていた〈回復魔法微〉と違って王女殿下のそれは傷の回復も出来るが、病気の治療魔法や解毒魔法も存在する、王侯貴族にとってそれの価値は高く、教会なんかも確保したい人材な訳だ、そして王女殿下は王家の血筋のせいかそこそこ魔力も高いっぽい。
そんな訳で今日も貴族の病の治療をしに行っている所だ……専属の近衛騎士なのに一緒に行けなくなったんだよな、祝福前は俺がいつも一緒についてたのによ……もしかしたら近衛騎士から兵士に戻されるかもなぁ……。
この綺麗で豪華だけど動きにくい近衛の服ともお別れかね。
ツラツラと考え事をしていたら廊下に繋がる扉の向こうに気配を感じたので俺はささっと立ち上がり背筋を伸ばす、メイドのコニーが扉を開けると王女殿下と……近衛騎士が数人付き従っていた。
俺の仕事を奪った奴らだな。
コニーと王女殿下が帰還の挨拶やらをしている横を抜け、近衛騎士の一人が俺に近づいてくる。
「レオン卿、卿の近衛騎士としての実力を懐疑的に見る輩がいる様でな、そんな輩を黙らせる為にもうすぐ行われる王国の競技会に参加をして貰う事になった、勿論近衛騎士である以上は結果を出してくれる物と信じているが、万が一成績が振るわなかった場合は騎士の位を取り上げる事になる、卿の実力を見せつけてくれたまえ、では失礼」
一方的にそう言って俺から離れていく近衛騎士……まずお前は誰だよ? 名前すら名乗らないとかシャーロットちゃんやセシル君より礼儀がなってねぇんだが。
というかこの国の礼儀とか儀礼って洗練されてないし結構適当なんだよ、日本の頃だとそういった話は系統立てて整えられた物が知識としで出回っていたのかもしれないけども。
まだ植物紙すら出回ってないんだぜ? マナー本とかもほとんど存在しない訳で口頭による記憶継承が基本ってそりゃ適当にもなるわな……。
……俺がやらかした手にキスの話も後で知った話では逃げる道もあったんだが、それを知る前に隊長に潰された訳だ、あの人も王女の境遇に同情してたからな……つか俺の境遇にも配慮しろよ隊長! 今度会ったらシャーロットちゃんをナンパしてやるからなアホ隊長め!
俺がこの世界の未成熟さを思い、そして自分の運の無さに嘆いている間に。
近衛騎士達は王女殿下に部屋から追い出されていた、あいつらこのまま部屋の警備に入るつもりだったらしい……もう最近こんなのばっかなのな……。
扉を閉め部屋の中が俺とメイドと王女の三人になった。
「お疲れ姫様」
「本当に疲れたわレオン、さっきあの馬鹿に言われたと思うんだけど、今まで何も言ってこなかったくせに私の能力が有用だと知ると貴方を排除しようとしてきたアホ貴族達が一杯いるの、なので競技会でレオンの力を見せつけて目ん玉飛び出させてやりなさい!」
銀髪で超美少女なエメリン王女殿下はちょっと口が悪かった。
「もう姫様はまたそんな口調で! レオンさんの真似をしちゃ駄目だって言ってるでしょう!」
……俺のせいだった様だ。
「……わざと負けで近衛騎士辞めていいっすか? 姫様も大事にされるみたいだし問題なくね?」
「普通に辞められると思っているの? 平民に落ちた瞬間闇に葬られる可能性が高いわよ?」
ですよね……。
「……理不尽だ……」
別に王宮の醜聞を吹聴したりする気はねーんだけどな……信じてくれたりはしないんだろうな。
エメリン王女殿下は両手を腰にあて胸を張りながら。
「こんな超絶美少女の側に居れるんだから喜びなさいよレオンは」
「はいはい美少女美少女」
俺は欠伸をしながらまた椅子にどっかりと座りつつそれに答えていく。
「むぐぐ……ご飯もちゃんと出る様になって背も伸びてきているんだからね!? もう少し待ってなさい! レオンがびっくりするくらい超美人になってやるんだから!」
エメリン王女殿下は俺を指さしながら声も高らかに宣言をする。
そら将来は美人になるだろうさ、それこそ傾国の美女なんて呼ばれそうなくらいにはな。
「姫様が元気になられたのは嬉しいのですが、口が悪くなってしまったのが悲しいです」
コニーさんが嘆いている、近衛騎士に任命されて最初に王宮で会った頃はまた無表情に戻ってたしな、今ではずいぶん笑うし怒るし拗ねるし、なんか子供っぽいよな……。
あ、そういや10歳の子供だったわ。
ギャーギャーと俺に文句を言っている王女の言葉を聞き流し、欠伸をしながらひと眠りでもしようと目をつぶる俺だった。
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