第21話 赤熊肉のバーベキュー

 ざわざわと声が響く中、俺はまず一つ目の肉を熱せられた金属の鉄板に乗せていく、ジュワァァ、肉が焼ける音と共に下味をつけた肉が焼ける良い匂いがあたりへと充満していく。


「レオンーまだー?」

「レオおなかすいたー」


 シャーロットちゃん7歳とセシル君5歳の可愛い姉弟コンビがバーベキュー用に設置した鉄板の側に来る、危ないからそれ以上近寄ったらだめよ?


「もう少し待っててね二人共、さて……んん! ……これは王女殿下の振る舞いである! 皆心して味わってくれ!」


 俺の言葉を機に歓声が上がり各所に置かれた鉄板に肉が置かれていく、ジュージューと良い音と良い匂いが漂う。


 一番に焼きあがった肉をお皿に置いた俺は、そのバーベキュー会場のお誕生席にいる王女殿下に持っていく。


「王女殿下一番良い場所のお肉をお持ちしました」


 そう言って恭しく王女の前にお皿を置いてあげる。


「ご苦労様……これがあのレッドベアーのお肉なのね……」

 そう言ってナイフとフォークを優雅に使って食べていく。


「美味しい……苦労して解体した甲斐があるわね、コニーも頂きなさい」

「はい姫様」


 レッドベアーの襲撃を受けてから少し時が過ぎ、大量に手に入ったお肉の使い道に困った王女が相談をしてきたので街の人にお裾分けしたら? と気軽に言った一言が何故か王女の高級魔物肉の振る舞いバーベキューパーティに成ってしまった。


 頑張って熊の解体をしていたので全部の権利を二人に渡したんだよね、皮や爪やら色々金になる物もあって、交易に使われる街道側の街まで商人に売って来て貰ったらそこそこな値段になってて驚いてたよね。


 メイドに話を聞いたらエメリン王女用の予算が横領やら嫌がらせでまともに使えないとかでお金の概念を理解した庶民派王女になってしまっているらしい、そんなだからこそさらに嫌がらせを受けるのかもだけど。


 さすがに熊の解体を一緒にすると何もかもどうでもよくなったのか、王女も俺や隊長に遠慮がなくなって来て気安い感じで接する様になった、計算通り! と隊長に自慢したら引っぱたかれた、解せぬ。


 俺はひたすら焼いては王女殿下やメイドやシャーロットちゃんにお肉を渡していった……いやシャーロットちゃんはあっちの鉄板の所にパパとママとセシル君が居るんだからそっち行きなさいな!? 早く行って下さいお願いします! パパの目がお前を倒すマンになってきているから!


 王女殿下の側の鉄板で調理を続けていると王女殿下が語りかけて来る。


「レオン……ここの人達は誰も私の事を気にしないのね」


「そりゃ田舎ですから、王都の噂話なんかも届きませんし、王女の噂話があるとしたら、美味い魔物肉を下賜してくれた太っ腹王女様って所ですよ」


 俺の軽口に王女はクスッっと笑い。

「そうなのかもね、誰も私を馬鹿にせず……そして誰も……ねぇレオン……馬鹿にはされてないけど誰にも敬われて居ない気がするのだけど……特に一人のレンジャー兵士とか酷い物なのだけど、私王女様よね?」


「ハハ、王女様が熊肉なんて解体する訳ないじゃないですか、誰かとお間違えでは?」

 おっとこの肉はもういいな、王女のお皿に追加っと。


「レオンがやらせたんでしょーに! コニーなんてメイド服と私の乗馬装備に着いた熊の匂いが落ちないって言って帰ってきてから泣いてたからね!?」

「姫様! 泣いてませんから……ちょっとこうお洗濯しながらジワっと来ただけで……」


 え? まじで? そりゃちょっと悪い事したな……。


「そこまできつかったのか……御免なさいコニーさん、お詫びに一杯奢るから一緒に酒場でデートでもいかがですか?」


「え? え? デデデデートですか!? いやそのう……姫様のお世話もあるので……お休みの日だったらいいですけど……」

 メイドのコニーさんは自分の両手の人差し指をツンツンと胸の前で付き合わせながらそう言ってくれたが。


「コニーにお休みなんて無いじゃないの」

 王女様が残酷な一撃を食らわせている、休みがないのはたぶん貴方のせいなんだけどな。


 ガーンッとショックを受けているメイドのコニーさんを放置して話を続ける俺達。


「明後日には王軍が迎えに来るそうですね王女殿下」


「そうね……ふっ……予定通りのはずだったのに兵を集めるのに少し遅れるんだって、まるで私が戻る予定が無かったのを知っていた誰かがいたかのようだよね」

 自嘲気味に笑う9歳の女の子はあまり見たくないなぁ……せっかくここ最近は歳相応で笑う事も増えたのに……。


 大人になるべく無理してんだよなぁこの子は、とは言っても何か出来る訳じゃないしな。



 取り敢えず肉を食わせよう、そう思い肉を焼いて行く俺だった。




 ……。



 ――



 ――



 ビシッっと背筋を伸ばして立つ俺と隊長、その前を通り過ぎ用意されている馬車に乗り込むドレス姿の王女殿下……は少し戻って俺達の前に来た、え、何?


 王軍が俺達と王女殿下に注目をしているのが判る、さすがにここで最近の様な気安い態度を見せるのはまじーよな。


「オウガンにレオン、二人共よくぞ私を守ってくれました、私ミラー王国第五王女エメリン・ド・ミラーはお二方に感謝の意を伝えます」


「「ありがたき幸せ」」

 俺と隊長は深く深く頭を下げた。


 ああ、襲撃者の引き渡しやらもしたし、こういう場面を周りに見せたかったのか。


 頭を下げたままの俺と隊長の側から王女殿下が離れ……ていかないな、俺の前に来た?


「レオン頭を上げなさい、そして跪きなさい」


 よく判らんが頭をあげると王女殿下の前に片膝を地につけて跪いた。


 王女殿下は俺を真剣な表情で見ると右手を俺の顔の前に出して。


「レオン、貴方は私に危険が及んだら助けてくれますか?」


 んー? ああ日本に居た頃に映画とかで見た手にキスをするって奴かなこれ? 昔準騎士教育の時に何か習った様な気もするが……礼儀作法の授業はこっそり筋トレしててほとんど聞いてなかったからなぁ……まぁそういうのがやりたいのかなこの王女殿下は。


 俺は王女殿下の差し出した手を取り。

「はい、王女殿下の危機には駆け付けましょう」


 そう言って差し出された王女殿下の手の甲にキスをするのだった、その時に隊長が小さく『バカッ』という声を上げた気もするんだが……む? 何か作法があったのかな?


 何か王軍もざわついてるし……あ! 手の甲にはキスする振りで本当にしちゃだめなんだっけか? 失敗したかもしれん……。


 王女殿下は俺がキスをした右手を左手で大事そうに包むと笑顔を見せて。

「ではまた会いましょう」


 そう言って馬車に乗り込んでいった、メイドのコリーさんは何故かこっそり俺にグッドマークを見せながらその後に続いていったけど……作法を失敗したの? 成功したの? どっち?


 王軍の一部の奴が俺をジッと見つつも隊列は街道に向けて移動していった。


 彼らが居なくなった街の入口で俺は隣にいる隊長へと質問を投げかける。


「俺の作法って何か間違ってましたか?」


「……やはりというか理解してなかったか……いや……あの王女もレオンが判ってないと知っていてやったんだろうな……」


 えーと?


「あーやっぱ手の甲に直接キスしちゃうのはまずかったですか? するフリをするのが礼儀なんですっけか?」


「はぁ……触れない様にするフリをするものだが、そんな事はどうでもいい」


 どうでもいいってなんだそりゃ、俺はよく判らないので隊長の話の続きを待つ。


「未婚の女性王族がさっきのように手を出すって事はだ、よっぽど大事な相手を示す、その相手が妙齢の男で親族や婚約者とかでないと言うのなら……」


「言うのなら?」

 隊長が途中で言葉を止めたので怖くなった俺は言葉尻を繰り返して聞いていく。


「それは王女専属の騎士と見なすんだよアホウが」


「へ? いやだって……あーでも俺は騎士じゃないし気持ちの問題ですか? 私の味方でいてね的な、可愛らしい事ですねぇ」


 俺が楽観的な話であってくれとそう軽く言ってみたが。


「王軍の見ている前で未婚の女性王族相手にやったんだ、もし専属騎士でないならお前は首を落とされるぞ、物理的にな」


 隊長は容赦なく俺を崖に突き落としていく、まぢかよ……。


「ちょおお!!!! なんですかそれ! 知らなかったんだからしょうがないじゃないですか! え? は? ……もしかして王女は?」


「お前がそういうのに詳しくないって判っててやったんだろうな、おめでとうレオン、王都に転職だな、遠からず本隊から辞令が来るので……逃げるなよ? お前を逃がしたら俺や家族に迷惑がかかると思え」


 隊長はマジな顔でそう忠告をしてきた……。



「あの王女! やってくれたなぁぁぁ!!!!!!!」



 周りに誰も居ない畑に囲まれている様な道の中央で俺はそう叫ぶしか無かったのであった。




 











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