第20話 川魚の塩焼き
「わわっ姫様お待ち下さい!」
森の中を歩いていく俺達、茶髪平民メイドなコニーの叫び声が森の中に吸い込まれて行く。
でかい声は出すなと言ったはずなんだけどなぁ……。
無表情王女殿下は乗馬用の恰好で、そしてメイドはメイド姿で戻ってきた……メイド服以外持ってきてないんだってさ、ヒールの無い靴にしてきただけマシか。
今は森の中に流れる小川に沿って少し歩いた先にある崖を目指している、崖には小さな滝があって水も景色も綺麗なのでそれを見せてから帰ろうという視察というよりは観光旅行だね。
足元が危なっかしくてスカートが藪にあたって上手く歩けてないメイドの手を取ってをエスコートしてやる。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしましてメイドさん」
さすがに王女のメイドに選ばれるだけあって美人ではあるけど正直興味は無い、どうせ都会に帰っちまう娘っこだしな。
ようやく見えてきた滝を見て無表情王女殿下とメイドは口をポカンと開けて止まってしまった。
ああうん、俺も始めて見た時はその美しい景色に見惚れたもんだよ、今はもう慣れちゃってあれだけど。
その小さな滝は高さが10メートルちょいくらいだろか、川としては小さいが勢いがあるので水が霧状になって周囲に飛び散る分が多く、木漏れ日を受けて小さな虹が大量に見えるのだ。
景色に見とれ立ち止まってしまった二人は放置して川の横のいつも野営に使っている場所を整備し直す、野生動物とかもいるし周囲の木から枯れ枝が落ちてきたりするからね。
俺と隊長が火をおこしてお茶の準備をしているとメイドがハッっと気づいて手伝いを申し出て来る、それもメイドの仕事なのかねと、レンジャー流のやり方を教えてあげつつお茶を淹れて貰う。
テーブル代わりの平岩に複数のお茶の入ったコップを出し、王女殿下が一つ選んで俺らが残りを選んで先に飲んでみせる、ん? いつもより美味しい? メイドさん何かした?
へぇ……茶葉の状態によってお湯の温度って変える物なの? すごいなメイドさん。
俺がメイドと会話をしながら御見それしましたとメイドに頭を下げていると、王女殿下からクスッと9歳の歳相応な笑い声が聞こえてくる、へぇ、こんな風に笑う時もあるんだな。
「おっと王女殿下の前でする態度じゃなかったですね失礼しました」
俺は頭を下げて謝った。
「良いのです、どうせここには私しか居ません、王宮では無いのですから……」
笑って居た王女だが王宮という単語を口から出した瞬間にまた氷の如くの無表情に成ってしまった。
大変なんだろうなぁ。
「では王女殿下、ここで休憩をしたら元の道を戻る事になります」
隊長が畏まってそう言っている。
王女殿下も了承をしているが……うーん……。
「ねぇ隊長、腹が減ったので魚でも食っていきませんか? いつもみたいに」
そう隊長に提案する俺、隊長も王女殿下もメイドも俺の提案にビックリしている。
「いやレオンさすがに王女殿下がいらっしゃる時にそれはだな」
隊長が難色を示してくるので一押しする事にする。
「いやでも隊長、視察なんですから現地部隊の日常も視察しないといけないでしょう、そう思いませんか王女殿下?」
俺は王女殿下に向けてウインクをしつつ聞いてみる事に。
王女殿下はしばし戸惑っている様子だったが、その無表情な顔が悪戯を思い付いた様な物に変わり。
「確かにそうかも、ではそこな兵よいつもの姿をみせい」
「ははー王女殿下の御意のままに」
俺は大仰な返事をしてからいつもの様にそこらに落ちている枝の中で良さげな物を探す。
隊長も王女殿下の表情を見てから、仕方ないとばかりに俺を手伝ってくれる様だ。
そうして適当な枝にいつも持っているバックの中に備えてある糸と釣り針を着けて……。
――
――
「わわ! レオン! これはどうしたら!? 引っ張られる引っ張られてます!」
無表情……いや、もう9歳の歳相応な表情な王女がへっぴり腰で即席の釣り竿を持って俺を呼ぶ。
俺は出来上がった釣り竿を視察と称して王女殿下に渡して釣りをやらせてる訳だ、お供が平民のメイドしか居ないから出来る事だな、あ、ちゃんと王女殿下が持つ部分は布を巻いてあるので手の平も安心です。
「そのまま岸に上げちゃって下さい、このままだとお付きのメイドに負けますよ」
俺がそう王女殿下に言ってあげると、王女殿下は少し遠くでキャイキャイ叫びながら魚を釣り上げているメイドを見る、その側では隊長がフォローしている。
「むむ……コニーには負けていられません、このまま引っこ抜きます! 受け取りなさいレオン!」
「了解、王女殿下」
そうやってわーわーきゃーきゃーと釣りをしていく俺達だった。
ちなみに初めて川から引っこ抜いた魚は空を舞い、勢い余って王女殿下の顔にぬめっと当たり悲鳴を上げていた、俺がそれを見てゲラゲラと笑っていたら王女殿下に足を蹴っ飛ばされた。
暴力王女か!? まぁその後メイドにも引っぱたかれたし隊長にも引っぱたかれたけど。
……。
――
パチパチと音を鳴らす焚火の周りに今日の戦果達が並んでいる。
この川で獲れる魚は鮎に似ている、岩についた苔を食べたりもしている様で、その魚は上品な味と匂いがして燻製にしてやると飛ぶ様に売れる逸品になる。
そんな魚達を捌いて串を刺し、持ってきている塩をまぶして遠目の直火で焼いている。
その匂いは得も言われぬ良い匂いなのだ、この匂いだけでも売れるよなぁ……。
「レオン! まだ駄目ですか?」
いつのまにか普通に俺の名前を呼んでくる王女殿下が早く食わせろと急かしてくる、メイドも何も言わないが俺をチラチラと見て来る。
まぁ待ってよ、俺は地面に刺して焚火にかざしていた魚の塩焼きを一本抜いて確認をしてみる、うんおっけー。
「いけますね、どうぞ王女殿下」
そうやって串ごと渡してみた。
それを渡された王女はキョトンッとして。
「お皿やフォークやナイフは?」
俺はそれに答えずメイドや隊長にも串を渡すと自分の分を取りそのままかぶりついていく。
美味い!
隊長も溜息を吐きながら結局何も言わずに食べ始める、ごめんね隊長、問題になったら俺が罪を被って逃げるからさ。
メイドと王女殿下が躊躇をしている中、俺は一本目を素早く食べ終わり二本目に行く。
我慢が出来なくなったのかメイドと王女殿下も俺や隊長の真似をしてガブリッとそのまま食べ始める、しばし無言の食事が続く。
――
――
「はー美味かった」
6本ほど食べた俺は満足げに腹をさする。
「レオンは食べすぎです! 私なんて2本しか食べられてないのに!」
「そうですよ、姫様と私が釣り上げた物なのにぃ」
王女殿下とメイドのコニーが非難を浴びせてくるが知りませーん。
「こんなのは早い物勝ちですよ、それにエサをつけたり捌いて調理したのは俺と隊長じゃないですか」
この二人は餌の虫やらをキャーキャー言って怖がったのだ、なもんで今回は内蔵を全て捨てる調理法をしている。
そうやってお昼のひとときを楽しく過ごしていたのだけど……。
「隊長」
「うむ」
俺と隊長は素早く立ち上がり武器を構えて戦う準備をする。
「どうしたのですか二人と――」
「「グオワァァッァァァッァア!!!!!」」
王女殿下の呼びかけを遮るように獣の叫び声が響き渡る、川を挟んで向こう岸に赤くてでかい熊が2頭現れる。
俺達と熊の間にある川だが水深が1メートルも無く、幅が20メートル程度の小さな川だ。
「あんなのはうちの森にいねーですよねぇ隊長」
「ああ……あれはたぶんレッドベアーだな、一頭で中級冒険者のパーティが必要と言われている魔物だ」
体長3メートルを優に超えるその体格に分厚そうな脂肪や堅固な皮か……魔物特有の濁った赤い目……レッドって名前に付いているなら火属性の技とかも持ってそうだな。
俺と隊長が話をしながら相手を伺っていると、後ろから王女殿下の声が聞こえてくるのでチラっと振り返る。
「……お二人共コニーを連れて逃げて下さい……恐らくあれは私を狙った物でしょう、私が残れば追っていく事は無いと思います……レオン、隊長さん、お魚美味しかったですありがとう……さぁ行って下さい……これは王女としての命令です!」
「姫様!」
氷のごとくな無表情に戻ってしまった王女がそんな事を言って来るのだった。
メイドは理解をしているのか王女に呼びかけただけで続きを何か言う事はなかった、それでも自分だけで逃げようとはしないみたいだ……。
「どうしますか隊長、うちのずっと上である雇い主の命令とはいえ……どうにも俺らがこんな雑魚に負けるとか思われてるのがすげームカツクんですけど」
「そうだなレオン、恐らく王女殿下は場数を踏んだ末端兵士の実力なぞご存知無いのだろう、これも視察の一環という訳で……見せつけてやれ」
「はい……って隊長はやらんのかーい! 隊長ならあの程度余裕で勝てるでしょーに!」
「うっさい! 近接戦は万に一つがあるんだよ! 俺が怪我したらパメラやシャーロットやセシルが泣くぞ? いいのか?」
万に一つって言ってる時点で大丈夫だろうに! だがしかし。
「可愛いパメラさんや可愛いシャーロットちゃんや可愛いセシル君を泣かせちゃ駄目ですね、俺がやります」
「……なぜ男のセシルを可愛いと表現した?」
隊長のセリフは無視をして矢筒から矢を二本取り出す。
ちなみにセシル君は男の娘の素質がある。
「何をしているのですか二人共!? あれはレッドベアーなのですよね? 王宮で習った時は一頭で一個分隊が必要と習った相手です、はやくコニーを連れて――」
「魚も捌けないヒヨッコ王女は黙ってて下さい」
俺は王女殿下の言葉を一刀両断にして黙らせる。
「ッ!」
王女殿下が黙ったのを尻目に俺は矢を二本弓につがいつつ……。
呪文……自身の能力を発動させる為の意思を言葉に乗せていく。
「矢にホーミング魔力を付与」
矢に魔力が宿り、矢からヒラヒラと光が零れ落ちる。
「矢に貫通魔力を付与」
二つ目の付与をしていく。
「矢に爆発魔力を付与」
三つ目の付与をして……。
発射!
二本の矢を同時にレッドベアーへと向けて解き放つ、相手は恐らくテイムされた魔物だ、俺が矢を解き放つ瞬間に回避の動きを見せたが、光の帯を残して飛んだ矢は横に飛びのいたレッドベアーを逃すことなくカーブをしてその胴体の堅固な皮と脂肪を貫通して体内に潜り込みそして……。
ドガァァン。
爆発した。
「隊長」
俺が小さくそう呟くと、隊長はナナメ右先の対岸の森を剣先で示した……ああ……あれか……。
すばやく次の矢をつがえて。
「矢にホーミング魔力を付与」
矢に魔力が宿り、矢からハラハラと光が零れ落ちる。
後ろに居る王女殿下が呟く。
「魔力を乗せた矢……上級戦闘術……何故こんな場末の部隊に……」
発射!
俺が矢を打つと同時に隊長が矢の飛んでいった先へと走っていく、俺は周囲を警戒しつつ王女殿下とメイドを守る。
……。
しばらくして隊長が一人で戻って来る。
「ありゃ、俺がやっちゃいましたか?」
狙いをミスっただろうか?
「いや、逃げられない事を悟ったのか自決していた、持ち物も手掛かりになる様な物は何もなかった」
うーん、前回の宿を狙ったやつはゴロツキを抜け出せてなかったけど、そいつはプロっぽいなぁ……。
「処理が終わりました王女殿下」
と隊長が王女殿下に報告をすると。
「何故命令を聞かなかったのですか! 今回は想定外で倒せたからよかったものの……私が『平民王女』だから命令を聞く気が無いのですか!?」
王女殿下が怒りつつ俺達へと叫んでくる。
うーん、自分の状況の悪さを俺達にぶつけんで欲しいが……まだ9歳の女の子なんだよなぁ……。
よし!
「俺はね王女、初めてここに就職をした時に隊長に教わったんです、獲物を捌け無い様な新人レンジャーが命令に背くなと」
俺は怒っている王女殿下にゆったりとした口調で語り掛けていく。
「……それがどうしたって言うんですか…‥」
「さっきも言いましたよね? 俺達森林レンジャー部隊に命令をしたかったら獲物を捌いて見せて下さいよ王女殿下?」
俺は笑いながら王女殿下にそう言ってやる、少し馬鹿にした笑いを見せてあげるのがコツだ。
すると案の定獲物は釣れて。
「この! ……いいでしょう魚を持ってきなさい!」
「姫様!?」
釣れた釣れた王女が釣れた、俺が内心喜んでいると隊長が俺の背中をツネってきた、イタイイタイイタイ。
「いやいや王女殿下、魚より良い獲物が獲れたじゃないですか、あれでいきましょう!」
俺は楽し気に胸部分に大穴が開いているレッドベアーを指さす。
王女殿下は途端に怒っていた表情を戸惑いに変えつつ……。
「え? いや……え? あのレオン? お魚さんでは?」
「ハハ、目の前の獲物を解体せずに放置なんてそんなそんな、さて頑張ってやりましょうか王女殿下! とメイドさん!」
「ええ! 私もやるんですか! なんで!? 巻き込まないで下さい姫様……」
「私のせいじゃないですよ!? ちょっとレオン! お魚さんでいいじゃないですか! ねぇ! 話を聞いて? ちょっとー!」
俺は女性陣の声を無視して獲物へと向かう、魔物肉って美味しいんだよねーでも頭を狙った方が解体が楽だったかもなぁ……まいいか、熊の解体とか王宮じゃ絶対習えない事を視察で体験出来るとか……やったね王女殿下! ラッキー!
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