第19話 魔ボア肉の燻製

「ではよしなに頼みます」


 俺と隊長は俺達の街にやってきたエメリン第五王女殿下と安普請な宿屋の一室で挨拶をしている。


 王女殿下の言葉に敬礼と短い返事で答える俺と隊長。


 王女殿下の側には俺より何歳か歳下に見えるメイドが一人しか居ない……。


 結局の所フラグは避けられなかった様で8月になり王女殿下がやってきた訳だが、そのお供として王女殿下を送り届けた王軍が全て帰ってしまうと、残ったのが侍女すら居なくて若いメイド一人だけってどういう事? な状況だ、母親はもう亡くなっているらしいから助けもないんだろうかね?


 王女殿下の前で跪き頭を下げた状態の俺達に向けて王女様は。


「頭をあげて下さい、為すべき挨拶儀礼も終わりましたし後は適当でいいですよ、こんなまだ9歳の平民の血筋な王女に建前でも傅くのは大変でしょう……迎えが来るまで適当に過ごしますから、下がってよろしい」


「「は! 失礼します」」


 俺と隊長は王女殿下の諦めた様な言葉は聞かなかった事にして部屋から出て行く。


 宿屋を出て一旦詰め所に向かう俺と隊長は周囲に人気が無い事を確認しつつ会話をしていく。


「思った以上に酷いですね隊長」

「ああ……」


 避暑として来たはずなのに荷物はぼろっちぃ馬車一台分、側にいるメイドは亡き母親の商家の方の親戚にあたる平民メイドだとか……王女殿下に貴族子女の侍女すらいねぇって酷すぎるだろ、母親が養子に入った貴族家すら王女殿下を助けないとか、そんな扱いをするくらいなら王位継承権破棄させて平民として母親の実家の商家にでも放りだしてやりゃいいのにな……。


 王女殿下は9歳で銀髪ロングの超々美少女だった、これが貴族の血を引いていたら将来を期待されてチヤホヤされているんだろうね、あの美人さが母親からの遺伝だとしたら王様が手をつけたのも判らなくはない話だ……ただしその表情は氷のごとくの無表情だった……まだ9歳の女の子がだぜ? やるせないねぇ……。


 メイドのコニーは茶髪で戦闘能力は無さげ、ただし傍目に見ていると王女殿下とは仲が良さそうなのは不幸中の幸いって所だね。


「隊長が日の出ている時間帯で俺が夜、これでいいですよね?」

「すまんなレオン……」


「シャーロットちゃんに父親無しの夕餉なんかさせられないですから……か……勘違いしないでよね! 隊長の為なんかじゃないんだから!」

「……たまにあるレオンのそういう言動が本当に意味が判らんのだが……子供達の口が悪くなった原因がお前な気がするんだよな……処していいか?」


「ごめんなさい隊長、俺がシャーロットちゃんとセシル君と遊んでいる時の口調とかを真似しちゃうのかな? これは気をつけないと……」

「頼むぞ、娘に『パパ超イケメンでバリあげみ』とか言われた時はお前を斬り捨てるべきか本気で迷ったからな」


 うん、たぶん『死語ギャルおままごと』の影響だなそれは……もうやらない様にしよう。


「もう『死語ギャルおままごと』はやりません、これからはシャーロットちゃんがいつも俺に要求してくる『新婚さんおままごと』にしておきますね」


「そうか」

 隊長が腰に佩いている剣を鞘から抜いていった。


「おっと間違えたリバーシの対戦やスゴロクくらいにしておきます! なのでその剣を鞘に仕舞って下さい!」

 すでに剣先が俺の目の前に来ていたので必死に説得していく俺だった、隊長は剣術系能力持ちだからね……接近戦だと槍を持って無い俺はちょっとやべぇ。


「ったくお前は……漫才スゴロクも止めておけ、あれも教育に悪い」

「了解しました隊長!」

 俺は王軍で使う綺麗な敬礼を隊長にしてみせるのであった。


 スゴロクっても植物紙を見かけないこの世界だと、その都度地面にスゴロクを描いていく感じの遊びだ。


 イベントは木の板に色々書いておき動物の骨で作ったサイコロを振り対応マスに止まったら一枚引くって遊びだな。


 木の板に書いてあるお題にそった漫才を即興で考えて披露をし、周りの拍手の大きさによって石で作った玩具のお金を得る額が変わるという成り上がり漫才スゴロクはご近所の子供達にも人気だったのだが……。


 最近子供達の会話に『なんでやねんっ!』とか『いい加減にしなさいっ!』とか突っ込みが必ず入るのがちょっと心配ではあったんだ……うん、あの漫才スゴロク用の木の板は竈に燃料として放り込んでおこう。



 さて、夜に備えて俺の家である詰め所で寝るか。



 ――



 ――



 この街は農業が中心の街だ、なので夜は早い……まぁ早い夜でも家の中の気配は動いている訳だが、要はまともな歓楽街が無いから人通りがほとんど無くなるって意味な。


 つっても酒場は一軒だけあるよ! ……家族経営なこじんまりした奴だけど。


 で、そんな早い夜の街の中、俺は宿屋の入口が見渡せる家の屋根に登って黒いマントで身を包み、前に狩った魔物ボア肉の燻製を齧りながら待機している、ちゃんと下の家主には説明済み。


 まぁ初日からいきなりって事は無い……事も無い様だった、貸し切りになっている宿屋には他の客が泊まれない、しかも日のあるうちは隊長が一階の食堂で待機している、なのでやっぱり来るなら……そうだよね夜だよね。


 つーかやるなら王都でやれよクソ共が! ここで王女に何かあったら俺らが罰せられるじゃんかよ! 


 俺は今生で手に入れたもう一つの能力である〈夜目〉を駆使して宿に近づきつつある影を確認する……いやさ……お前らのいた都会ならおかしくないかもなんだろうけど、この田舎で歓楽街も無いのにランプも持たず夜中に移動しているとか……あほか?


 俺は不審者ですって看板をつけて歩いている様なもんじゃんか、てか王女殿下が来るってんで夜中には出歩くなって街の人間には通達済みなんだよアホウが! 緊急で出歩く必要があるなら明りを必ず持てって伝え済みだしな。


 都会だと住民すべてに通達なんて不可能なんだろうけど、田舎なめんなよバーカバーカ。


 俺は夜の森での狩り用の弓を取り出していく、光を反射しない黒っぽい素材で作られている弓と矢なのだ、暗殺用とかじゃないよ? 夜の森には毛皮が高く売れて警戒心の高い夜行性の動物とかいるねん!


 それらは俺のお給料の足しになって……まぁほとんど酒場の看板娘である馴染ウエイトレスのエミーへのチップに持っていかれている気がしないでもないけど。



 宿屋の扉をノックもせずに開けようとしているね、はいアウトー、後詰とか監視は居ないのかなぁ……うーんちょっと判らんな、今俺が判る範囲には居なそう。


 てことで〈弓魔術〉を発動、自分が持って居る能力にお前を使うという意思を言葉に籠めて伝えていく、正式な呪文ってのは存在しない。


「矢にホーミング魔力を付与」


 矢に魔力が宿り、矢からハラハラと光が零れ落ちる、うむ目立つから早く撃っちゃおう。


 発射!


 トスッ、不審者のフトモモにばっちし突き刺さった矢だった、悲鳴は小さめか、完全な素人では無さげ、はい真っ黒確定、じゃ第二射だな。


「矢にホーミング魔力を付与」


 発射!


 刺さった矢をどうにかしようとしていた不審者の腕を貫通した、多少腕が動いていようが矢が勝手に目標に軌道修正して向かっていくからな、動く相手に魔力付与超便利。


 さて、第三射だ。


「矢にホーミング魔力を付与」


 ……。



 ――



 ――



 たっぷりと昼間に寝て今は夕方だ、隊長からの引継ぎ話を聞いている。


 朝に隊長に引き渡した男は何処ぞの街の裏街の人間だった様だ、依頼者は組織の上の人間しか判らんそうで役に立たないって事で後で王女殿下を迎えに来る王軍に渡す事になった。


 この街にも一応自警団と牢屋はある、でもプロが相手だと危険だから王女殿下を守るのは俺と隊長だけがやってるんだ、自警団つっても街の男衆だからねぇ……。



 ――



 ――




 そうして何日もたった頃、王女殿下の予定の中に組み込まれていた仕事であるリンドの森の視察の日だ、つってもそこそこ歩きやすい巡回路をちょろっと見せて終わりにする予定。



 ……。


 いやさぁ王女殿下、俺達が行くのは森だよ? なんでドレスやねん、メイドも普通にメイド服のままだし……足元を見ると二人共微妙にヒールのある靴だし。



 俺はどうしましょうと隊長を見るが……。


 隊長も困っている、うーん下手に王族に何かを言って不興を買えば職場を首になりかねんしなぁ、隊長は家族もいるし……しょーがねぇか……。


「王女殿下、私共が行くのは王都にあるではなくなのですけど、それをご理解頂けていましょうか? 全て歩きで行く事に成りますので視察は森の入口にも入らず終わらせるという事で構いませんか?」


 俺のそんな無礼な物言いに隊長に頭を引っぱたかれたが、その威力は周りに響く音ほどの物では無かった、手加減上手いね隊長。


 王女殿下とメイドは最初何を言われているのか判ってなかった様だが、遠目に見える深き森とそこまでのほとんど整備されていない道を見てから自分達の姿を見下ろし。

「あ……コニー! 着替えに戻ります、貴方達はそのまま待機している様に」

 その無表情な顔の頬を少し赤くしてエメリン王女殿下はメイドを連れて宿に帰っていった。


「「御意に」」


 俺と隊長はそう返事をしてから待機をする、小さな声で隊長と会話をしながら。


「済まんなレオン、嫌な役をやらせてしまった」

「あーまぁいいですよ隊長、俺なら結婚もしてないし免職……除隊? いやまぁ職場を首になってもどうにかなるでしょ、最悪エミーの所にでも転がり込みますから」



「酒場の娘のウエイトレスか? あれは金が溜まったら都会の街に出て幼馴染の男と小さな雑貨屋をやると言っていたような……」

「……まじですか?」



「うちの嫁のパメラがそんな事を言っていた気がする」

「まじか……俺の事をもて遊んでたのね! くそぅ……どうりでいくらチップを弾んでもなびかない訳だ!」



「……可能性が無い事には気付いていたのだろうに……遊び過ぎだお前は……」

「……こんな街じゃ稼ぎのある仕事なんて無いでしょうし、あの小悪魔っぽい可愛い笑顔に多めのチップを払うくらいなら構わんでしょ、俺には使い道も無いですし」


 ちゃんと〈財布〉にはある程度貯めてあるしな、どこぞの歌姫と違って!








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