狩人の飯
第18話 魔鹿のステーキ
ヒュンッ、矢が飛んで行く音が森の中の空気を震わせる。
ストッっと静かな音が響き、そして……どさりと獲物が倒れる音が聞こえてくる。
「見事な物だなレオン」
「あざーす隊長」
俺の上司のオウガンさんが弓の腕を褒めてくれた。
今俺は王領であるリンド領の森に居る。
リンドの森と呼ばれるそこは、王家の所有物であるので兵士が駐留している必要がある。
……まぁリンド森林警護隊とは聞こえがいいが、オウガンさんと俺の二人だけの部隊なんだけどね……。
王領なんて国中に一杯あるし、森も吐いて捨てる程ある。
特に何か珍しい物が取れる訳でも無いこの森に、そこまで経費を掛ける訳にはいかんのだろう。
森林警護隊のお給料はぶっちゃけ安い! すっごく安い! ひたすらに安い!
まぁその代わりに、木を切り倒したりしないのであれば、狩や採取等は許可されている。
今生の俺は、そんな王家直属軍の場末部隊に所属をしている。
何度も何度も色々な人生を繰り返している俺だけど、前回と前々回はきつかったみたいだ。
何せ今までは前世の記憶が本を読む様な間接的な知識だったのが、その回は何故か知らんが記憶が素で自身の物の様に感じられる状態だったみたいだ。
なもんでその記憶に行動が引っ張られたのか、結局両方共儚い人生だった。
何故か今回はまた本を読むがごとくの客観視が出来る感じなのだけど……また同じになるのは嫌だと色々考えているのです。
それに最初の頃の生まれ変わりで継承していた能力達が、何故か消えてしまった回もある。
どうしてそんな風になったのか? また記憶の感じ方は何故元に戻ったのか?
結果が違うなら理由があるはず、そうして考察したのだけど……人をあやめた後は酷い事になっている気がする。
そして善を為したり魔物を倒すと良くなっている……かも?
つまりだ……この世界の生まれ変わりガチャは、カルマによって変わってくるのだ!
……なんて考え方は俺がゲーム脳だからなんだろうな。
そんな簡単な話な訳ないだろうに……はーやれやれだ……。
本当に何でこうも状況が変わるのか、誰か説明書を下さいって感じだよまったく。
それで今生も素っ裸で、とある街の側の街道に放り出されていた訳だが。
〈財布〉の中にはパンツも金も無く、からっぽだった……。
知識としてはその理由を知っているよ? 知っているけども……。
亡くなって生まれ変わった後も家族を助けたいとかどんだけだよ!
俺もこの知識にある農家のアゼリアって人に会って好きになったら、そんな風になるんかねぇ?
そんな訳で裸でうろつく怪しい奴だってんで、衛兵に掴まってフルチンで土下座をしたり。
初期資金を貯める為に、葉っぱパンツで局所だけを隠して道化を演じつつ、酒場で歌を歌ったりしてチップを稼いだんだが……。
女性冒険者さん達のチップが結構すごかった……。
いや……まじでふざけんなよ! ちょっとくらいは〈財布〉に金を入れとけよ俺!
文句を言う相手が自分自身なのがすごく辛い……酒場での道化仕事では貞操の危険を感じたんだからな?
そうして最底辺な生活をしつつも、こっそり教会でお祈りをしたら、光る玉が2個だけ出てきたんだ。
片方はいつもより光が強いけど、今回は2個だけだったんだよなぁ……最近は個数が増えてきた感じなのによ。
魔力がガチャの回数に影響するという、以前の俺の予想は外れだった?
うーん、まだまだ判らん事だらけだ。
まぁその強めの光の玉で覚えたのが、上級能力と言われている〈弓魔術〉だ。
特に仕事も無かった俺はこれ幸いと、弓が扱える者を募集していたリンド森林警備隊に応募した訳だ。
矢に魔力を籠める事で威力を増したり、様々な効果を出す事の出来る凄い能力なんだけど……。
平民でそんな能力持ってるのがばれたら、貴族やらに戦力のある駒として使い潰される可能性あって面倒だから、ただの〈弓術〉って言って応募したんだよね。
……オウガンさんにはすぐばれたけどな。
……。
「急所を一撃だったな」
ズリズリと獲物を運んできてくれたオウガンさんが魔鹿を見せてくれると、狙い通りの場所に矢が刺さっていた。
さすおれ、というか上級の戦闘系能力がすごいんだけどな。
「んじゃ小川まで運びましょうか隊長」
魔鹿を長い棒にぶら下げる様に吊るし、2人で棒の両端を持ち上げ、森の中を流れる小川まで運ぶ。
血を抜くのにも冷やすのにも川があると楽だよね。
えっさほいさっと。
おれもすっかり森林レンジャーが板についてきたよなぁ、これも森の歩き方とかをきっちり教えてくれた隊長のおかげやね。
――
血抜きをした魔鹿を小川に沈めてから、今日はそこで野営をする。
今日の森林内の巡回も特に問題は無かったし、帰ったら魔鹿の肉でステーキにでもしようかなー。
焚火に枝を追加しながら鹿肉の使い道を考える俺に、オウガンさんが話しかけてくる。
「レオンはそろそろ結婚を考えないのか? ここに来た時が15歳で、もう4年は働いてるから、そろそろ19だろ?」
そうかぁ、もうそんなになるのか……。
この自分の年齢を、誰かの主観を元にしてつけないといけないのが、本当に面倒なんだよ……。
今回は俺を捕まえた衛兵さんの主観年齢を採用したんだよね。
「あーそうですねぇ……つっても出会いが無いじゃないですか……リンドの森は王家の森で特に商業利用されてないから、近くに大きな街が出来る訳でもなし、俺らの詰め所がある森の側の街は街道からも外れた農業特化の街で若者は出ていく一方ですし、働く場所が無きゃそうなりますよねー」
「……なんだかレオンのその物言いは街の年寄り共の愚痴みたいだな……うちの給料も安いしな、あんな内容の募集で弓能力持ちのお前が来たと聞いた時は驚いたぞ?」
そりゃねぇ、弓がある程度使えて若かったら、こんな一日大銅貨1枚なんて安い給料の職場に来るやつは中々居ないだろうな。
でもさ、金もないコネも無いパンツも無い、そんなナイナイフルチン男が働ける場所なんて……早々無いんだよね。
住む場所は保障してくれる募集だったしな。
冒険者になるにしても初期装備が必要だし……くそ……あのあほ歌姫が!
チップでそこそこ稼いでるのなら、大銀貨の数枚くらい入れとけっての!
思い出したらまたイライラしてきたわ。
「森林警備隊員なら森で狩りや採取で金は稼げますし、それとまだ結婚は考えて無いですねぇ……いざとなったら隊長の娘さんのシャーロットちゃんにお願いしようかな? なんちゃってあはは」
俺がそう軽口を叩いた瞬間の事だ。
オウガン隊長からものすごい殺気が漏れ出した。
「うちの娘に手を出したら森の養分にするぞ?」
怖い怖い怖い!
隊長は結婚が遅かったらしくて子供達を溺愛してるからな、さすがに冗談が過ぎたか?
「冗談ですから! だいいちシャーロットちゃんまだ7歳でしょ? 10歳以上離れている子に結婚とか無いですから!」
俺は両手を前に出して左右に振り振りしながら、さっきのは冗談だったと釈明していく。
「ほう? それは俺と嫁の歳の差婚を否定しているのか?」
「めんどくせぇ人だな隊長は! ……奥さんのパメラさんが7歳の時に手を出してたらぶっ飛ばしますけど、確か……パメラさんが16歳の時に結婚したんですよね? その時の隊長が……32歳? 自分の年齢の半分……あれ? やっぱ通報した方が……」
隊長と奥さんの歳の差を冷静に数えると結構あれだよな。
「まてレオン! 俺だって止めたんだよ! ……でもパメラが俺が良いって押しかけてくるから……いやまぁ俺もあいつの事は可愛いと思ってたからゴニョゴニョ……」
隊長の怒りは何処へやら、これ以上突っ込むと新婚生活時の惚気話が出てくるので話を切り替えねば……。
「そ、そういえば本隊から何か連絡が来てましたよね? あれなんだったんですか?」
安い給料の支払い明細以外が本隊から送られてくるなんて、珍しいと思ったんだよな。
「ん? ……あれか……まだ本決まりじゃないんだけどな……もしかしたら8月に王女様が避暑と視察を兼ねてここに来るかもしれん……」
へー王族がここに……え?
「へ? 有り得ないですよね、だってここは避暑地として整備とかされてませんよ? そもそも王族を迎える用の別荘とかも無いじゃないですか」
「レオン、お前は第5王女の話を聞いた事はあるか?」
隊長が真面目な表情で聞いて来た。
日も落ちて焚火に照らされている隊長の真面目な表情は、悔しいがイケメンだし、歳による渋みも加わっていてカッコイイ。
……隊長って女性陣に人気あるんだよなぁ……。
「えーと確か……ああ……そういう……なんで下働きの平民メイドに手を出しちゃうんですかね……」
「今の王は子沢山だからな……」
「節操無しのエロ王と言えばいいのに」
「一応俺達は王家直属の軍なんだからな? 外でそんな事言うなよレオン」
そう隊長が窘めてくるが。
判ってますってば、酒場とかでは『王様にお子様が多くて、うちの国は未来も安泰だね』ってちゃんと言っています。
第五王女の母親は城の雑役メイドで平民……といってもまぁそれなりの商家の娘とかだとは思うけど。
普通ならそんな雑役メイドと王様が会う事すら無いはずなんだけど……好色王なんて陰口を叩かれている王様は、お忍びで城の雑用連中が働く下層なんかにも行っちゃうらしい。
かなりの美人だったその平民メイドさんを、よその貴族の養子にして王様の側室に入れちゃったらしいよ?
でもその人はもう亡くなってるんだっけ?
……田舎なんで情報があんまり流れて来ないのよね……。
仕事は出来る王様らしいんだけどねぇ……俺が前に仕えていた伯爵様が押していた王子様の長男が今の王様に成るらしいんだけど。
……そうかぁ、この俺の知識の初まりはもう60年以上前になるのか……。
「仮にその話が本当に実現するとして、王女様が避暑として過ごす建物とかどうするんです?」
「……俺達の住む街の宿屋だそうだ……」
「いやそれは……嫌がらせにも程があるでしょう……てか……王都の貴族えげつねぇなぁ……まともな産業が農業だけな街に貴族向けの高級な宿屋なんて無いのに……」
「まだ本決まりでは無い、可能性の話として覚えておけ」
隊長はそれで話が終わりと言いたいのか、夕飯の準備をし始める。
フラグって知ってますか? 隊長。
嫌がらせをするなら、なるべく田舎で設備が整っていない場所を選ぶだろう。
……現地部隊が2人しか居なくて、産業も無い若者が街から出ていきまくる寂れた場所なんてまさに……。
てーか、ただの嫌がらせならまだいいんだけどなぁ……。
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