第17話 知られぬ英雄
side 受付嬢
カンカンカンカンッ。
街の警鐘が延々と鳴り響いているのが遠くから聞こえる……。
私の名前はミランダ、ここラテナダンジョンの側にある、ラテナの街の冒険者ギルドの受付嬢をしている。
まぁほとんどの冒険者やらは〈ゴブリンダンジョン〉とか〈初級者ダンジョン〉なんて呼んでるから、正式名称で覚えてる人の方が少ないだろう。
私はいつもの冒険者ギルドの制服の上から、皮鎧を着こみ皮の兜をかぶり。
そしてダンジョンの一番近くに設置してある砦……見張り台の大きい奴と言った方がいいかも、そこの壁の上の通路に居る。
受付嬢でもなんでも戦えそうな者は全て招集されている。
私はちょっとだけ……そう、ちょっとだけぽっちゃりなので、あまり動かなくていいこの場所に配置された事を喜ぶ。
今はダンジョンの氾濫中だ。
少しづつダンジョン内からゴブリンが漏れ出して来ている所で、普段なら魔物が外に出てくるなんて事は起こらない、だがしかし氾濫の時は別らしいのだ。
前にダンジョンの氾濫があったのは、私が生まれる前くらいの昔らしい。
ダンジョンから魔物が出て来ているという話が来た瞬間に、冒険者ギルドは非常事態を宣言し、領主様に向けて応援要請を走らせた。
今は可能な限り時間を稼ぐ為に、ダンジョン前の見張り台の左右に陣地を設置して、出てくるゴブリンを順番に倒している。
まだ出てくる魔物が少ないから楽なものなのだが……このまま終わってくれないだろうか?
そしてまた出てくるゴブリン集団、今度はそこそこ数が多くて30以上居る……そこに冒険者や街の有志を募って作った斬り込み部隊が突撃をかける。
って……あ……あれ?
私は目が良い方だ、というかそういった能力があるからこそ冒険者ギルドに入れたのだけれど。
私はその〈遠目〉を十全に使い、戦況を見極めて近くにいる指揮官な副ギルドマスターへと状況を報告していく……のだけれども……あああああ!
やっぱりだ、斬り込み部隊の先頭に薄緑の髪をポニーテールにしてなびかせている女性が居る。
彼女は槍を持ち突撃を仕掛け、ゴブリン集団を切り裂く様に倒している……いや……アゼリアさん何をやってるの!!
アゼリアさんというのは、下町の食事処に住み込みでウエイトレスをしている人で……私の知り合いのお姉さんだ。
その食事処に数年前から出される様になった、コロッケや唐揚げという食べ物が大好きになった私は、何度も通い詰めているのだけれど……。
アゼリアさんは私のぽっちゃりとした姿を、可愛いといって頭を撫でて来たりする……。
私を可愛いなんて言うのは、アゼリアさんと両親くらいしか居ない……アゼリアさんが男性だったらなぁ……。
吟遊詩人としても仕事をしているアゼリアさんの歌は、何度聞いても斬新で素晴らしい。
なんでこんな場末の、と言ったら失礼かもだが、どうして貧乏な下町で働いているのかを聞いた事がある。
そうしたら、なんでも守りたい人が居るから近くに住んでいると言っていた。
それが誰かは教えてくれなかったのだけれど……。
彼女は敬虔な創造神信者でよく教会に通っていたから、その守りたい誰かの無事を神に祈っていたのかもしれない。
教会といえば今回のダンジョン氾濫には、あの聖女の生まれ変わりと名高いシスターレオーネ様も、応援として陣地の後詰に来ているのだとか、ありがたい事だ。
ああ! アゼリアさんがゴブリン集団の指揮官っぽいゴブリンリーダーを倒していた……。
無茶しないで下さいよ……そうしてまたゴブリンの湧きが鈍くなり、切り込み部隊は陣地へと帰ってきた。
私は指揮官に頼み込んでしばしの休憩時間を貰うと、急いで見張り台横に作られた簡易陣地へ駆け込む。
えっと……居た!
槍の手入れをしているアゼリアさんを発見する。
「アゼリアさん!」
私が大きな声で彼女の名を叫びながら近づいていくと、彼女は顔を上げて私を見つけ嬉しそうに笑う。
髪をポニーテールにして、目を完全に出したアゼリアさんはすごく綺麗だった。
美人な事を隠していたかったんだろうけど、これで回りにバレちゃったよね。
「やぁミランダ、君も駆り出されたのか、危ないから後方で昔教えたスリングを使って岩でも投げてなよ」
「私のいる見張り台前まで敵が来た時点で窮地だと思いますけどね……ってそんな事はどうでもいいの、なんでアゼリアさんが斬り込み隊に居るのよ! 貴方ウエイトレスじゃないの!」
アゼリアさんは手入れの終わった槍を近くに置き……ってよく見ると結構な業物な気がする……。
普段チップで稼いだお金を、何かに使う気配なんてほとんどなかったけど、武器マニアなのかしら。
「ミランダには言った事あるでしょ、この街には守りたい人が居るって……だから私は戦うの、今度こそ守ってみせる為に……」
アゼリアさんの表情は、何かの堅い決意を込めた様にも見える……。
「だからってウエイトレスの貴方が――」
「ミランダの嬢ちゃん、そいつは俺より遥かに強いオーガ娘だから安心しとけ」
私の言葉を遮ったのは、近くに歩み寄っていた中級冒険者さんだった。
受付嬢として何度も話した事のあるその人は、この街だと中級冒険者でトップクラスの実力になるのだけれど……。
ええ? アゼリアさんの方が強い? うそでしょ……。
「あら失礼だこと、こんな華奢な吟遊詩人捕まえてオーガだなんて」
そんな風に言いながら、バシンッと気軽に叩いているように見せて、すごい音を響かせて中級冒険者を引っぱたいたアゼリアさん。
中級冒険者さんは、叩かれて数歩ずれた体を元の位置に戻しつつ。
「何言ってんだよ……身体能力は鍛えた男並みで、しかもあんた……戦闘系能力を複数もってるだろ……」
最後の方のセリフは、小さな声で言う中級冒険者さん。
「ええ? 本当に?」
驚く私の声に、アゼリアさんは返答に困っている様だ。
そりゃ能力に関してはあんまり言わないのがマナーだけど……。
ふと周りが騒めきだした。
その騒めきに『聖女』という単語が混じっていて、私達に向けて一人の教会の修道女の服を着た青髪の年若いシスターが歩み寄る。
「こんにちわ、さきほどアゼリアという大きな声が聞こえたので様子を見にきました……貴方が?」
この街にいるこの年齢で青髪の修道女なんて一人しか居ない……聖女の生まれ変わりと言われるシスターレオーネ?
「ふむ、人に何か聞く時はまず名乗る物ですよお嬢さん」
アゼリアさんは、シスターレオーネに気付いた周りが恐縮している中で、そんな言葉を投げつけている。
ななな何言ってるんですかアゼリアさん! 超有名人ですよ! 失礼な事を言っちゃあまずいのでは!?
中級冒険者さんだって恐れ多いと数歩離れたのに……。
「あ、それは申し訳ありません、私はレオーネと申します」
「はい、私はアゼリアと申します、よろしくね」
私の心配はよそに二人は普通に挨拶をしていた。
すごく心臓に悪い、アゼリアさんって昔からこういう所があるんだよね……怖いもの知らずというかなんというか……。
「やはりアゼリアという名前の方が居たのですか……実は私の母の名が同じでして、ちょっと気に成ったのでお会いしたいな、と」
「なるほど、聖女と名高きシスターレオーネの母君様と同じ名前とは、ありがたい話です」
「聖女はやめて下さい、そもそも昔居たというレオーネ様も正式に任命された聖女では無いのですから」
「聖女なんて二つ名はその行いによって民衆が付ける物なんですよ、本部教会が正式に任命? ははっ、正式な聖女ってのは権力と寄付金の額でなるんですかねぇ?」
ちょっとぉぉぉぉぉ!!!! アゼリアさんってば教会関係者に何言ってるんですか!! 場合によっては異端審問されちゃいますよ!?
しかしダラダラと心配の汗の流れ出て居る私をよそに。
「ふふ、今のは聞かなかった事にします、ではアゼリアさん頑張って下さいね、氾濫が収まったら、お話ししたいですね」
「ええシスターレオーネ、私の命を賭けてでも、この街は守ってみせますよ」
ふー……シスターレオーネは怒らなかった様だ……ってあれ?
アゼリアさんの宣言を聞いたシスターレオーネの表情が、怒りのそれに変わっていくんですけど……え? なんで?
「命なんて掛けないで下さい! 守る代わりに命を落とされたら……残された私達はどうしたら!」
「うわっと……ああそうよね……そうだった……申し訳ないシスターレオーネ、無事に帰ってきたら、私特製のクッキーをお茶菓子にオシャベリでもしましょう、これでどうですか?」
アゼリアさんが困った顔で謝っている……。
アゼリアさんの作るクッキー美味しいんだよね……砂糖やバターを大量に使うから高くつくって言ってたけど……。
じゅるり、オシャベリ会には私もお邪魔しようそうしよう。
シスターレオーネは大きく深呼吸をすると。
「……すいません昔を思い出してしまって……そうですね、クッキー楽しみにしています、では失礼しますアゼリアさん」
そう言って離れて行った。
――
オシャベリ会への参加予約をアゼリアさんとした私。
その時にアゼリアさんから手紙を預かった。
自分に何かあったら読んでって……それは遺言じゃないですか……私はこれを読む機会が訪れない事を神に祈る。
一昼夜が過ぎ、ゴブリンダンジョンから出てくる敵がどんどん増えていく。
幸いな事にノーマルゴブリンばかりで強い個体はほとんど居ない。
領主様に頼んだ援軍が、早ければもう来てもいい頃なのだけれど……。
私は無心で、近くに積んである岩をスリングにセットし、振り回して勢いをつけてから前方に向けて放つ。
狙いをつける必要すらない状況なのだ。
しかしこんな時だからこそ、自分の重めな体重のおかげで、振り回した岩に体が引っ張られずに済むので有難いと思った。
これが終わったら……そうだ、これが終わったら、またコロッケと唐揚げを食べにいくんだ!
アゼリアさんは食べすぎるとふと……ぽっちゃりになるから気を付けろと言うけども、体重があると岩を投げやすいのなら増やすべきだろう!
チラっと見た見張り台の左右の陣地は、激戦地に成っている。
そこを抜かれたら後詰の補給部隊になだれ込まれるし、そもそも町に被害が出るのだ……ゴブリンは雑魚の代名詞だが数が揃うといやらしい。
そして私は発見をしてしまう。
〈遠目〉により、今まさにダンジョンの入口から出てきた一際大きなゴブリンを……リーダー? ナイト? いやもしかしてゴブリンジェネラル!?
初級ダンジョンなんて呼ばれているこのダンジョンの最奥には、ゴブリンナイトが居るくらいが精々のはずなのに……どうして!?
上級冒険者がいれば、もしくは周りの雑魚さえどうにかすれば倒せるだろうその相手に、私達はどうしたら……。
これを伝えた指揮官も動揺をしてしまい、命令を下す事が出来ない。
恐らくあれを倒せば氾濫は終わるでしょう……。
けれどあれに対峙しろと命令を下す事は、この辺りを仕事場にしている冒険者達の実力だと、死ねと言っている様な物なんです……。
中級パーティがいくつか合同で周りの雑魚に邪魔をされなければ……そんな夢想をしつつも、私の体は岩をスリングで投げていく。
そんな中です、右翼の一部の冒険者の集団が意気を上げ、ゴブリンに突撃をしました。
彼らは攻め寄せてくるゴブリン集団に、穴を空ける様に突き進んで行きました……。
その冒険者の集団の中には、薄緑色のポニーテールをなびかせた女性槍使いが居るのが見えます……。
……アゼリアさん!
……。
……。
――
――
領主様の援軍の先発隊が、ゴブリン集団に攻撃を開始しています。
ファイヤーボールであろう爆発が、ゴブリンの集団にいくつも炸裂をして相手の士気を下げていく。
さすが領主様の兵ですが……もう少し早かったらと……悪くもない彼らを恨んでしまいそうな心を鎮めます。
すでに勢いの落ちていたゴブリン達は、その攻撃を切っ掛けにダンジョンへと逃げ帰っていきます。
援軍の領主軍が揃ったら、一度ダンジョンを総ざらいしてから、氾濫の終了を宣言する事になるでしょう……。
ゴブリンジェネラルは援軍が来る前に倒された様です。
突撃から無事帰ってきた冒険者によると、ゴブリンジェネラルに致命の一撃を与えたのは、薄緑の髪をポニーテールにした槍使いだったそうです。
……ですが、帰還した斬り込み部隊の中に、アゼリアさんはいませんでした……。
……。
……。
――
――
ラテナダンジョンの氾濫が終わって一か月がたちました。
街に被害の無かった私達ですが、冒険者の数は大幅に減ってしまい、少し暇になっています……。
暇になると思い出してしまうのは、知り合い……いえ友人とも姉とも言える一人の女性の事です。
アゼリアさんに渡されていた手紙は、自分の資産は全て教会付属の孤児院に寄付をするという物でした。
倒されたジェネラルの右目に刺さっていたあの高そうな槍や、彼女がギルドに預けていた資金を合わせると、それなりの額になるようで、教会関係者が恐縮していました。
私はアゼリアさんの代わりに寄付金を持っていったのですが、シスターレオーネは寂しそうにそれを受け取り、アゼリアさんの冥福を祈ってくれました。
シスターレオーネの側には領兵の先発隊の隊長さんが居まして、小麦色の髪をした美人さんはシスターレオーネのお姉さんだそうで、仲睦まじいといった感じでちょっと羨ましいですね……。
アゼリアさんも私のお姉さんみたいだったのを思い出して……ちょっと泣いちゃいました……。
アゼリアさん……貴方の守ったこの街は、今日も変わらず人々が暮らしています。
貴方の御蔭です、ありがとう……そして、さようなら……。
リザルト
〈財布〉×2〈水生成〉〈光生成〉〈精神耐性〉〈槍術〉〈格闘術〉〈演奏術〉
〈魔力+10〉〈体力+2〉〈腕力+4〉〈脚力+2〉〈器用+2〉〈精神+2〉
称号〈下町の聖女〉 効果 治癒魔法効果+1
称号〈酒場の歌姫〉 効果 歌唱+1
魔物討伐数が一定値を超えました、上級ガチャを期間限定解放。
分配神気が一定量を超えました、初期スキル〈記憶隔離〉を再生させます。
……。
……。
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