第16話 冒険者の最後
人の世の季節は止まる事無く移り行くが、それでも変わらぬのが人の世である。
ここは下町の酒場を兼ねた食事処、まだ夕方の混み合う少し前の時間だ。
半分ほどの席が埋まっているが、酒の入りが不十分なのか、まだまだお店の中は静かだ。
そんな中、店の中央の席に座る二人の中級冒険者が、男2人で雑談をしながらご飯を食べて居る。
冒険者という職業のせいか、その声は大きく周りにもよく聞こえる。
「そろそろ俺達も他の狩場に移るかね?」
「そうさなぁ……とは言っても、また新しい場所で一から情報収集ってのも面倒なんだよな」
「新しく実力のある新人もどんどん出てくるし、ここだと稼ぎが頭打ちなんだよな……まぁこのまま引退までのんびり金を貯めるってんなら、このままでもいいけどよ」
「悩み処だな……そういや実力派の新人っていやよ、レオンのパーティを最近見かけない気がするんだが」
「ああ、あの〈槍術〉を持ってるレオンか……自分以外女だけのハーレムパーティ作って、あいつ以外も全員が冒険者として役に立つ能力持ちとかふざけんなよな……」
「だよなぁ……回復に弓に斥候に盾と槍のパーティとか最高の組み合わせだろ、しかも全員その手の能力持ちとか……あーいうのがそのうち上級冒険者として名を上げていくんだろな」
「レオンがこの街に来てもう2年以上か? もうすぐゴブリンダンジョン制覇するって話だったか? にしても、もう一週間以上は見ない気が……あ……」
「……いやいやさすがに……なぁ……」
中央の2人の中級冒険者のでかい声を聞いていた周りの人間も気づく……もしかして、と。
冒険者は急に姿を見せなくなる事がある、それは大抵……。
そこに、お客さんからの注文が少なく暇そうにしていた、ボサボサの薄緑髪で目が隠れているウエイトレスが、店のお客に声を投げ掛けて火種を放り込んでくる。
「ああ、それなら話を聞いたわよ、どうもレオン君が大失敗をしたんだって……」
ボサ髪ウエイトレスの話を聞いた、食事処の中の人達はシーンと静まり返る。
中には飲んでいた酒を掲げ、哀悼の意を示している人も居る。
……。
静かになったお店の中で、中央テーブルの中級冒険者が口を開く。
「そっか……やっちまったかレオンは……」
「あいつは調子に乗り易いナンパ者だったしな……」
「次から次へと可愛い女の子に声を掛ける暇があったら訓練でもしとけよな……あほうが……」
「……それでウエイトレスさん……誰が生き残ったんだ?」
食事処の中がお葬式の様に静かになってしまっている中で、そう聞かれたボサ髪ウエイトレスが、首を捻りながら答える。
「生き残り? 全員生きてるよ?」
それを聞いた中央テーブルの中級冒険者が、ボサ髪ウエイトレスに問いかける。
「いやまてよ、大失敗したんだろ? それにもう一週間以上見かけないって……あああ! ケガで済んだのか! ……なんだよ」
「そういう事か! びっくりさせないでくれよ、次この店に来たらレオンの事を皆で馬鹿にしてやろうぜ!」
食事処の中は、また少しザワザワとした喧噪が戻って来ている。
そこにボサ髪ウエイトレスが、さらなる爆弾を放り投げる。
「ええと……レオン君が避妊薬飲み忘れる大失敗をして子供が出来たからって、生まれ故郷に嫁を連れて帰ったから、もう会えないわよ?」
ボサ髪ウエイトレスの発言で、またしても食事処の中が静まり返る。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
動きを止める冒険者達……いや料理を運ぶ途中のウエイトレスまで止まっている。
それは早くお客さんに運んであげて?
……。
そして時はまた動き出す。
「「「「「「「「はあ?」」」」」」」」
……。
「ふっざけんなアホレオン! なんだよそりゃ! 心配させたと思ったら何? 子供が出来ただと? くっそー!」
「生まれ故郷って事は、あの幼馴染の子のうちどちらかって事か!?」
「ざっけんなくそー! あんな可愛い子を嫁にするとか羨ましい!」
「いやまて……それなら残りの子がフリーに?」
「ふぉ! ミミちゃんかケイトちゃんのどちらかが俺の嫁になるチャンスが!?」
「斥候のサラちゃんや盾使いのニーナちゃんもワンチャン!?」
「まじか! それなら――」
……。
ワイワイガヤガヤと、男子共の悲嘆の声と喜びの声も混じり合い、食事処は騒がしい。
しかして、またボサ髪ウエイトレスから爆弾が放り込まれる。
彼女はその周りの反応を少し楽しんでいる節がある。
「残念、レオン君はミミちゃんとサラちゃんを腹ませちゃったので、6人で故郷に帰って親に頭を下げつつ、村の外側を開拓して自分の畑を手に入れるんだってさ、ダンジョンで結構稼いでいたしやっていけるでしょう、お目出度い話だよね」
チーーンッ。
食事処内の男冒険者達は、全員テーブルに突っ伏してノックアウトしてしまっている。
通りかかったウエイトレスさんが、その頬をツンツンしても反応がない。
それらのさまを、クスクスと笑いながら見ている薄緑のボサ髪目隠れウエイトレスだった……意図的にやっているのだろうか?
そしてしばらくして。
中央のテーブルに突っ伏していた中級冒険者が、のそっと上半身を起こし、近くのウエイトレスに銀貨を何枚か渡しながら。
「くそレオンという……新たな五体無事に引退していく冒険者に乾杯を捧げるぞ! 一杯奢ってやるから皆で飲め! ああ、ほんとクソがぁぁ!! レオンと仲間達に引退後の幸あれ! 乾杯!」
クソクソ言いながらも周りに奢ってあげて、しかも引退冒険者への新たな旅を祝福する中級冒険者さんだった。
ウエイトレスは皆で中級冒険者が頼んだ奢りの酒を運び始める。
その中でボサ髪ウエイトレスから奢りの酒を受け取った中年の男冒険者が、彼女に話し掛ける。
「なぁ、もうあんたでいいからさ、俺の嫁にならん?」
そのものすごい失礼な物言いに、ウエイトレス一同や女性冒険者から非難の目を寄せられた事に男は気づいていない。
ボサ髪ウエイトレスは呆れた表情で。
「貴方ねぇ……名前も知らない相手に告白とかふざけすぎでしょうに」
そう言って離れていくボサ髪ウエイトレス。
その後ろ姿に中年の男冒険者は声を掛ける。
「あんたの名前は?」
「さて? 失礼な男に教える名は無いよ」
ボサ髪ウエイトレスは、そう言って仕事に戻って行く。
完璧に振られた男は落ち込み、周りの女性達はウンウンと頷きながら、音が鳴らない様に拍手をしている。
ワイワイガヤガヤ、奢りの酒で乾杯をした酒場では、いつもの様な喧噪を見せる。
そして一人の男冒険者が何かに気付く。
「あれ? ……故郷に6人で帰るっておかしくね? レオンのパーティメンバーって確か……」
男の発言に何かを気付いた周りの冒険者が、続きを一人一人順番に言う。
「ピンク髪がキュートで優しくて、可愛いミミちゃんだ」
「金髪でちょっと気が強いけど世話好きな、可愛いケイトちゃんだ」
「赤髪でクールなのに好きな男の前ではデレを見せる、可愛いサラちゃんだ」
「青髪で無口だけど、好きな男の前だと顔を真っ赤にさせる、可愛いニーナちゃんだ」
「5人だよな?」「5人だな」「5人しかいねぇ」「5人のはずだ」「5人の間違いであってくれ」
一息に全てを言う冒険者が居なく、順番にちょっとづつ言っているのは、彼らもその不吉な数字に恐怖を覚えていたのもあるからだろう……。
もしくは、それぞれの推しだけ言ったのかもしれない。
そしてまた静かになった食事処の店内、冒険者やウエイトレス達全ての視線が、一人の薄緑ボサ髪目隠れウエイトレスに注がれる。
彼女は本当に、ほんとー-ー--に楽しそうな笑顔を口元に浮かべる。
それは、やっと気づいてくれたか、という嬉しさを秘めている様に感じられた。
そしてゆっくりと口を開いていくボサ髪ウエイトレス。
男冒険者の中にはそれを聞きたくなくて耳を両手で塞ぎ……でもやっぱり耳と手の間が少し空いている、なんて冒険者も居る。
「銀髪でアネゴ肌で誰にでも優しく、そして時には真剣に冒険者を思って注意もしてくれる、そんな超絶美人な冒険者ギルドの人気者受付嬢のドロシーさんは……『レオン君は私が支えてあげないと駄目だから』と言って一緒についていきました! 彼女の寿な辞職には皆でお祝いしてあげましょう、『ギルドに咲く一輪の華』なんて呼ばれていたドロシーさんの、お嫁さんな未来に幸あらん事を!」
そうやって本当に楽しそうな笑顔で、祝福の拍手をするボサ髪ウエイトレスだった。
「「「「「「「「「「ギャァァァー----!!!!!!!」」」」」」」」」」
阿鼻叫喚の食事処、その日の売り上げは、やけ酒とやけ食いのお陰か、かなりの物だったとかなんとか。
売り上げが上がって、店主もニッコリ。
注文のたびにチップが貰えて、ウエイトレスもニッコリ。
強力な恋のライバルが何人も減って、女性冒険者達もニッコリ。
その日の食事処は男冒険者を除き、笑顔の溢れる素敵な場所に成ったという……。
いや……、一部女性冒険者が『ドロシーお姉様』と呟き嘆いていたのは除く……。
そうして泣き叫ぶ冒険者の間を抜けて、背の高い中級冒険者がボサ髪ウエイトレスに銀貨を渡す。
「あいつらに元気が出る歌でも頼む」
「了解、一曲目は失恋ソングから、その次は新たな出会いの歌にでもしようかしらね」
楽し気に歌の順番を考えるボサ髪ウエイトレスに、中級冒険者は思い出した様に語り掛ける。
「そういや俺も結構長い事ここに通い詰めているけど、アンタの名前を知らないんだが……聞いていいか?」
ボサ髪ウエイトレスは周りを見回し、誰もこちらに注目をしていない事を確認すると、背の高い中級冒険者に頭を下げる様にと手を振る。
それに釣られて中腰になり、耳をボサ髪ウエイトレスに向ける中級冒険者。
ボサ髪ウエイトレスは、その耳に手を当てて小さな声で。
「私の……」
その声は小さく、中級冒険者は集中して聞こうと目を瞑る。
酒場の嘆きや喧噪はどんどん大きくなり、注文の声も引きも取らず上がり続ける。
今日も酒場を兼ねたこの食事処は盛況の様だ。
そんな中……。
……。
「名前はね……」
……。
……。
「アゼリアよ」
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