冒険者の歌

第15話 初級冒険者はかくあるべき

「もう……レオンのせいで疲れたわよ……」


 そこは冒険者ギルドの一階だ。


 受付へと並んでいる冒険者達の列に居る、3人の若者のうちの一人がそう呟いた。


 その見た目は白いローブに杖を持ち軽量の皮鎧を着ている、ピンク髪の可愛らしい女の子だった。


「いつまでも同じ事でグチグチとうっさいなミミは、ケイトを見習えよ」


 ピンク髪の女の子に文句に言い返しているのは、ボロい皮鎧を着こみ右手にショートスピアを持った、茶髪の男の子だ。


「疲れて文句も言いたくないだけよ、バカレオン」


 その2人の言い合いに声を投げかけたのは最後の一人で。

 動きやすそうな服に皮で出来た小手を装備し、背中に弓を背負い腰に矢筒を装備した弓使いで、金髪な可愛らしい女の子だ。


 小さな声で文句を言い合う3人だが、傍目からはイチャイチャしている様にも見えてしまう。

 周りに居る性別が統一された冒険者パーティからは、舌打ちが漏れるのも当然だ。


 ようやく順番の回ってきた受付でレオンが一枚の紙を出しながら。


「畑を荒らす魔物の駆除依頼終了しました、サイン貰ってきたんで確認お願いします! 今日も美人ですねドロシーさん!」


 元気よく報告をしていて、それは笑顔満開で快活な少年らしさを秘めたものだった。


 レオンの後ろの少女達の目が吊り上がっているのに気付いている受付嬢は、苦笑いをしながら仕事を進める。


「ご苦労様です、えーと……はいサインはありますね、ではこちらが報酬となります」


「あざーす、そうだ俺達これから打ち上げなんですけど、ドロシーさんも仕事終わったらご一緒しませんか? おごりますよ」


 受付嬢はまたチラっと後ろの少女達を見ると、ピンク髪の少女がレオンの頭を殴ろうと杖を振りかぶり、弓使いの少女がそれを必死に押さえつけている所だった。

 レオン少年は自分の後ろの状況に気付いていない様だ。


 受付嬢は苦笑いしながらも。


「まだ冒険者成りたての新人が人に奢る余裕は無いでしょ、まずは自分達の装備に使いなさいね、受付嬢をナンパするなら最低でもCランクくらいじゃないと、では次の方どうぞー」


 受付嬢に軽く受け流されたレオン少年は、悔しそうに場所を譲りギルドを出て行くのであった。

 その両脇にピンク髪と金髪の少女が付き、少年の腕を取ってきているのに反応すらしていない、年上好きか?


 それを周りで見ていた男の冒険者達は嫉妬の炎を燃やしている。


 きっとこの後の冒険者ギルドでは、魔物に憤りをぶつける冒険者で一杯になる事で、魔石の買取も多くなるのだろう。



 ――



 ――



 場所は移って下町の酒場を兼ねた食事処だ。


 この街は初級ダンジョンが近くにある事もあり、初級から中級までの冒険者が多く、例に及ばずこの食事処も冒険者で一杯だ。


 一つのテーブルを占拠している三人の少年少女達、テーブルに乗る食事は一番安いパンにシチューのセットで酒すらない。


「はぁ……せっかく冒険者に成ったのに酒も飲めないなんてなぁ……」


 レオン少年はスプーンで具の少ないシチューをつつきながらぼやく。


「レオンは夢を見すぎなのよ、聖女様も言っているでしょ、慌てる冒険者は貰いが少ないって、初心者時代にいかに真面目にやるかでその後の展望がまったく変わって来るとも、ああ……初代シスターレオーネにお会いしてみたかったなぁ……」


「ミミは領主様が各村に配ってくれた、レオーネ童話集が大好きだったもんねぇ……ていうか初代?」


「そうなのよケイト! なんと今この街の教会にはレオーネという同じ名前の見習い修道女が居るんですって! 私や聖女様と一緒の〈回復魔法微〉持ちなんだけども……聖女の生まれ変わりではとか言われているのよ……会ってみたいわね!」


「たしか聖女が無くなったのは20年以上前よね、その見習いさんはいくつなの?」


「11歳だかそこらだったかな? 〈回復魔法微〉しか能力が無いらしいのだけど……なんと10回近く使えるんだって! でもその話を聞きつけた外の貴族が養子にしようとしたとかで、それを避ける為に御領主様に勧められた教会に入ったとかなんとか」


「ふーん3歳年下かぁ……ミミは2回しか使えないのにすごいね」


「うぐ……平民の魔法なんてそんなもののはずなのよ……だからこそ二代目レオーネ様がすごいんだから」


「そんなに憧れるならミミも教会に入っちゃえばいいのに、〈回復魔法微〉があればいけるでしょ?」


「そこはほら……修道女になるとレオンと一緒に居られなくなるし……」


「まあそうよね……そういえば生まれ変わりといえば聖女様の童話にさぁ――」


「あー〈角ウサギの狩人〉の話? あれは短絡的な行動を戒める物であって――」


 ……。


 ……。


 レオン少年は少女達の会話にまったく興味が湧かないので、堅いパンを齧りながら食事処の中を眺めている。


 冒険者で一杯のガヤガヤとした食事処、忙しく給仕をするウエイトレスの一人に、中級冒険者らしき人が硬貨を投げるのが見える。


 その硬貨をパシッと受け取ったウエイトレスは、一旦厨房のある奥へと入っていき、大きな荷物を抱えて戻ってくる。


「おい2人共何か始まるぞ」


 レオン少年は、未だに童話の話で盛り上がっていた少女達に声を掛ける。


 レオン少年の声を聞いた少女二人は、彼が見つめる先を確認すると。


「ウエイトレスさん? 何あの大きい……鈍器?」


「真ん中に穴が開いてハープの弦の様な物が張られているわよミミ、たぶん弦楽器だと思うけど……」


 ケイトの発言を聞いて、ミミはじっくりとウエイトレスの持つ物を確認していく。


「……ああ! もしかしてあれが聖女様が開発したとか言われているウクレレ……いえ大きいからギタンとかいう奴かも!」


「あー確か、ギタンじゃなくギターじゃなかったかしら? 童話集の中には歌う物とかも多かったわよね、聖女様は歌がお好きだったのかしら?」


「チッチッチ、ケイトさん、それは違うのよ、聖女様いわく『まず興味を持って貰わないと教育は始まらない』と言っていたらしくて、子供らに興味を抱かせるべく色々頑張ったそうなんだって……まぁ……聖女様の演奏とか歌はあんまり上手くなかったらしいけど……でも歌詞とか曲作りは斬新で素晴らしかったって噂を聞いたわ」


 そこで初めてレオン少年が声を挟んでくる。


「つまりあのウエイトレスは吟遊詩人も兼ねてるって事だろ? ……吟遊詩人ならもっと美人じゃないとな……この状況でシチューのお代わり頼んだらまずいよなぁ……ちぇ……」


 レオン少年は音楽やウエイトレスに興味無さげに食事に戻った。


 それを聞いた2人の少女だが、周りに……レオン少年に聞こえない様にものすごく小さな声で囁き合う。


「ねぇケイト……あのウエイトレスさん、ちゃんとしたらすっごい美人だよね?」


「そうねミミ、髪をボサボサにして目を隠す感じにして化粧もせず、洋服もわざと太っている様に見せているけど……あれは結構な美人だね、たぶん自己防衛であんな恰好をしてるんだと思う」


「だよねー……レオンには教えないでおきましょう」


「賛成」


 そして始まる演奏、基本的にバラードでされるそれらは。

 時に冒険者の成功を歌い、時に冒険者の失敗を歌う、そして恋愛の素晴らしさを歌い、結婚後の尻に敷かれる様をコミカルに歌い上げる。


 その演奏は素晴らしく、歌はそこそこだが何より歌詞が良い。


 そして時にはレオーネの童話集に入っている物を歌い上げる吟遊詩人なウエイトレスにミミとケイトは聞き入り、レオンは冒険者の成功の歌の時だけ興奮していた。


 ひとしきり歌い終えたウエイトレスは、座っていた椅子にお皿を残して楽器を奥の部屋に仕舞いに行った。


 中級と見られる冒険者が、数枚の硬貨をウエイトレスが座っていた椅子の上の皿に投げ入れているのが見える。

 他は……貧乏初級冒険者達にチップを期待するのは無理だろう。


 戻ってきたウエイトレス、その硬貨を確認すると皿を回収してまた厨房に戻り。

 しばらくすると他のウエイトレスも動員して、全テーブルに料理を配り出した。


 それは少年少女のテーブルにも運ばられる。


 配りに来たのは演奏をしていたウエイトレスだった。


 そしてテーブルに置かれる大きな焼き肉串が3本乗ったお皿である。


 3人はそれを見て喉をゴクリと鳴らしつつも。


「あ、あの俺達は頼んで無いんですけど……」

「私達お金ないしこんなの無理です……」

「何処かと間違えてるんじゃ……」


 ウエイトレスはボサボサ頭で化粧っ気は無く目も隠れてよく見えないが、その素朴に見える口元に笑顔を浮かべながら。


「あそこの中級冒険者さんの奢りよ」


 そう言って、さきほどウエイトレスの残した皿に銀貨を投げ入れていた冒険者を指し示す。

 彼は周りの初級冒険者達に感謝の言葉を貰い、恥ずかしそうに頭をかいている。


「まぢか! ありがたく頂きます!」


 レオン少年は肉串の一本を取ると、豪快にかぶりつき始める。


「あ、こらレオンったら……これウエイトレスさんの稼ぎじゃぁ……」


 ミミは恐縮しつつ、その薄緑色の髪をボサボサにしたウエイトレスさんに聞いている。


「私の分は最初に貰っているから大丈夫よ、終わった後のチップは皆に奢る用なの、あなた達みたいな初級冒険者は体を作る為にお肉を食べないとね! 筋肉は裏切らないわよ?」


 ウエイトレスは笑顔で2人の少女にも食べる様にと、皿の上の肉串を掴んで渡してくる。


 ミミとケイトは嬉しそうにウエイトレスから肉串を受け取ると。


「それ聖女様が言った奴ですね! 私も頑張って筋肉をつけます、ありがとうございます頂きます!」


「筋肉は盗まれないとも言ってたんだっけ? 頂きます、お姉さん」


 ウエイトレスはその2人の少女の笑顔に頷きつつも……少し困った表情を浮かべて仕事に戻って行った。


 その時にウエイトレスのお尻を触ろうとした酔っ払い冒険者は、スルリと避けられたあげく、持っていたお盆で頭を引っぱたかれていた。



 酒場では良くある風景だ。











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