第13話 嵐と難破船

「「「「「「「「「「カンパーイ!!!!」」」」」」」」」」


 村人達の大きな声が上がる、今日は8月の収穫祭だ。


 ここ最近の小麦の豊作や酒事業のおかげか、村人達には余裕があり皆が笑顔である。


 俺とアゼリアはその楽しい宴を、外れの方の席で眺めながら雑穀酒を飲んでいる。


 そこに一人の中年……前の村長の息子で現村長が近寄ってきた。

 俺らより一回り上の歳らしいから40歳以上かね?


「お二人さん今回も献酒ありがとうな」


 そうやって陽気に話し掛けて来て俺達のテーブルに着いた。


 今は収穫祭の第二部で大人の時間なので、子ども達は全て村長宅で雑魚寝になっていて、年寄りが何人かで子守りをしているはず。


「こんちは村長」

「お疲れ様です村長」


 アゼリアがちょっと堅い声で挨拶をしている。


 昔は×××兄さん呼びとかしてたんだが……。


「それで考えてくれたか二人共」


 ああ、またあの話か……あれのせいでアゼリアの機嫌が悪くなるから辞めて欲しいんだけどなぁ……。


「その件は断ったでしょう村長、最初から俺の能力頼みだから規模を小さくしようって前の村長との決め事もある話なんだし、このままで良いじゃないですか」


 俺が村長にそう返答をすると、アゼリアはホッっとした表情を見せつつも黙り込んでしまった。


「だがなぁレオンよ、この裕福な現状があるのはお前さんの能力のおかげだって皆知ってはいるんだが、じゃぁそれが無くなったら? また昔の貧乏に逆戻りか?」


「小麦だって収穫は上がってるし元には戻りませんよ」


「人は一度知ってしまった果実の味は忘れないんだよレオン、なぁ頼むよ別に結婚しろとまでは言わないんだ、子供さえ作ってくれれば、な? ほら、未亡人になった村民は受け入れてくれるって言ってるんだし、どうだろうか?」


 しつけぇなこいつは……。


 まぁ何の話かと言うとだ、俺の〈醸造〉能力を継承させる為に嫁を複数持てというのだ。

 別にこの世界では重婚は珍しくないし、何処ぞの部族では姉妹は同じ夫に嫁ぐべしなんていう習慣もあるって聞いた事もある。


 でも俺はアゼリアで満足しているから、二人目の嫁とかいらねーんだよな。

 それを毎回毎回見合いだのなんだの話を持ってくるから、そろそろ殴ってもいいんじゃないかと思って居る。


 そして最近では、結婚しなくていいから種付けだけしてくれとか……俺を種馬か何かと思って居るみたいだ。


 問題なのはだ……村人がこの村長の考えに賛成の奴が多いのがあれなんだよな。


 アゼリアの友達なんかは反対してくれているんだが、酒事業が無くなる事を恐れてしまっている奴が少なからずいるみたいなんだ。

 前の村長はそんな話が出ない様に上手くやってくれたんだがな……新しい村長であるこいつは……小金が好きな凡人って奴だ。


「あのなぁ村長――」


 俺が村長に文句を言おうとした時に、宴の空気が代わりちょっとした悲鳴が聞こえてきた。


 俺達がそっちを見ると、武装をした見かけない男達が4人程と、それらに囲まれた豪華な服を着た男が、宴の会場に近づいてきた所だった。


 俺は周囲を見回す……チッ、村中に気配を感じる。


 村長が、その男達の先頭に居る人間を見て駆けよっていく。


「アズラットさん! どうしてここに? 例の話は俺がどうにかする――」


 ザクッ、村長の腹に護衛と思しき者の槍が突き刺さる。


 豪華な服を着た奴が、腹を槍で刺され倒れ込んだ村長の顔を蹴りながら。


「自分から話を持ってきて一年以上待たせるなんてこの無能が、おい、この中でレオ――」


 俺はそいつの隣に居る護衛に向けてを投げつけた。


 何年もの過酷な農作業や狩猟、そして恐らく外れガチャによる身体強化で俺の力は人より強くなっている。


 自身の中の〈戦術〉に意識を向けつつ、これから戦場に降り立つのだと自分の中のスイッチを入れる。

 これは俺が準騎士として訓練をしていた頃の教えだ。

 人を殺める時は自身の中にもう一人の自分を作れ、とね。


 護衛対象の話が終わる前にテーブルが飛んで来た事で、驚き戸惑っている護衛達。


 俺はテーブルが当たって倒れている護衛の持っていた槍を拾い、残りの2人の護衛の首を刺し貫いていく、そうして。


「いきなり何をする! 私を誰だと――」


 ザクッ、豪華な服を着た男の両足両手を刺して放置。


「ギャアッァア」


 そして倒れている護衛のトドメをきっちりと刺しに行った。

 豪華な服の男の叫声は無視する。


 ……。


 武装をした護衛と思われる者達の武器を全て拾い、アゼリアに持って貰う。


「村長の家に行く、遅れるなよアゼリア」

「はいあなた」


 戸惑っている村民は全て無視をし、村長宅に向けて走る。

 村のそこかしこに見た事のない武装をした輩が居るのが判るが、とりあえず全部無視だ。


 村の中を駆け抜け、村長宅の扉に斧を振り下ろしている男に向けて、手で持っていた槍をおもいっきり投げる。


 槍は鎧すら着て居ない男の背中を貫通して胸まで飛び出ていた。

 アゼリアが渡してくる槍を、さらに他の武装した男に投げつける。

 腹に刺さって武器を取り落としたあれはもう無視していいな。

 そしてまたアゼリアから今度は剣を受け取り、村長宅の窓を探っていた男に斬りかかる。


「な! おまっ」


 ザシュッ、〈戦術〉は特化はしていないが、戦闘にかかわる全てに補正のかかる能力だ。

 そして俺には準騎士時代に習った様々な戦闘訓練に関する記憶がある。

 あの当時は理解できず上手くいかなかった事も、今なら判るしこなせる。


 戦闘系の能力を何も持っておらず、たいして筋肉を鍛えて居る様に見えない者が相手ならどうにでも……。


 ……。


 ……。


 2人、3人、チッこの剣はもうダメだな、俺は剣を放り投げアゼリアから次の剣を受け取る。


 アゼリアが剣を渡してくれつつ、俺が倒した奴の武器を拾ってくれている。

 さすが俺の愛しい嫁さんだ。


 そして村長宅の周りにいた男を全て倒した。


 ここが一番金のありそうな場所だと思ったんだろうな、さらに4人を斬った剣を捨てて、武器を交換しながら入口をノックをして呼びかける。


「中は無事か?」


 村の方々から悲鳴や怒号なんかが聞こえる中、村長宅の中から前村長の声が聞こえてくる。


「レオンか? なんとか扉や窓の前に荷物を運んで防いだ、これは盗賊の襲撃じゃろうか?」


 俺は前村長のその質問を無視して、要求を伝えていく事にした。

 何故なら、前村長とまともに会話をすると、お前の息子がと……憤りを叩きつけてしまう可能性があったからだ……。


「……アゼリアを中に入れてかくまってくれ、俺は村内の賊を退治して――」

「そういう訳にはいかんなぁ」


 俺が扉越しに前村長と話をしていたら、一人の鎧をきっちり着込んだ大男が現れていた。

 やべぇなこれ……〈戦術〉能力が俺に教えてくれる。


 あいつの身のこなしは……戦闘系能力持ちだ、と。


 俺はアゼリアを後ろに下げて剣を構えて相手に向ける。


 くそ、こんな鈍らじゃなくて、アゼリアの親父さんの剣が欲しい。


「ほうっ戦闘系能力持ちか……そんな情報は無かったんだがな、無能の村長ならそんなものか」


 くそっ! さっきの広場での話もそうだがこれで完全に確定した、この災厄を持ち込んだのはあの馬鹿村長だ!



「ふーむ、おい、村に散っている戦力を全て集めろ」


 鎧を着た奴は俺から一切目を離さずに、近くにいた男にそんな命令をする。


 くそ、冷静だなこいつは。


 すでに囲まれているし、警戒をしているのか前村長は扉を開けようとしない。


 まぁ開けられても場合によって守る対象が増えるだけとはいえ……落ち着け。

 今は目の前の敵をどうにかするべきだ。


 俺はもう一人の俺だ、ただ駆除をする、そうであらねば心が壊れる。


 心の中で準騎士の時の教えを繰り返す。


 そうして俺の周りには十数人の武装をしたおと……女もいる?


 いや……まて……これは?


 俺は焦っていたのか敵がよく見えてなかった様だ。


 囲んでいる敵の半分ほどは、奴隷紋が体に刻まれた奴隷だった……。

 チラっと周囲を見回してみると、俺が倒した敵の中にも奴隷がいたのに今気づく。


 自分の意思で襲っている訳じゃないのか、だが、彼ら彼女らの持つ武器の中には血に濡れている物もあった。


 奴隷を使う賊……いや傭兵? !!!


 俺は、少し離れた位置でこちらから目を離さない鎧を着た大男に、声を掛ける。


「奴隷使いの『鉄鎖傭兵団』……お前が団長のゴードンか?」

「ほう、俺らの名も上がったもんだなぁおい、こんな田舎にまで知れ渡っているぞ」


 ゴードンがそう周りに呼びかけると、奴隷では無い傭兵達が囃し立てる。


「団長がやりすぎるから有名なんでしょうに」

「今回の雇い主が広場でイモムシに成ってましたよ?」

「うへぇまじか? そのまま死んだらやばくねぇ? 貴族の後ろ盾が無くなると指名手配もありうるぜ団長?」


「ああん? なんだそりゃ……しょうがねぇな、じゃぁ皆殺しだ、語る口が無ければ俺達の事も漏れないだろ、じゃぁいけ『その男に突撃しろ』」


 ゴードンの声と共に奴隷兵士が俺に向かってくる。


 俺はそれを順番に斬っていく……中にはアリアと同じくらいの娘っ子も居る……。


 ザクッザクッっと小麦を狩るがごとくだ……俺の後ろにはアゼリアと子供がいるんだ、余計な思考は俺だけじゃなく家族も巻き込む……。


「ほう、すげぇな、よし後ろのあの女に矢を放て」

「なっ!」


 ゴードンの声と共に、奴隷じゃない奴らの何人もが、俺の後ろのアゼリアを狙って矢を撃ちこんでくる。

 俺はそれを剣で打ち払っていくが……。


 10本以上は打ち払っただろうか、弓による攻撃が止まり俺は敵のボスを……あいつは何処に?


「あなた!」


 アゼリアの声が後ろから聞こえて振りかえると。


 いつの間にか俺の後ろに回り込んでいたゴードンが降り下ろす剣の前に、アゼリアが飛び込んできた所だった。


 ザシュッ。


 アゼリアは背中を深く深く切り裂かれ、血がドクドクと流れ出している。


「アゼリア!」


 俺は咄嗟に剣を離してアゼリアを抱きかかえてしまった。


 それがどんなに愚かな事だと判っていても、彼女をそのまま地面に落とす事は出来なかったのだ。


「あな……た……」

 アゼリアは俺を見て何かを言おうと。


「つまんねぇな」


 その声と共に俺は背中から刺された、背中から腹に向けて刺さったそれが致命傷だという事は誰にでも判るだろう。


「……つまんねぇから俺は帰る、お前らは村を掃除してから戻ってこい、まだ祝福を得てないくらいのガキは奴隷にすっから持って帰ってこい、それ以外はちゃんと皆殺しにしろよ」


 そう言ってゴードンは俺から剣を抜くと、ドッシドッシと足音を響かせて歩き、ここから去って行く。


 俺の腕の中のアゼリアの目にはすでに力がなく、最後の言葉をちゃんと聞く事は出来なかった……。


 俺はそっと彼女の開いたままの目を閉じさせた。


「さーてじゃぁ掃除するかぁ……まぁ掃除する前に楽しむのはいいよな?」

「団長も早くやれとは言わなかったしな、ただ逃げ出されると困るからまずは――」

「んじゃ俺はこの一番でかい家からだな」

「ずっりぃなー、くそ、じゃぁ俺らは外側から――」

「あれこいつ生きてるっぽくね」


 俺の近くに来た傭兵が俺の事に気付く、そいつは俺に向けて剣を、向ける前にそいつに飛び掛かり剣を奪って切り捨てる。

 〈回復魔法微〉は魔力が有る限り使えるだけ使った。


 最初にアゼリアに一回使うも……反応は無かったので、それ以降は俺に全て……。


 チラっとアゼリアを見ると、その表情は苦し気だった。

 それを見た俺は心の中のスイッチを再度入れる。


 こいつらは駆除シナイトイケナイ。


 俺に一番近い傭兵に駆け寄り斬っていく、多少の戦闘の慣れを感じるがそれだけだ。

 能力持ちが優遇されるのは伊達じゃない、1人、2人、3人、4人……、……17人。


 俺が駆除を終えた頃には、俺の体は刺さった矢や切り傷から流れる血で見れたものではなかった。

 さすがに鎧無しはきつかったな……アゼリアも気になるが……確認しないといけない事がある。


 おれは広場に向かう。


……。


 そこは宴が無茶苦茶にされ何人もの村人が斬られていて、それにすがりつく者やわめく者、だがもう敵は居ない様だ。


 そして一匹のイモムシを見つける。


 それを広場の人気の無い方に引きずってから、足で体を押さえつける。


「きさま、私にこんな事をして……はやく傷を、ぎゃぁぁっぁぁ」


 アホな事を言うので傷口に剣を刺して捻ってやった。


「何故この村に来た、村長との関係は?」


 俺は周りに聞こえない様に、小さな声で問いただす。


「何故そんなこギャァァァ……この村に酒造の天才的な職人が居ると聞いたのだ、そいつを丸め込んで私の領地に連れてくるから、その時は酒造の利権の一部を寄越せとあのアホウは言ってきたのだ、勿論聞く気は無いが儲け話は頂こうと思ってな、ここの代官は気にいらんしメンツも潰せて一石二鳥だ……それを一年も待たせおって……これだから平民は」


 人の事を平民と呼ぶこいつだが、貴族にありがちな能力による戦闘力を感じない……。

 恐らく貴族の中での出来損ない扱いを受けているのではないかと思う。

 まぁ俺には関係ないけどな。


「ふん話を聞いたのだ、俺の傷の手当をせよ下民!」


 アホな事を言っているイモムシの首を切り落とし、俺はアゼリアの元に戻る。


 村長宅の扉は開いているのかフレデリックの声が聞こえる。

 俺はその声を頼りに近寄っていき……レオーネの声が聞こえないのは寝ているからだと思いたい。


 だが、もうそれを確認するのも……。


 どさっと、アゼリアの側に倒れ込むように辿り着いた俺にフレデリックが。


「お父さん! 母さんが! 母さんが!」


 たぶん泣いているんだろうなぁ……すまん、もう目がほとんど見えないんだ。


 俺は声の聞こえる方になんとか手を伸ばし、フレデリックの頭を撫でる。


 上手く頭に辿りついてくれてよかった、今生の幸運をこれで使い切った気がする。


「無事でよかったリック……かあさんを守れなかったとうさんをゆるしておくれ、これからはお前が家族をまも……ゲフッ」


 俺は口から血を吐く。


 まぁよく持ってくれたと思う。


 俺の〈回復魔法微〉は傷ついた内蔵を治す力なんて無いはずだし、表の傷をなんとか継ぎ合わせて少しだけ時間を稼ぐ程度のはずが、どうしてかここまで持たせてくれたのは……神の奇跡か何かかもな……。


「お父さん! お父さん!」


「リック、かぞくをたの……」



 ……。



 ――



 ――














 リザルト


 カルマの大幅な低下を確認、マイナス値により分配神気がありません


〈転生ガチャ〉用神気が不足。


 魔物の討伐数を確認。


 ……。


 ……。


 討伐数に応じて神気を分配します。


〈転生ガチャ〉用神気が不足。


 神気確保の為に消費する能力を選んで下さい。


 ……。


 ……。


 返答無し、ランダム選択をします。


 初期スキル〈転生ガチャ〉を選択……アラート発生。


 処理に矛盾が発生する為に〈転生ガチャ〉を除外。


 神気確保の為に消費する能力を選んで下さい。


 ……。


 ……。


 返答無し、ランダム選択をします。


〈財布〉を選択、神気に変換。


 ……。


 ……。


〈転生ガチャ〉用神気が不足。


 神気確保の為に消費する能力を選んで下さい。


 ……。


 ……。


 返答無し、ランダム選択をします。


 初期スキル〈記憶隔離〉を選択……アラート発生。


 初期スキル〈記憶隔離〉を神気に変換する場合、精神に重大な負担が発生します。


 変換を拒否しますか?


 ……。


 ……。


 返答無し、処理を続行します。


〈記憶隔離〉を神気に変換。


 ……。


 ……。


〈転生ガチャ〉用神気が不足。


 神気確保の為に消費する能力を選んで下さい。


 ……。


 ……。


 ――


 ――


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