第12話 黄金の海と船出
「本当に行くのか?」
俺は自分の愛娘であるアリアにそう問いかける。
「うん、ウラールの街の代官のレイモンド様は才能に投資をしてくれる素晴らしい方だわ、それはこの小麦畑を見ても判るでしょう? ……私は祝福で得たこの力を磨き、そして知識も深めて家族の役に立てるようになって帰って来るの!」
今俺達家族は村の外れ、街道へと通じている入口に来ている。
アリアが示した小麦畑はもうすぐ収穫時期で、日の光を反射して黄金色をしているように見える。
あの岩を焼いたとかいう新しい肥料を使うようになったり、効率の良い小麦の育て方の指導が代官から付近の村々へと入ると、その小麦の収穫高は鰻登りになっていった。
豊作になっても収穫高に応じた税なので、全部持っていかれる訳じゃ無い。
なので最近は農民でも小麦のパンを食べる事が出来るとなれば、村人達の代官への信頼度がすごい事になるのは当然だろう。
……俺の中の知識だと散々迷惑を掛けられたって感じなんだけど……あのレイモンドがねぇ……?
嫁の名前がエーリカらしいので、たぶんそっちの功績なんだろうなと思う。
まぁ前世の記憶は本を読む感じみたいなんで、感慨は湧かないけどね。
その小麦の収穫高を大幅に増やした功績で、代官ではなく永代騎士爵に任命されてここらの領主になるのでは? なんて話もあるらしいけど……どうなることやら。
もうすぐ13歳になるアリアは、祝福で〈火魔法〉〈戦術〉〈財布〉を手に入れた。
しかも俺が子供らに読み書き計算なんかを教え込んだ為に、レイモンド代官の推し進めていた、若者の才能を救い上げる政策に引っ掛かってしまったのだ……。
しかもアリアの魔法力がちょっとおかしい、ファイヤーボールを9回撃てるのだ……普通の平民が魔法なんかを覚えても1発か2発が精々なのにな。
貴族が魔力の高さや能力で結婚相手を選ぶのは、血によって魔力や能力が遺伝しやすいという事が、経験則でなんとなく判っているからなのだろう。
そして俺の嫁のアゼリアは〈悪意感知〉一つしか能力が無いが身体能力は高い。
昔考えたっぽい祝福ガチャの予想で、外れは目に見えない説を当てはめると、アゼリアの魔力は高い可能性がある。
親父さんも冒険者として、そこそこ良い感じだったらしいしな。
となると俺とアゼリアの平民にしては高い魔力を継いだアリアが、ガチャでさらに見えない魔力を強化したとしたら?
「気をつけるのよアリア」
アゼリアの心配そうな声で、俺は自身の思考を一旦止めてそちらを見る。
俺達の三番目の子である青髪のレオーネを抱いているアゼリアが、行商の荷馬車に乗り込むアリアにそう声を掛けている。
レオーネは良く判ってないままアリアにバイバイと手を振っていて……大好きな姉が年単位で帰ってこないと気づいたら大泣きするんだろうなぁ……。
「大丈夫よマ……お母さん、レイモンド様の作り上げた奨学制度はきっちりしてるらしいから、頑張ってお勉強してくるからね、リックも元気で、皆をよろしくね」
アリアは荷馬車の上から身を乗り出し、二番目の子であるフレデリックの空の色の様な青髪の頭を撫でている。
「ねーちゃんも気をつけてな! 都会で苛められたら俺に言えよ、そいつらぶっとばしに行くから!」
うんうん、家族を守る気概のある良い男に育ってきたなぁフレデリックは、まるで俺の様だ!
「あははその時はよろしくねリック、……じゃ行ってきますパ……お父さん、私は必ずこの黄金の海に帰ってくるからね!」
アリアは両手を広げ周囲の小麦畑を示しながらそう言った。
……。
そうして動き出して離れていく荷馬車の中から、アリアはいつまでもこちらに向けて手を振っている。
「都会の軽い男には気をつけるんだぞアリア!」
「怪我や病気に気をつけてねアリア~」
「たまには帰ってこいよねーちゃん!」
「おねーさまどこいくの?」
俺達も手を振ってアリアを見送る。
遠くに離れていくアリアのアゼリアに似たその小麦色の髪の毛は、周囲で波打って居る小麦畑と一緒だ……。
俺は自分の娘の門出……船出を祝福しつつ航海の安全を神に祈る。
……。
……。
「……さて、帰って収穫の準備でもするかぁ」
俺はことさらに元気よく家族にそう声を掛ける。
「そうねあなた、まずは収穫機材が壊れてないか確認しましょうか?」
そう言って笑顔で俺を見て来るアゼリア。
今年29歳になって、少し歳の事にナーバスになってはいるけども、未だにその美しさは陰らない。
なので俺は、ついアゼリアにキスをしてしまった、チュッ。
「あーママにチューした、パパわたしもー」
レオーネが嬉しそうにそう声を上げ、フレデリックはちょっと恥ずかしそうに眼を逸らして家に向かって駆けて行った。
「ちょ! ……どうしたの急に?」
腕の中でチューチュー言っているレオーネをなだめながら、アゼリアは聞いてくる。
「んー? うちの嫁は美人だなーって思ったらしたくなったんだよ」
俺はそう応えながら、レオーネをアゼリアから受け取り胸に抱きあげる。
レオーネはまだチューチュー言っているので、頬に軽くチュッっとしてやったら収まった。
しかしレオーネの髪も真っ青だね……俺の髪もこう見えるのだろうか?
ガラスを使った鏡がないから、ちゃんとは見れないんだよね。
そうして村の入口から家に向けて歩いていると、アゼリアが俺の肩を掴んで下に引っ張って来る。
内緒話かな? 俺は少し体を傾けて耳をアゼリアに向ける。
アゼリアは俺の耳に手を寄せて、レオーネに聞こえない様にと小さい声で。
「今日はまたお隣に子供達を預けましょ……私、4人目は男の子がいいな」
そう言って来たのであった。
勿論俺の返答は。
「賛成です! 色々頑張りますよ愛しい奥さん」
それ一択のみであった。
家の前では俺に似て来たと言われているフレデリックが待っている。
そういやあの子も、あと数年で祝福ガチャかぁ……アリアみたいにすごい事になるのかそれとも……。
俺としては〈醸造〉を継承してくれて醤油や味噌の生産を手伝って欲しいのよねぇ……。
酒の要望が多すぎて魔力が醤油研究に使えんのよ……うぐぐ、皆照り焼き好きなくせに天秤にかけると酒を選びやがる、くやしい!
……まぁ確かに俺も今の醤油や味噌の味に納得はいってないんだけど……その為にも研究したいんだが……はぁ……。
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