第11話 幸福の肥料
ザクッザクッっと畑に鍬を入れ、さきほど撒いた粉と土を混ぜる様にしてく。
雲一つない青い空、お日様はもうすぐてっぺんに至る、そんな日の作業である
ザックザック。
ザックザック。
「パーパーお水~」
俺が無心で作業をしていると畑の縁に居る俺の娘から声がかかる。
今年で5歳になる娘のアリアはアゼリアに似て金色に近い茶髪で肩に届かない程度の長さで髪を揃えており、それはもう可愛らしくて将来はとてつもない美人になる事間違い無しだ。
そんな可愛い愛娘が木のコップを持って俺に呼びかけている、応援に来てくれたのかな、さすがパパ大好きっ子だな!
俺が畑の縁まで歩いて娘に近づくとアリアは両手で持っていたコップをこちらに掲げて来る。
「ありがとうアリア、頂くね」
そう言ってコップを受け取り……飲み……おや? やけに軽い。
コップの中を見るとカラッポだ……ふむ……。
俺は〈水生成〉でコップに水を入れてアリアにコップを返してあげる……。
それを受け取ったアリアは、満面の笑みでコップの中の水をゴクゴクと飲んでいく。
「ゴクゴクッ、プハー、パパのお水美味しい!」
……そうか……うん……俺もアリアに美味しいお水を飲ませてあげられて嬉しいよ……。
まぁここらの井戸の水ってちょっと不味いしな、健康に悪影響は無いらしいけど。
「あ、ママだー」
そう言ってアリアはコップを持ったままアゼリアの方へ走って行った……。
アリアが大好きなはずのパパにコップを貸してくれないのだろうか?
……俺はそっと自分の手を器代わりにして〈水生成〉を使うのだった。
アリアと手を繋いだアゼリアが俺の方へとゆっくり歩いて来るって、ああ! アリアそんなにママの事を引っ張っちゃ駄目だよ!
「お疲れ様レオン、作業の進み具合はどう?」
ハラハラとしながら二人に慌てて近づいた俺に、そう聞いてくるアゼリアのお腹は大きかった。
俺とアゼリアが結婚をしてもう何年もたっている。
髪を伸ばしてうなじあたりで纏めているアゼリアは超絶美人さんに成っていて、そして俺も背が伸び、体格もがっちりとして素敵なイケメンパパに大変身している。
「作業は順調だよアゼリア、んでも村長が配ったこの粉はなんなの? いつもの肥料と違うみたいだけど」
今年は新しい代官様に指示されて、新しい肥料を畑の3割くらいで試す様に言われてるらしいと、村長が言っていたんだよね。
「なんでも何処かで掘り出した石? を焼いた物だとか……ごめん良く判んない、新しい代官様は税金を色々廃止したり下げてくれたし、小麦畑への税の掛け方も収穫量に応じた方式に変えるそうだし、前の代官様とはやる気が違う感じよねぇ……この子達の為にも良い方へ向かってくれるといいのだけど……」
アゼリアはアリアと繋いでいた手を離して頭を撫でてあげている、撫でられているアリアは鼻の穴を大きく広げてご機嫌な様子だが……その手に持っている木のコップが俺に差し出される事は無さそうだね……。
はぁ……少し前はパパーパパーって纏わりついてきたんだけどな……アゼリアのお腹が大きくなってからはアゼリアにべったりなんだよね……パパちょっと悲しい。
そういや昔は代官も結構変わる割りに、状況が悪くなる事はあっても良くなる事はほとんど無かったらしいな……俺は代官として着任してすぐ居なくなっちまったし。
「確か今度の代官は冒険者上がりなんだろ? あんまり期待出来ないかもなぁ……この謎の粉とかも周囲の商人とかに騙されてたりするかもだしよ」
「そうねぇ、うちの村はそれでもレオンのお陰で大分楽になったんだけどね……」
「ママー? お腹空いた」
アリアは俺達の真面目な話が詰まらなかったのか、アゼリアの服を引っ張っている……。
「はいはい、じゃレオンもご飯にするから、適当な所で切り上げて戻ってきてね」
そう言ってアリアの手を取り、家の方へとゆっくり歩いていくアゼリア。
あああ! アリア! そんなにママを引っ張っちゃいけませんっての!
俺がそんな部分をアリアに注意すると、アゼリアは笑いながら心配し過ぎよと言うけども、心配な物は心配なんだっての……。
まぁ今は、作業を切りの良い所までやっちゃおう、ザクザックっと。
単純な作業をしていると色々な事を考えてしまう。
アゼリアがさっき言った、うちの村は多少楽って話だが、その理由はひとえに酒にある。
〈醸造〉能力のある俺は、酒造りにほとんど失敗しないし出来上がりも超早い。
なのでそれを使えば儲かるのだが……俺の家だけ儲けるのはまずいと村長に相談したんだ。
その結果、村の皆でやるちょっとした共同事業の一つとする事になった。
と言っても俺の能力頼みだから大々的にはやらない。
それぞれの家庭で雑穀や果実を出し合い、それを俺が〈醸造〉で酒にして、いつも行商をしに来てくれる商人に売るという流れだ。
酒の代金は金ではなく物で受け取る事で、盗賊なんかに村が目をつけられにくい様にもしている。
金ならまだしも盗んだ物品を捌くとなると、足がつく可能性があるからね。
そんな訳で各家庭は出した材料の量に応じて物品が手に入る仕組だ。
主な物品としては、古着や農具や塩なんかだね。
なので今この村の住人は、以前の繕いだらけの服より少しましな恰好になって来ている。
そして気をつけているのは酒の味で、美味しく成り過ぎない様に注意して作っている。
水を多めにしたりして、味より量って感じにしてね。
あまりに美味しいと目を付けられかねないからねぇ……。
ま、村内に出回らせる酒は普通に美味しいけども、そりゃ皆だってただ酔えるだけの普通の酒より美味しい方がいいよな。
ああそうだ、次に生まれる子の名前も考えないとな、アリアはアゼリアから取っているんだが。
この辺りでは親の名前をもじったり、亡くなっている祖先の名前を子供につけるのが普通らしいのだが……うーむ。
もし次の子供が男の子だった場合は、『レオ』とかが普通なら有力候補なんだが……。
それだと俺とアゼリアが、二人っきりでチュッチュする時に呼ばれている『レオレオ』と被ってしまうというかなんというか……。
そういう時に、子供の名前を連呼しているみたいになったら俺が嫌だというか……。
やっぱりアゼリアのお父さんである、おっちゃんの名前かなぁ……『フレデリック』そのままでもいいし『リック』とかも有りかねぇ……。
とまぁ色々考えつつも、畑を耕す作業をしている俺、ザックザック。
「パーパーおーそー-い!」
おっとアリアのちょっとオコな感じの呼びかけが来てしまった、すぐ家に戻ろう。
俺は農具を纏めると畑の縁に置き、アリアに向けて駆けだした。
そうして、両手を前で組んで私怒ってますのポーズをしているアリアに近づく。
こうして見るとアゼリアが怒った時にそっくりだな……。
「ごめんごめんアリア、じゃ行こうか」
「むーパパおそいよー、ん!」
そう言ってアリアは、俺に向かって両手を少し開いて抱っこをしろのポーズをしてくる。
うん、うちのアリアは本当に可愛いなぁ。
そのまま前からアリアを抱き上げて片手に腰掛けさせる。
アリアが俺の首に抱き着いて姿勢を固定させたのを確認すると、そこそこの速足で家に向かう。
なんかこの体は体力もそうなんだけども、力も強くなっている感じなんだよな。
「キャァーはやいはやーい! パパもっとはやく!」
嬉しそうに叫ぶアリアに釣られて、俺は速足から駆け足になって家に向かうのである。
そんな平和で、なんでも無い幸せな日常がそこにはあった。
まぁアリアを抱いたまま駆け足していたのを見ていたアゼリアに、後でしこたま怒られはしたんだけどもね。
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