第10話 収穫祭と長い夜

 アゼリアの居るトトカ村の小麦は6月~7月収穫が主だ、他の村では9月収穫になっていたりと少しづつずらされて居たりするらしい。


 そんなな訳で収穫した小麦を領主に納めてから、8月の末頃に収穫祭が行われるんだって。


 なんとなく収穫祭って聞くと日本人は秋ごろをイメージしちゃうんだけどね。


 村長に結婚をする事を伝えた俺達は、8月の末頃にある収穫祭で村人に結婚を周知する事で、俺はやっとこの村の一員になれるという訳だ。


 まだ一月以上あるのだよな……勿論小麦の収穫が終わっても仕事は一杯あって。

 夏野菜の世話やら小麦畑の肥料作りや土の整備、そして……酒作り……それは仕事なのか?

 とも思うが、ある程度暇な時に作るのが一般的なんだとさ。


 話を聞くと酵母の実ともいうべき物が存在していて、穀物やら果物やらを潰して水を入れて、その酵母の実を入れると酒が出来ちゃうらしい。


 まぁ失敗して腐ったりもするので、必ず出来る訳ではないと村長は言っていたけどな。


 それでも俺には〈醸造〉能力があるので失敗の可能性は低いはずだと……試しに森で取れる果物で作ってみたんだ。

 そうしたら、3日で酒が出来るとか意味判らんけども、完成しました。


 ちょろっと味見したけど、意外と美味しかったので村長の所にプレゼントしといた。

 〈醸造〉能力を使うと美味しく出来るとかあるのかもね、そんで本命の作業はというと……醤油と味噌だ。


 醤油や味噌を〈醸造〉能力で作れるかの実験の為に、塩や豆類や壺やら何やらが沢山必要になったんだけども。

 塩は行商人から買わないといけないから、お金がかかるんだよねぇ……。


 そんでアゼリアが負担してくれるって言いだしたのよ、夫婦になったのだからお財布も一緒だって言ってくれたんだ。


 丁度行商人が来ていた時だから取り敢えず塩を買って貰ったけど、さすがにそのままという訳にもいかず、どうにか金策をする事にした。


 俺の能力である〈戦術〉はあらゆる戦闘行為に補正がつく。


 なので麦わらで作ったヒモと古着の布で投石紐、スリングなんて呼ばれる事もある武器を作って狩りに使ってみた。

 これが中々いい感じで、小さい獲物なら結構獲れちゃう。


 そんな獲物なお肉は、みんな大好きなので実験用の豆の代金代わりになるし、鳥の羽やら獲物の皮や牙や角なんかは金になる。


 そして狩りの途中で見つける事がある、蜂の巣から取れるハチミツとかもかなり良い金になので。


 俺は狩りに行く時は必ず煙の沢山出る草なんかを持ち歩き、巣を見つけると〈着火〉でその草に火をつけて煙でいぶし、ハチを弱らせてから巣の半分程を頂くという事を繰り返した。


 火種を持ち歩かなくていいのがすごい楽だったね。



 ――



 そんなこんなで野菜畑の世話に、金策の狩りに、醤油味噌の研究に、アゼリアとの夜の語らいに、と忙しい日々を過ごして一月が過ぎ。

 徴税官が小麦や各種税金を回収して行き、ひと段落となった所で収穫祭を迎える。



 今は村長と一緒に村人達の前に立ち、村長から紹介というか正式な村人になった事を報告されている所だ。


 人頭帳簿だっけかな? 税金徴収に使う正式な帳簿にアゼリアの夫として俺の名前が載った訳だ。


 しかし14歳で結婚でも、周りの人はちょっと早いな程度の感想なのが、さすが異世界だって思う。



「とまぁそういう訳で、この二人は結婚をして夫婦になった、アゼリアとは少しわだかまりがある者もおろうが、これを機会に前の様に仲良くしてやって欲しい、そして――」


 村長が報告を続けている中には、アゼリアの婿候補だった売れ残りの男達二人を、周辺の村々にお見合い旅行に行かせている話も含まれていた。


 それでそいつらに相手が見つからなければ、冒険者になるべくウラールの街へ追い出……送り出すとの事だった。


 どうもあんまり真面目に仕事とかする輩じゃなかったみたいなんだよね……。


 そんなのをアゼリアの婿にしようするなよな……まぁ気の強いアゼリアなら上手く尻に敷くと思っていたらしいけど。


「そしてだ……アゼリアの婿であるレオンが……なんとこの収穫祭に大瓶で20本もの献酒をしてくれた! さらに大鹿の肉一頭分もだ!」


 そう言って村長は、お祭りの際に創造神に奉納する酒や食い物が置いてある場所を示した。


 一応建前として神に感謝をして捧げますっていう祝詞を、さっき村長が唱えていた奴だね。

 それが終わった後は下賜品として皆の腹に収まっちゃう食い物や酒なんだが。


 俺はひと瓶が5リットルくらいの奴を20本献酒した。


「「「「「「「「うおおおおおお! レオン! レオン!」」」」」」」」


 なんか村人がすごい喜んでるので、俺は村人に向かって笑顔で手を振っておいた。


 まぁ娯楽の少ない世界だしね、みんなタダ酒は好きっぽい。


 俺には〈醸造〉能力があるので、未だに一回も酒造りを失敗していないし、しかも使う水が〈水生成〉で出した水のせいなのか、結構美味しいんだよなぁ。


 村人が作ると、そこそこな割合で腐って失敗するらしいんだけどな……。


 俺の魔力もまた上がっていて〈回復魔法微〉が7回とか使えるまでになっていたし、おかげで水も一杯出せるし〈醸造〉も何度も使えたのよね。


「みんなすごい喜んでるね……私達の結婚報告の驚きよりすごいんだけども……」


 アゼリアはちょっと複雑な心境の様だ。


「酔っぱらって楽しくなれば多少のわだかまりなんてどうでも良くなるはずだよアゼリア、せっかくの機会だし女性陣と話してくるといいさ」


 俺の言葉にアゼリアは目を丸くして驚いている。


「……もしかして私の為にお酒を一杯用意してくれたの? 仲直りし易い用に?」


「それだけって事も無いけどね、大好きな嫁さんの為に頑張りましたとも」


 俺はアゼリアに向けてウインクをしながら、少しおどけて言ってみせた。


 それを聞いてほんの少し時の止まっていたアゼリアは、俺にガバッっと抱き着いてきた。


「レオレオ!」


 アゼリアは二人きりの時だけに呼びかける名前で俺を呼ぶと、抱き着いて思いっきりキスをしてくる、ムチューー---ー-------っとしたすごい激しい奴だ。


「ちょ……むぎゅ……アゼ……ちょ! ……まっ! ……」


 止めようにもチュッチュチュッチュと、止まらないキスモンスターのせいで俺も上手く動けず。


 周囲の村人から囃し立てる声が聞こえてくる。


「おー……アゼリアの奴は結構情熱的だなぁ」

「新婚さんだものねえ……あれを見ちゃうと悪い事をしたなと思ってしまうわね」「だなぁ……あのぼんくら共相手にアゼリアがああなるとは思えないし」

「アゼリアに良い相手が見つかってよかったわよね」

「そうだなぁ……しかしこの酒は中々いけるなぁ」

「ああ、雑穀酒なんて酔えればいいって感じが普通なのにな」

「うわ! なんだこれ雑穀酒じゃない!? もしかしてこれ……蜂蜜酒か?」


 あ、当たりの一本を開けた村人が居た様だ。


 いやさぁ酒の単価を考えると雑穀で作るのが一番安いんだけど、それだけじゃ面白くないから数本当たりの瓶を混ぜておいたんだよね。


 蜂蜜酒とか果物で作った果実酒が混じっているはずだ。


 その驚きの声を聞いた村人達が、我先にと蜂蜜酒の酒瓶のある地点へと向かう。


 村長が大慌てでケンカに成らないようにジャンケン大会を開いていた。

 村長ごめんね、ちょっとイタズラが過ぎたかも。



「レオレオチュッチュ、好き! チューーッ大好き! チュー--」


 ちなみにキスモンスターは、まだ収まっていない。


 立って居るのも疲れるので、側にあったお祭り用に準備された丸太椅子に二人で座るも、未だにアゼリアはキスをしてくる。


 俺もそろそろ、祭用にと差し出した大鹿の照り焼きを食べたいのだが……。


 さっき運び込まれた照り焼きの匂いのせいか、酒のジャンケン会場と照り焼き会場がすごい事になってる……。


 そう、だ!


 醤油と味噌もまだまだ満足のいくものではないが、及第点を与えられる物が出来たのだ。

 その醤油と蜂蜜と酒やらハーブやらでそれっぽいソースを作り、祭の料理を作る人達へ肉用のソースと言って提供してきたんだ。



「チュー……レオレオ大好き……」


 やっと顔を離してくれたアゼリアは、顔を真っ赤にしつつまた俺に顔を近づけ――


「あ、あのアゼリア? 少しお話いいかしら?」

「……すごい積極的だわねアゼリア……」


 俺達の側に二人の女性が現れ、その声に気付いたアゼリアはそちらを向くと。


「あ……久しぶり二人共……」


「うん、久しぶりアゼリア……」

「えっとそのね……」


 どうにも同年代の女性で友達か何かだったのだろうか? ちょっとぎこちない感じがする。


 あー、もしかしたら例の性格の良さげな結婚相手を、ささっと確保した子達かもしれないなぁ……別に悪い事では無いんだろうけどね……。


 俺は一旦アゼリアを置いて酒エリアへと向かう。


 アゼリアは捨てられた子猫みたいな顔で俺を見てきたが、ちょっと待っててくれ。


 開けられていない瓶の中に、当たりの果実酒が残っているのを見つけたので、コップを複数と瓶ごとアゼリア達のいる所に持っていく。


「ほれこれでも飲みながら話をするといい」


 俺は果実酒を入れたコップを三人に渡してやり、テーブルの一つを引っ張ってきて三人を向かい合わせて座らせた。


「ありがとうレオ……ン」


「ありがとうございます」

「ありがとうアゼリアの旦那さん」


 俺はどういたしましてと言いながら、照り焼きを含む料理やらを皿に取り分けて彼女らのテーブルに運んでいく。


 三人はボソボソと話をしているが、まだちょっとぎこちなくて何か切っ掛けが必要かなぁ……。


 ……ふむ……。


 テーブルに料理も一杯になったので俺はアゼリアに向かって。


「じゃぁアーたん、俺は他の村人の男子と交流してくるから、また後でね、チュッ」


 そう、アゼリアの頬に軽いキスをしながら言ってやった。


 それを聞いていたアゼリアの友達と思われる二人は、しばし呆気に取られていたが、すぐにニヤっと笑ってアゼリアに突っ込みを入れ始める。


「え、なになに、アゼリアはアーたんって呼ばれてるの?」

「ひゃーラブラブじゃんかアゼリア」


「ちょ! 何を! レオン! 急に何言い出すのよ!」


 アゼリアは顔を真っ赤にして俺に文句を言って来るので、最後に爆弾を置いてから逃げようと思う。


「アーたんこそ何言ってるんだよ、いつもみたいに俺の事をレオレオって呼んでくれよ、どうしたんだ急にレオンなんて呼んで? まいいやじゃぁちょっと村人と交流してくるわ、じゃーお二人共うちの大事な嫁であるアーたんをよろしく」


 そう言って3人から離れていく。


 俺の背後からはアゼリアを揶揄う声と否定する声で、キャイキャイとした会話が始まっていた。

 アゼリアと友達は気づいているのだろうか、さっきまでのぎこちない会話がすでに無くなっている事に……ま、元々仲が良かったんだろうけどね。


 さて、俺も同年代の夫っぽい人らでも見つけて、コミュニケーションを取っていきましょうかねぇ……さっきの人らの夫が見つかるといいんだけど、何処かなー。



 そうして収穫祭という名のドンチャン騒ぎの中、村人達の笑顔溢れる広場を歩いていく俺だった。





 あ、一部ジャンケンに負けた人は笑顔じゃなくて泣き顔だったかもしれない。



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