第9話 麦の収穫と長い夜

 俺は今ガラゴロと小麦を詰めた袋を乗せた荷車を引いている。


「ほらレオン、頑張れ頑張れ」

「いやアゼリアも押してくれよ……」


 俺の横を楽し気に歩きながら応援をしてくるアゼリアは、一切手伝おうとはしない。


「えー? レオンがどっちが荷車を引くかじゃんけんしようって言ったんじゃない、私は勝者として敗者の義務を見守らないといけないの」

「ぬぐぐ……次は勝つ!」


 フフっと笑ってまた歩き出すアゼリア、俺もそれに続く、うう荷車に乗った一杯の小麦袋で結構重い。


 結局あの後に小麦の収穫を手伝い、乾燥させて脱穀させて袋に詰めてと、一か月くらいたっている。

 勿論他にも色々と仕事をさせられたけれど、なんだか今回の体は体力があるのか、よく動ける感じだ。


 そうして税金の払いの為にこうして村長の元に小麦を運んでいる。


 ちなみに生産者は小麦を畑の大きさに応じた分を税として納入しなければならない……俺は一度この制度を変えたんだけどなぁ……あっという間に元に戻されてそのままっぽい。

 まぁ処女税とか子供税なんかの、アホらしい物はいくつか廃止されたみたいだけど。


 村で大きい倉庫を備えた村長の家に辿り着き、村長に小麦を確認して貰い倉庫に運びこむ。

 俺が運んでいる横で年嵩の村長とアゼリアの会話が聞こえてくる、てか手伝ってくれんのかよ……。


 ほいほいっどこいしょ、あと何袋あるんだっけか……。



「ふむアゼリアよ、わしゃぁてっきり収穫時に泣きついてきて結婚を承諾すると思っておったんだが……まさか自力で婿を見つけてくるとはのう、人頭帳簿に婿として乗せてええかの?」


「ちょっ村長! レオンは私の婿って訳じゃ! ……行き倒れを拾って仕事を手伝って貰っただけで……レオンはまた冒険者として出ていくかもだし……」


 よいせどっこらっしょ、体力がある体っていっても疲れない訳じゃないんだが、よっこいしょ。


「ふーむ、のうアゼリア」

「なーに村長」


「うちのバーさんらに話を聞いてくるとええ、男の落とし方を教えてくれるだろうて」

「何を! そんな……ううんと……えと……そういえば村長の奥さんに用事があった気がするからそのうち行くかもしれない……」


「ほっほ、応援しとるぞ、まぁ儂らもな、あ奴等みたいな在庫を押し付けようとしたのは悪かったと思っておったのじゃ……上手くいったら村で結婚披露の場を用意してやるから、村の皆と仲直りするとええ」

「うん……」


 む、何故か2人の声が小さくなってよく聞こえない、うんとこどっこいしょ、まぁいいや運搬の仕事しよ……。


 ……。


 ――


「ひー疲れた」

「ご苦労様レオン、帰ったらまた筋肉を揉んであげるわね」


 アゼリアが借りて来ていた荷車も村長に返し、今季の収穫税もきっちり支払えたアゼリアはご機嫌の様だ。

 それと最近口調が少し変わってきている気がする……前はちょっと無理に男っぽい話し方をしていたんだが、今は自然だ。


 そうやって村の中を歩いていると、行きは荷車が重くて周りを見る余裕が無かったのだが、俺は一つの見慣れた様式の建物を発見する。


「なぁアゼリア、あの建物ってもしかして」

「んー? ああ、あれは教会だよ、といっても村人で共同管理しているから司祭様とかは居ない無人なんだけどね」


「そっかぁ……神像ってある?」

「あるよー、そういえばレオンったら村の中をほとんど出歩いてなかったっけか」


「そりゃ余所者が我が物顔で出歩く訳にいかないだろ、なぁちょっとあそこに寄ってから帰っていいか?」

「いいよー、行こうか」


 俺とアゼリアは無人の教会に入っていき、小さな礼拝堂で神像も小さかった……。


 俺はいつもの様に。

「今日も生を得る事が出来る事を創造神に感謝をし祈りを捧げます」

 神像に祈りを捧げる。


 すると俺の周囲に光の玉が5つ現れて体の中に入ってくる、それを見たアゼリアが絶句しているね。


 アゼリアは俺を指さしながら声を出す。

「レオンは祝福を受けてなかったの?」

「あー、やる機会がなくてな」


 冒険者であったのならそんな訳は無いんだが、他に言いようが無いんだよな。

 しまったなぁ……神像があったのが嬉しくて、よく考えずに祈りを捧げちまった。


「そ、それでレオンはどんな能力を得たのかしら?」

 アゼリアは何か焦った風に能力の内容を聞いてくる。


 俺の祝福を受けた受けてないの矛盾をつくよりも、手に入れた能力が気になるのだろうか?

 取り敢えず自分の中の能力を意識してみる


「えっと……〈財布〉〈醸造〉〈戦術〉〈財布〉〈光生成〉だな」

「それって! 戦いに役に立つ能力だよね!」


 何故かアゼリアは戦術のみに言及してくる。


 どうせなら〈財布〉が2個ある事を突っ込んで欲しかったんだが……このガチャ〈財布〉のピックアップでもしてるんだろうか? とか。


 そして無視される〈醸造〉君や〈光生成〉君、大丈夫だ君達の事は俺が可愛がってあげるから。


「そうだな〈戦術〉は〈剣術〉みたいな特化した能力に剣ではかなわないけど、戦いに使うありとあらゆる行動や武器の扱いに補正がかかると言われてるね、器用貧乏なせいか貴族には泥臭くて人気ないけど冒険者や傭兵だと欲しい能力かも」


 俺の説明を聞いたアゼリアは、何故かすごい落ち込み始めて。

「ごめんレオン先に帰ってて……私はちょっと村長の奥さんや息子のお嫁さんに用があったの忘れてた……」


 アゼリアは何かを決意した表情を見せて村長の家の方に歩いて行った。


 なんだろ……俺のおかしさを報告とかされちゃうのかな?

 逃げたくないなぁ……恩もあるしな……。



 アゼリアの家に帰った俺は、自家用の野菜畑の世話をしたり家畜の世話をしたり薪を割ったりして時間を潰す……。


 アゼリア遅いな……あ、帰ってきた。


「お帰りアゼリア」

「た、ただいまレオン」

 アゼリアは何故か俺の顔を見ないで挨拶をしてくる。


 そしてそのままご飯を作ると言って家の中に入っていった……なんじゃらほい?


 日が落ちてきたので家にお邪魔をする俺。


 いつもの様にテーブルに雑穀と野菜のミルク煮が置かれている。

 ちなみにミルクは山羊乳で、各家庭で山羊を所持していて畑の世話で出る雑草やら麦わらやらを餌にしているので、ミルクが青臭かったりする。


 初めて食べた時は、クセの強いハーブでも入れているのかと思ったっけ。


「頂きます、美味しいよアゼリア」

「……お世辞はいいわよレオン」


 今日のアゼリアは元気が無いなぁ……最近はよくオシャベリしながら楽しくご飯を食べる感じだったのに……、うーんやっぱ俺が胡散臭く思えてきたのかもな……。



「御馳走様、じゃぁ薪小屋に帰るよ」

「まって!」


 ご飯も食べ終わり、またいつものごとく家を出て行こうとしたらアゼリアに服を掴まれた。


「ん? 何か用事でもあるの?」

「えと、えっとね、レオンはもう一月一緒にいて悪い人じゃないって判ってるし……いつまでもあんな所で寝かせるのはあれかなって……お父さんとお母さんの部屋のベッド使っていいよ?」


 信用してくれたのは嬉しいけど、年頃の女の子と二人っきりはどうなのよ……俺はチラっと壁に掛けてある物を見た。


 アゼリアは俺の視線に気づいたのか。

「レオンはやっぱり剣が気になるの?」

「いやそういう訳じゃないんだけど……」


 壁に掛けてあるのは、アゼリアの亡くなったお父さんが使っていたという剣だ。


 あの人は許してくれるだろうか?


 ……。


 結局アゼリアに押し切られて、亡きご両親の使っていたという大きなベッドで寝る事になる。


 その夜の事だ、能力の〈光生成〉で作った電灯代わりの光の玉も消し、暗闇の中、俺は眠れずに色々な事を考えていた。


 能力の事、過去の事、そして……。


 俺が寝ていた部屋に誰かが……いや寝間着姿のアゼリアが小さな卓上ランプを持って入ってきた、窓を閉めちゃうとほぼ真っ暗だからね、ガラス窓なんて無いし。


 ランプといってもお皿に油を入れて、そこに芯を入れてあるだけの物だけど。


 ランプをベッドサイドテーブルに置き、その小さな光に照らされたアゼリアは何故だかすごく綺麗に見えた。


「眠れないのかアゼリア」


 俺がベッドに寝ていた状態から上半身を起こしてそう聞くも、アゼリアは答えずにその広いベッドに乗ってきて俺に前から抱き着く。


 いやまぁ……なんとなくこうなるんではと思ってはいたんだ、家で寝ろって言われた時にはね。


「あーアゼリア、取り敢えず話をしよう、手を出すのはその後だ」


「手……出してくれるの?」


 アゼリアは俺の胸付近にあるその小さな顔を起こし、頬を赤くして聞いてきた。


「勿論だ、こんな美人で可愛い女の子に迫られて手を出さない男はいねぇ! でも急だったから理由だけ聞きたくてな」


「私の事を可愛いなんて言うのはレオンだけよ……」


 そりゃぁ口に出して言わないだけで、アゼリアを揶揄っていたって奴等も似た様な事を思ってたと思うよ?

 男の子ってのは好きな女の子を苛めちゃう生き物だからな……。



 アゼリアは抱き着いていた体を起こして俺の横に体育座りをすると。


「レオンは冒険者でしょ? すごい能力を得たらまた冒険者として出て行っちゃうかなって思ったら寂しくなって……さっきもお父さんの剣を見てたし、やっぱり冒険者に戻りたいのかなって、あげた服の恩返しもそろそろ終わりだろうし……」


 あーなるほど……そういう事かぁ……前世もそうだったが俺は女心とかさっぱり気付かないんだなぁ……鈍過ぎなのかもしれん。


 でもまぁここは素直に言うのが一番か。


「恩だけだったらとっくに村から消えているよ、アゼリアと居たいから残ってるんだってば」


「本当に? レオンは私と……こんな短い髪の男女おとこおんなでも一緒に居たいと思ってくれるの?」


 うーんアゼリアは髪を短くした事を後悔しているのだろうか?

 いや、そういう訳でもないか、女としての自信が無いのかもな。


「俺が好きになった女性を男女おとこおんななんて呼ぶのは、例え本人だろうと許さないよ、髪なんてそのうち伸びるさ、アゼリアこそこんな一歳年下で青い髪の男でも一緒に居たいと思ってくれるか?」


 俺の年齢はアゼリアの主観を採用して14歳って事にしたのだ。

 誕生日はよく判らんのでアゼリアと同じ月って事にしようと思い、先日15歳になったアゼリアの丁度一歳年下って事になっている。


「私はレオンの青い髪好きよ、青空みたいでかっこいいじゃない」

「俺もアゼリアの髪は好きだよ、収穫前の小麦畑みたいな色でサラサラとしてて、日の下だと黄金色に輝いて……伸びたらさぞ美人……いや今でも美人だった」


 なによそれ、と少し笑いながら俺をちょっと押して来るアゼリア。

 照れ隠しだろうけど農業で鍛えた腕力なので、結構力強かったりする。


「ありがとレオン、頑張って髪は伸ばすね……でも、じゃぁレオンはなんでお父さんの剣を見たの?」


「ああ、アゼリアのお父さんがあの剣で家族を守ろうとした様に、俺もアゼリアを守らないとなって思ったんだよ、家に泊まれって言われた時にこうなるだろうって思ったからさ」


 俺の言葉を聞いてアゼリアは頬をさらに赤くしていく。


「ぇぇ気づいていたの!? ぅぅぅはずかしい……」


 アゼリアは体育座りをして顔を足に埋めている。


 まぁ……あの剣を見た訳はそれだけじゃないんだけどね。


 父親と娘、その両方に助けられるなんてなぁ……何処かでみた事のある剣の拵え。


 そしてアゼリアの父親の仕事の中には、村長から荷車と馬を借りて村の野菜やらを、日帰り出来る距離にあるウラールの街に納入する仕事があったそうだ。


 アゼリアの父親……いや俺を助けてくれたおっちゃんは。


 俺の中にある知識の通り元冒険者で、引退して村に帰り幼馴染と結婚をして子供を育て、そして亡くなったみたいだ。


 おっちゃんは娘と結婚をしてくれる事を許してくれるかなぁ……。


 あの後も何度か街の市で話したが、ちょろっと野菜を買うくらいしか出来なかったみたいだし、あの時のパンツ、いや小汚い腰布の恩は娘さんを守る事で返すからなおっちゃん!


 勿論前世の恩だけでアゼリアを守る訳じゃない、好きになったから守るのだが。


 自分の足に顔を埋め、その真っ赤に染まる耳を俺に見せているアゼリアの背を軽く撫でながら。


「アゼリア、俺と夫婦になってくれないか?」


 そう短く問いかけてみた。


 ゆっくりと顔をあげたアゼリアは俺を見つめて。


「はい……成ります」


 俺とアゼリアはそれ以上何かを語る事もなく見つめ合い、そして。





 初めてのキスをした。

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