青い空と黄金の海

第8話 小麦畑でこんにちは

 ガバっと上半身を起こす俺……いや私?

 取り合えず自分の体を見てみる……俺だった! よし!


 自分の確認が終わり周りを見回してみると……そこは畑だ。


 小麦畑だなこれ、実が熟した感じの茶色な小麦が穂を伸ばしている中に俺が埋もれている。


 取り合えず〈財布〉からパンツを出す!


 そうなのだ〈財布〉が3つ重なって容量の増えた俺は、パンツを入れておいたのだ!


 まぁそのせいで硬貨を入れておくスペースが圧迫されてしまったのだけども、どうせ入れておく金なんて子供達やらに使ってほとんど無かったっぽいしな。


 そそくさとトランクスタイプのパンツを履く。


 ……思ったんだが、また女性だった時の事を考えると、財布にサラシも入れておく必要があるのだろうか?

 ブラジャーとか無いから、大きいと胸が揺れて結構きつかったという知識が残っている。


 さて次は自分の体をチェック、髪の毛は青髪で体の大きさは……比較対象が無いから判らんな。

 取り敢えず立ち上がると……農村かねぇ……小麦畑にパンいちで突っ立って居る男か、俺が農民なら害虫駆除として攻撃しそうな相手だ、なんちゃ――。


「お前そこで何をしている!」


 十数メートル離れた小麦畑の外の道から声がかかった。


 やべ……そっちを恐々と見ると、一人の女性……いや少女?


 うーん、15歳前後の金髪寄りの茶髪でショーヘアの女の子が、大きな鎌をこちらに向けて睨みつけてきていた。


「待って下さい俺は怪しい者では無いです」


 俺は両手を上げてそう主張してみる。


「ふざけるな! 人の小麦畑の中に裸で進入する奴が怪しくない訳ないだろう!」


 ごもっともです。


 しかしこれだけは言っておかねばなるまい!


「俺は裸ではありませんパンツをちゃんと履いています! 訂正して下さい!」


 俺は強い語気で女性に情報の正確さを求めた!


「お、おお、すまない……じゃねーよ! そんなもん裸と変わらないじゃないか!」


 ほぉ? 俺が苦労してやっと財布に仕舞い込める様になったパンツに意味がないと?


 上等じゃねーか。


「へぇ……じゃぁ貴方はパンツを履いていても裸と同じだと主張するのですね? ならば俺は今ここでパンツを脱ぎますがいいですか? だって履いていても裸と同じなのだから目を逸らしたりしませんよね? ちゃんと見ていて下さいね」


 そう言って俺はパンツに手をかける。


「え? いや……え? ……ん? ……なんで私がそんな事しないといけないんだ? ちょっと誰か呼んでくるからお前はそこを動くな、変態小麦泥棒として罰して貰うから!」


 俺は冗談を即座にやめてパンツから手を離し、再度両手を上にあげる降参ポーズをする。


「おーけー落ち着こうお嬢さん、土下座でもなんでもするから犯罪者扱いしないでくれ、まずは話を聞いてくれないだろうか?」


 女性は俺の落ち着いた口調と謝罪を見て少し冷静になったようで。


「誰がお嬢さんだよ、私より若そうに見えるお前にそんな風に呼ばれたくない、それと小麦が痛むからこっちに出てこいよ」


 俺は女性の言に従い小麦畑から出て行く。

 彼女は俺に鎌を向けて少し遠ざかる、なので俺は地面に正座をして危険が無い事をアピールする。


「それでなんで小麦畑の中にいたんだ……お前」


「えーと俺は何歳くらいに見えますか? それとお嬢さん呼びが駄目ならなんと呼べば?」



「ん? 私より1か2歳下じゃねーの? 13か14歳くらいに見えるし……私の名前はアゼリアだ、でも名前で呼ぶなよ」


 自己紹介をすれども名前を呼ぶなと言ってくるアゼリアさん。

 俺より少し上で俺がそれくらいに見えるって事は……。


「ではアーたんの歳は14か15歳って所なんですかね、あ、僕の名前はレオンです」


「アーたんなんて呼ぶな! 私はもうすぐ15だ……それでレオンは何でここに居るんだ」



「話すと長いのですが――」


「要点だけを言え、これから小麦の収穫で忙しいんだ」


 鎌を向けながらそう言うアゼリア、その鎌って小麦の収穫用なのね。


「見習い冒険者がダンジョンの転移罠に掛かって飛ばされて、気づいたら装備が無くなって小麦畑に寝てました」


 という設定にした。


 ダンジョンに転移罠があるのは深層らしいんだけど、まぁそこまでの知識が無い事を祈ろう。


「転移……勇者物語にそんな能力が出てきたっけか? ダンジョンにそんな罠があるのか怖いな……でレオンは装備も何もかも失ったと?」


 信じちゃうのかぁ……農村の人って素朴というかなんというか、騙している俺が言うのもなんだけどな……。


「ええ、まぁそういう事でこれからどうしようかなと思っています」


「……小麦の収穫を手伝うなら飯くらい食わせてやる……」


 アゼリアさんが優しすぎて心が痛い。


「なんでもやります任せて下さい!」


「じゃちょっとついてこいレオン」


 畑の側にあった家に案内されると、外でしばし待たされる。

 そしてアゼリアさんが家から出てきて。


「ほら、亡くなった親父のお古だ、きっちり仕事を最後まで手伝うなら、これもこのままお前にやるから」


「あざーす、アーたん」



「誰がアーたんだ! ……早く着ろよそしたら仕事にいくぞ……腹は空いて無いか?」


「大丈夫です問題ありません、ありがとうアーたん」



「だからアーたんって呼ぶな、ったくこんな男みたいな女にそんな呼び方似合わないだろ……」


「だってアゼリアって呼ぶなって言ってたし、それとアーたんは見た目も結構可愛いし似合ってると思うよ?」



「かわ! そ、んな訳ないだろ、こんな短い髪の女が居るかよ……馬鹿言ってないで仕事するぞ、ちゃんと働けよー」


 アゼリアは頬を少し赤くして、そそくさと畑に向かって行った。


 そういやこの世界であんなベリーショートの女性って見た事ねぇな。


 ……髪が短いのって幼女くらいか? 大抵が肩より長いものな。


 俺は日本の記憶があるからなぁ、短い髪でも可愛い人は可愛いって思うけど……。


 まぁいいや仕事しよっと、てかこの結構広そうな畑を彼女は一人で収穫するつもりだったのだろうか?



 ……。



 ――



 ――



 アゼリアさんの家にあげてくれたので、今はテーブルに着いて体をその上にグテーと伸ばして乗せている。


「づがれだー……アゼリアさん、あの範囲を全部一人でやる気だったの? ご家族はいないのかな?」


 聞いてもいいか判らん内容だったが、さすがに無茶が過ぎるだろうと思い切って聞いてみたんだ。

 だってこの家にはアゼリアさん一人っぽいし。


「……親父と兄貴は数年前に村を襲った魔物との戦いで負ったケガで死んだ、母さんはつい先日病気で……姉さんは隣村に嫁にいったから……私が自分でなんとかしないといけないんだ」


 思ったよりヘビーな内容が帰ってきた……。


 それにしちゃぁ村の人間に頼るとかあるだろうに……うーん、まぁいいや突っ込んで聞いてみよう。



 ……。



 ――



 色々突っ込んで聞いてみた所によると、アゼリアさんはもうすぐ15歳で結婚適齢期で、母親も亡くなったので誰か婿を取れと言われたらしい。


 だけど年齢の合う村の男の子達は、勝気なアゼリアさんの事を男女おとこおんなとか揶揄ってきていた奴らしか残って居ないのだとか。


 性格の良い男は早々に他の女子に取られちゃったとか、そりゃねえ……。


 それでも結婚をしろと言ってくる村人達にキレたアゼリアさんは、髪をばっさり切って見せてから断ったんだって。


 なもんでちょっと村人と距離を置いているらしい。


 幸いと言ってはいけないのかもだけど、お父さんとお兄さんが亡くなった原因が村へ襲撃してきた魔物相手の戦いだったので。

 村人達がこの家に恩を感じているから、村八分とはならずに、ただお互い気まずい感じという事なのだそうだ。



「そっかぁ……まぁ全部終わるまでは手伝うよ、服も欲しいしね」


「そうだな、ほれ出来たぞ」


 そういって俺の前に料理の乗った皿を出してくれる。


 彼女はずっと台所で作業をしつつ俺と会話をしていたのだ。

 てか狭い家だから、台所もすぐ側なんだけどね。


 そしてお皿は俺の前にだけだ、内容は……雑穀と野菜のミルク煮って感じかな?


 食べてみると薄い塩と青臭い味だった……癖のあるハーブか何か?


「アゼリアさんは食べないの?」


「それが私の分だからな、明日からは二人で割って量が減るから覚悟してくれ」



「……半分食べる? はいあーん」


 俺はスプーンですくった雑穀煮を、アゼリアさんに差し出してみる。


「いいから食べておけ、ダンジョンから飛ばされて何も食ってないんだろ?」


「ありがとう……」


 どうしようアゼリアさんの優しさが、嘘をついている俺の心に刺さる。

 いや腹は減ってるのは確かなんだけども……。


 食べながら色々聞くと、どうも税金が高くて何処も貧しいらしい。


 俺は聞き忘れていた事があったのを思い出し。


「そういえばここって何処ら辺の村なの? それと今日は何年何月か判る?」


「ここはトトカ村だな、えっと荷馬車なら日帰り出来るくらいの距離に、大きいウラールの街ってのがあって……それ以上は判んない、それで今日は6月だな」


 ありゃま、前の俺が代官をしていた街の周囲にある村の一つだな。

 そして神歴は知らないのね、まぁ農民には何年とかは必要ないか。



「あんがとアゼリアさん、それとご馳走様美味しかったよ、じゃ明日も頑張る為に寝ようか?」


「お世辞はいいよ、私も美味しくないって思って食べてるし、そうだねそれじゃ外に行こうか」



 そうアゼリアさんに促されて家の外に出る。

 そしてアゼリアさんは、家の横にある薪置き場の屋根付き小屋を指さすと。


「じゃ、あそこ貸してあげるからそこで寝てくれ、これ掛布に使って、6月で結構暖かいし大丈夫だろ、おやすみ」


 アゼリアさんは俺に掛布を一枚渡すと、そう言って家の中に入り扉を閉める。

 カタンッとつっかえ棒か何かを扉に設置した音がする……。


「デスヨネー」


 そう呟きながら俺は薪置き小屋に移動をし、薪を枕にして眠るのであった。


 おやすみなさい。

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