第7話 お別れの焼肉

 side 下町の教会


 そこはとある教会の礼拝堂、椅子が退けられた中央に棺が置かれていた。


 その周りには沢山の人が詰めかけ涙を流している。


 神像の前にいる、この教会の司祭であろう人が静かに声を発する。


「神歴1256年5月、この春の暖かで穏やかな日に、私達はシスターレオーネを見送る事になりました」


 司祭の言葉に周囲にいた人達から再度嗚咽が漏れる。


「彼女はこの街に学問を根付かせる一助と成りました、そして多くの平民を領都の高等学校へと送り込みました、その手腕には領主様も驚きの声をあげたと聞いております」


「そして彼女はまた、若き冒険者の死亡率を下げる事にも尽力をしました、彼女の提言した数々の施策のうちのいくつかはギルドで今尚も行われ、初級冒険者の命を救う物として彼らに感謝をされています」


「享年……シスターレオーネは自身の年齢を誰に言う事も無く、それを聞かれるといつも『私は永遠の20歳です』と答えましたので、ここではそれに倣おうと思います」


 司祭のその言葉で、周囲にいた弔問客から泣き笑いの声が起こる。


「享年20歳、シスターレオーネはここに眠る事になります、私は教会の司祭として、そして一人の宗教家として彼女を尊敬します、低級冒険者へ知識を広めその命を救い、また学問を広め若者に未来への様々な道を示した彼女を……クリエイト教会司祭の名において『下町の聖女』と認定致します」


 司祭が語気を強めてそう宣言をする、司祭の表情は晴れやかだ……。


 それを聞いた周りの弔問客だが……。


『なぁ聖女ってなんだ?』

『ばっかおまえ……聖なる女性?』

『教会が認める偉人に与える称号よ男なら聖者』

『でもそれって一司祭が指名するなんて駄目じゃ』

 ……。


「勿論正式な物ではありません、これはあくまでも私の感想であって、教会本部からの正式な任命ではありません事をお伝えしておきます」


 司祭は急に小さな声でぼそぼそと何かを説明している。

 小さい声なので周りの人にはよく聞こえなかった。



「さぁ皆さんシスターレオーネにお別れを」


 司祭がそう言って奥の部屋に帰っていった。


 しばらくはお別れの時間としてくれるという事なのだろう。


 棺には次々と花が入れられていく、そこには長い白髪を簡素なヒモで縛った老女が穏やかな表情で眠っていた。


 その中で一人の初老の女性が、花を入れた後に棺の中に語り掛ける。


「シスターレオーネ、その髪を縛っているヒモは私が初めて会った時に渡したものだね……いつまでそんな古臭い物を使ってるのさ……真っ裸の貴方を見かけた時は驚いたけど貴方が聖女なんて呼ばれるようになるとは……確かにあの後お礼もして貰ったし何度も助けて貰った……貴方はお礼し過ぎなのよ! 何かで返そう返そうと思ってる間に逝っちまうなんて……私もそのうちそっちに行くからさ、また話に付き合っておくれよシスターレオーネ」



 初老の女性と入れ替わるように来たのは2人の女性だった。


「ぅぅ……シスターレオーネ……やっと王都の大学で学士の称号が取れて帰ってきたのに、やっぱり具合が悪いシスターを置いていかなければ……」


「エーリカ、シスターレオーネは王都にいる貴方からの手紙を毎回嬉しそうに私に見せてくれたわ、ベッドの上で笑顔を浮かべてエーリカはすごい、天才だ、って、自分よりも頭の良い娘に先生とか呼ばれるのが恥ずかしいって笑ってたわよ」



「そんなの! シスターレオーネが居なければ私は私の資質に気付く事なんてなかったんだから! ねぇアイシャ……レオーネ先生は心の底から笑っていたかしら? 具合の悪いレオーネ先生を置いて出ていってしまう様な私を……嫌っていなかったかしら……?」


「大丈夫よエーリカ、シスターレオーネがそんな事を思う訳無いって娘の貴方なら知っているでしょうに……そうじゃなきゃ養子縁組なんてしないと思うわよ、例えそれが大学に行く為に必要だった物でもね、ほら最後のお別れなんだからちゃんと呼んであげなさいな、先生はちゃんと言ってたわよ『に先生と呼ばれるのが恥ずかしい』ってね」



「……お義母さん、私大学で頑張ったよ、子供の頃の様に頭を撫でて褒めて貰いたかったけど……それはまた今度ね……さようなら、お義母さんの意思は私が継ぐからね、この街に……いいえ、全ての子供達に学問という武器を根付かせてやるんだから!」


「さようならシスターレオーネ、私は貴方のお話が大好きでした、教わった文字で全て書き留めてあるから、私の子供にも他の子供にもこれから読み聞かせていくからね」


 そうして次々とお別れの言葉と共に花を棺に入れていく弔問客。

 その列は教会の外にまで伸びていて終わる気配がない。


 ……そろそろ棺に花が乗せられなくなってきた。


 弔問客は、いかに床に落とさずに花を置くかで苦労をしている。


 そうして列から、かなりの人が減った頃。

 礼拝堂の外からガチャガチャと鎧の音をさせて、誰かが走り込んできた。


「シスターレオーネ!」


 そう言って礼拝堂の中に駆けこんできたのは、壮年の男性冒険者でベテランの風格を漂わせる男だった。


『おいあれ』

『ああ……あの特徴のあるエンブレムが刻み込まれた鎧は……疾風のレイモンド?』

『上級冒険者がなんでここに』

『この街の出身だって聞いた事がある』

 ……。


「レイモンド! 遅いわよ! お義母さんに散々お世話になったんだからもっと早く来なさいよ……私が言える事でもないけれど……」


「済まんエーリカ、どうしても断れない依頼が重なってな……それでシスターレオーネは?」


 弔問客が全員で、中央の花が山積みにされた物を指し示す。


 レイモンドと言われた男は、棺に乗せられた花を慎重に横の机へとせっせと移動させる。

 そしてその中に眠る老女の顔をなんとか見つけ出した。


「シスターレオーネ……貴方が居なければ俺は冒険半ばで死んでいただろう……今の俺があるのは貴方の御蔭だ、だから……安心してくれ! 貴方の娘であるエーリカは俺が貴方の代わりに守っていく! だから……結婚を許して下さい!」


 レイモンドは棺に向かって頭を下げている。


「ちょ! なんでお義母さんのお葬式にそんな! ってまずは私にプロポーズしなさいよバカモンド!」


 そうして何故か、お葬式の最中に始まる告白とイチャラブ。


 弔問客の涙も止まり、笑いが込み上げてきて、ついには全員が笑い出した。


 さすがにその笑い声を聞いて、奥の部屋から司祭が飛び出してきて何事かと問いただす。


 それを聞いた司祭は。


「なるほど……普通なら不謹慎だと言う所なのですが……シスターレオーネならこう言うでしょうね『人生は楽しむ事を優先するべきだ』と、なれば皆で娘さんの婚約をお祝いしましょう、シスターの遺言で自分のお葬式に来た人達には美味しい物でもと言っていて、その為の資金も残してくれているのです、孤児院の庭の方に焼肉の準備が整っていますのでシスターを忍んでいっぱい飲んでいっぱい食べてあげて下さい」



『おおお、さすがダンジョン街の破天荒シスター』

『冒険者達の鬼ババァ母さんとも呼ばれていたな』

『アホな奴への説教では言葉では無く拳を振るう、神の右シスターとかもあったな』

『汚職にまみれた代官を何人も首にさせた女傑シスターとか』

『街政を手伝う、お助けシスターとかもあったはず』

『賭けリバーシで裕福な商人から、孤児院用の食材を格安にさせるギャンブルシスターなんてのもあったな』

『それは商人がわざと負けてたって話だけどな……』

『見た事も無い楽器を弾き鳴らす、シスター歌姫、とかもあったな、あんまり上手くなくて自称だったけど』

 ……。


 等々、それらの弔問客の話を聞いていたエーリカは、顔を赤くして棺に向かい。


「ちょっとお義母さん何やってんの! 私が知らない称号も増えてるんだけど!?」


「まぁまぁエーリカ、貴方が都会に行ってた間の面白話は私が聞かせてあげるから」



「アイシャ! お義母さんってば一体何してんの!?」


「はいはい、あっちで教えてあげるよー」


 アイシャに手を引かれ連れていかれるエーリカと、それに付いていく疾風のレイモンド。


 弔問客も司祭もお手伝いさんも、何故か最初の頃の泣いていた時とは違い。

 笑いながらシスターレオーネの思い出話をしつつ、孤児院の庭方面へと歩いていく。





 そして礼拝堂に残された一つの棺。


 花が少し退けられ、顔だけが見えているその老婆は、微笑を浮かべている様にも見えるのだった。












 リザルト

〈財布〉×3 〈回復魔法微〉〈着火〉〈水生成〉

〈魔力+6〉〈体力+1〉


 称号〈下町の聖女〉 治癒魔法効果+1

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