第6話 シスターレオーネ

「イテテッ、もう少し優しくやってくれよシスターレオーネ」


 私の前の若い男の冒険者がそう泣き言を言ってくる。

 私はそれに答えるように、力強く薬草を傷口に塗り込み包帯を巻いていく。


 彼はまた悲鳴をあげている。


「冒険者がこの程度で悲鳴をあげないのよ、癒しの光よ」


 包帯の上から〈回復魔法微〉を掛ける、こうする事で弱い回復魔法能力でも治療の相乗効果を得る事が出来る。


「はい終わり」


 私は冒険者の包帯を軽くペシンッと叩きながら治療の終わりを宣言する。


「イッタ! ひでぇよシスター……」


「レイモンド貴方ねぇ……こないだも傷をこさえて来たでしょう? もっと慎重にやりなさいと言った私の助言はどうしたのかしらねぇ?」


 私は冒険者を少し睨むようにして苦言を呈していく。


「あはは、おっと依頼の報告が残ってたんだった! 治療あんがとシスターレオーネ、寄進はツケでお願ーい」


 そう言って治療部屋から駆け出していく冒険者だった。


 そして、部屋の中にいた中年の下働きな未亡人が私に語り掛ける。


「タダで治療をしてしまって良いのですかシスターレオーネ、薬草も包帯もタダでは無いのでしょう?」


 心配そうに私にそう聞いて来るのだった。


「薬草は寄進代わりだと冒険者が置いていった物だし、包帯も煮沸消毒した古いシーツですから……それにまだあのくらいの冒険者はお金を自身に使わねば危険なのです」


「シスターレオーネがそうおっしゃるなら止めはしませんけど……」


 まぁ気持ちは判る、ここは貧乏教会だものね。

 昔お世話になったシスターの真似をして偽善を為していると、貧乏だった理由が良く判るってものだ。


 この教会で下働きとして働いて数年がたっている。


 司祭様が民に施す治療のお手伝いをする下働きのはずだったのに、何故か今私はシスターと呼ばれている。


 司祭様に他の教会へと移るように辞令が下った時に、彼は私を下働きから修道女として登録をしたのだ。

 そうして司祭様が居なくなってから、半年が過ぎて1年が過ぎて……未だに司祭様の代わりになる教会の責任者は来ないようだ……。


 教会責任者代理な私は周りにシスターレオーネと呼ばれ、〈治療魔法微〉では物足りない部分を薬師の真似事をしてなんとかやっている。


 昔世話になったシスターが子供達の治療に薬草を使うのを、側で手伝っていた程度の門前の小僧程度な初級知識しか無かったのだが、街の薬師に頭を下げて少しだけ教わったのだ。


 その薬師への見返りは、お金のある冒険者はそちらに紹介をする、という話で手を打って貰った。


 いつまでたっても司祭級の責任者が来ないのは、こんな初級ダンジョン側の教会だと実入りが無いので、人選に苦労をしているのだろう。


 寄進のあまりの少なさのせいで、本部への上納金はしないでも許されているが、代わりになんの援助もされていない。

 仕方無いので孤児院の敷地の一部は畑になってしまっている。


 私にもっとお金に成るような力があれば……子供達にもっと一杯ご飯を食べさせてあげられるのだけれど……。


 そういえば不思議な事が一つあり、〈回復魔法微〉なのだが魔力が満タンだと6回使えるのだ。

 1回の人生で一回づつ分の魔力が足されていくのなら4回、いや最初は2回使えたから5回でなければならない、ならなんで?


 そうして思う、神の祝福に当たり外れがあるのは何故か?


 光の玉がガチャでいうレアで当たりというのなら、外れ……というかコモンやノーマルといった物も存在するのではと仮定をしてみた。


 それが基礎能力や、目に見えない何かを底上げするものだとしたらどうだろうか?


 実際に、能力を得られない者は身体能力に秀でている事が多いのではないかという噂もある。


 そして貴族と平民の能力の内容の違いについてだが、平民はノーマルガチャを引き、貴族が課金ガチャを引いているのだとしたら?


 そこには何の差があるのだろうか、カルマや人としての行い、平均寿命、魔力の高さ、栄養状態、知識の差、様々な要素を考えてみた。


 そして一番ありえそうな物が魔力では無いかと思った訳だ。


 つまりガチャをする本人の魔力の質や量が、ガチャの出来る回数や質に影響を与えているという仮説だ。

 平民は総じて魔力が低い、その低い魔力でノーマルガチャを魔力の量に応じた回数分を引く。

 そして当たりは光の玉に、外れは目に見えないが基礎能力が上がるのだとしたら?


 能力を引き継いだ私は魔力が上がっていき、ガチャを引ける回数が増えて外れでも能力がさらに……なんて考えてみたがまだ確証は無いのが現状だ……。

 まぁこんな考察が浮かんでしまう所はゲーム脳だなぁとは思う。



 私が物思いに耽っていると、治療室にまだ10歳にもなっていない子供が2人入ってきた。

 孤児院の子と近所の子だね。


「あら、どうしたの? エーリカにアイシャ」


 孤児院の子であるエーリカと、ご近所に住んでいるアイシャは仲良しだ。

 少し前の子供達は孤児院だけの子達で集まり、外の子との交流なんて無かったのだが。


「シスターレオーネ! もう患者さん居ないんでしょう? ならお勉強教えて!」


「私も! シスターレオーネのするお話が聞きたい!」


 子供達は元気よく私におねだりをしてくる。


 私が責任者代理になってから、孤児院の子達に読み書き計算を教えるついでに、ご近所の子にも同等の教育を受けられる事を周知したのだ。


 まだ訪れる子供は少ないがご近所との交流にもなるし、お母さん達も子供と一緒に来て貰い、母親達には井戸端会議的なオシャベリの場を作っている。


 これが中々に好評なんだが、教育の場というよりは幼い子供を預けて自分はオシャベリが出来る保育施設と思われている……まぁ今は周辺住民と交流出来るだけでも良し。


「はいはい、では行きましょうか、患者さんが来たら呼びにきて下さいね」


 お手伝いな未亡人さんにそう頼み、両手を子供達に引っ張られて孤児院の裏庭へと向かう。


 そこには植物の細いツタで編んだ敷物が引かれ、そこに鈴生りで座っている孤児院と近所の子供達が、ワクワクとした表情で私を待って居た。


「あらあら皆お勉強熱心ねぇ……なら今日は計算のお勉強からしましょうか」


 私がそう言うと子供達はショックを受けて固まってしまう……。

 まだ計算とかは苦手な子が多いようだ。


「ふふ、冗談よ、では今日のお話は何にしようかしら……」


 私がそう呟くと、子供たちが一斉に。


『精霊の恩返しが良い!』

『芋太郎に決まってんだろ!』

『豊穣じいさん!』

『日の神と月の神がいい』

 ……。

 ……。


 子供達は一斉に希望を伝えて来る、皆元気があってよろしい。


「そうね、では今日は『薬草長者』にしましょうか」


 私がそう宣言をすると、子供達は全員がピタっと黙り、こちらの言葉を聞き洩らさないようにと集中をしてくる。


 娯楽の少ない世界だからね……。


 さてと。


 ◇◇◇


「むかしむかしある所に善良だが……」

「善良な男は手に持った薬草を渡し……」

「農民に交換だと言われて貰った野菜が……」

「年老いた冒険者はその腰に佩いた剣を……」

「そうして善良な男は最後には……」

「その成功を見ていた怠け者の男が……」

「押し売りのごとくの物言いに……」

「そうして男の最後は……」

「おしまい」


 ◇◇◇


 私が話が終わりだと言うと。


『すっげー……薬草が最後に家になっちゃった』

『私も薬草を持って歩く!』

『ばっかだなぁこれはお話だっての』

『面白かったぁ』

『シスターレオーネ! このお話の教訓は?』


 子供達の感想の中に教訓を問うてくる物があった。

 私のする話には、すべてそういった教訓を持たせるようにしている。


「これはね、人によって物の価値は違うという教訓を籠めたお話なのよ、自身の価値観が他者も同じであると思っていると何処かで蹴躓いてしまうわ、それこそ物語の中の愚かな男の様な末路にね……貴方達も気を付けなさいね、わかった?」


『『『『『『『はーい!!!!!!!』』』』』』』


 子供達の元気の良いお返事が聞こえる、うんうんよきよき。


「では物語で楽しんだし、次は文字の読み書きのお勉強ね」


 私がそう言った瞬間、子供達の一部が敷布から飛び出して逃げていく。


 ……やれやれ……。


 残ったのは3分の1といった所か、エーリカにアイシャは残っているわね。


 まぁやる気がない子に無理に教えてもしょうがない。

 楽しませる物語の中にも、ちゃんと世間の辛さや教訓を盛り込んであるので、人生の為の勉強にはなっているだろう。


 この世界は世知辛い、奴隷という制度も存在しているし戦争もある。


 風の噂で聞いた話では、奴隷に落ちた少年少女を戦奴として使う事もあるという……。

 知識がなければ、落ちるところまで落ちてしまう可能性があるのが、この世知辛い世界なのだ。


「はい、では残った子達は書字板や墨を準備してね」


 うちにはお金が無いし、未だに羊皮紙が主流な世界だ。


 仕方ないので木の板に、炭と油で作った墨で文字を書き、木の板の表面が全部文字で埋まったらカンナで削る。


 そして最後は竈の燃料行きだ。


 羽ペンの使い辛さはどうにかしたいんだけどねぇ……鉛筆の材料ってなんだっけか?


 敷物に座った子らの前に丸太を置いて、そこに書字板を置き準備万端だ、私は木から吊るされた大きな板に文字を書いていく。


「これが『ア』をあらわす文字ね、アイシャのアでもあるわよ、さぁ書いていきましょう」


「「「はーいシスターレオーネ!」」」


「お勉強をしている時は先生と呼びなさい! それと返事は短く!」


「「「はい! レオーネ先生!」」」


 子供達が書字板へ文字を書いていく、私はそれを見ながら思う。


 今はまだ小学生にも満たない様な授業内容だが、いつか中学生くらいまで……というか私がそれくらいまでしか教えられない!


 もしそれ以上の内容を知りたい子が来たら……人事異動した司祭様のツテでなんとか王都や領都の学校に送り込めないかしらねぇ……。


 日本での知識は何故か薄れないのは有りがたい話だわね。



 ……。



 ……。



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