穏やかな日々
第5話 またそれが起こる
ガバっと上半身を起こす俺……ダンジョンに居たはずなのに周りに木々が見える。
そっか……またあの転生だか新生が起こったのだろうか……あれは一度では終わらないのか……それならと自分の手や体を確かめ……。
「なんじゃこりゃぁ!!!」
手はシワシワ体も鳥ガラの様に細く、自分の前髪を引っ張ってみると何本かが容易に抜けた……それは銀髪……いや白髪だった。
しかもさっきから体の内部から、じっとりとした痛みや重さを感じる。
なんだこの気持ち悪さ……まるで風邪をひいて調子の悪い時の様な……病気持ち?
周りを見回すと近くに水たまりがあるのに気付く。
俺は痛みや重さを感じる体を無理に動かして移動をし、そこに顔を映す……その水面に映ったのは……。
「俺はジジイになっちゃったのか……」
水面に映る年老いた爺さんが俺を見ていた。
そのままストンと裸のまま地面に座り込んでしまった……。
つまりこの気持ち悪さや体の重みは、加齢による物の可能性が……?
ふざけんな!
……もしかしたらまた転生するかもと思ったし、駄目でもまぁしょうがねぇと覚悟をしたさ、でもこりゃねえだろうよ。
こんなジジイで体の節々が痛くて、どうやって生きていけばいいんだよ……。
俺がなんでこんな目に合わなきゃいかんのだ。
日本からこの世界へとやって来る時に神様にでも会っていたのか?
そんな記憶はねぇよ! チートなスキル? 他の平民と同じ祝福ガチャしか……いやこの体でもう一度祝福ガチャをする事が出来るのか?
前の人生の時の能力が残っているのは分かる。
俺は一応神様に拝んでみた、がしかし何もおこらない。
やはり神像が無いと駄目なのだろうか……それでワンチャンすごい能力を得ればなんとか……。
俺は立ちあがって、イタッ、くそ膝が痛い……歩くだけでもきちぃ。
何処かに杖になる様な枝でも、周りを見ると樹木の生い茂った森である、こんな森によく仲間達と肉を求めて狩りにきたっけか。
思い出してみるも奴らに対してなんの感慨も湧かない。
怒りも憎しみも悲しみすら……やはりこの転生は過去の記憶が他人事になるんだよな。
落ちていた手ごろな枯れ枝を見つけて杖にして、大きな葉っぱの雑な腰蓑を作り、靴代わりに葉っぱを足に巻きつけ、街か街道が見えないか森の中をうろつく。
レンジャー見習いは言ってたっけか、素人は迷うから一人では森の奥に入るなと。
こういう事かと納得をする、どちらに進めばいいのかも判らん。
「はぁっはぁっ」
息が切れる、〈水生成〉で水を自分の手の平に出して飲む。
美味い!
この能力があって本当に良かった。
ただしこの体の重さや膝の痛みに〈回復魔法微〉は効かなかった……。
裸足に葉っぱを巻いているだけだから、すぐ壊れて足の裏の皮が傷つく。
そういった傷には効くので、回復魔法を持っていて良かったとは思うけども。
日が段々と落ちて来る……俺はこのまま死ぬのか?
体力も切れて地面に座ってしまうと、もう立ち上がる気力が湧かない。
今使える能力は〈財布〉〈着火〉〈水生成〉〈回復魔法微〉だけだ。
こんな場所で火を焚いて大丈夫だろうか?
だがこの寒さには抗えなく結局火をおこしてしまう。
日が落ちてからはやけに寒いので、今は恐らく秋か冬なのだろう。
パチパチと焚火の音がして、暗くなり吸い込まれそうな森の闇の中へとその音がしみ込んでいく。
これからどうすべきだと考えていると、ガサガサと森の中を何かがこちらに移動してくるのが判る。
俺は枝の先をそちらに向けて何が来るのかを……。
「「「「「ぐるるるるぅぅぅ」」」」」
それは魔物の特徴である濁った赤い目をした、ノーマルウルフの群れだった。
焚火の光が彼らの目に反射をして、闇の中に赤い光点がいくつも浮かび上がる。
焚火の枝を四方に放り投げて明りを確保し、大きな木を背中にして座り込みながら枝を構える。
本心ではもう駄目だと思っている。
だがそうであっても、この思い通りにならない体や状況への憤りを、少しでもウルフにぶつけてから死のうと思う。
「来いよ、俺は動けないんだ、そっちからかかってこい」
俺のセリフの意味を理解した訳では無いのだろうが、一匹の若そうなウルフが飛び掛かって来る。
俺はその大きく開けた口に枝の先を付き込む。
その若いウルフは、自身の勢いでもって枝を体の中に刺していき、息絶えた。
「へっやってやったぜこんちくしょうが!」
枝の先がウルフの口の中に潜り込み一匹倒せたが、もうその枝は使う事が出来ない。
それを理解しているのか群れのウルフが何匹も飛び掛かってくる。
俺はそれに対して、手で顔を防ぐという反射行動しか取れなかった。
……。
……。
――
リザルト
〈財布〉×2 〈回復魔法微〉〈着火〉〈水生成〉
〈魔力+3〉
――
――
ガバっと上半身を起こす俺、周囲を見回すとそこは……街の中だった。
日の射し方からすると早朝だろうか?
何処かの下町っぽい住宅街の道に裸で倒れている訳だ、これはまずいと考えていると声が掛かる。
「あらまぁどうしたのお婆さん! こんな……衛兵を呼んでこようか?」
俺の側に駆け付けたのは、側にあった家から水を汲むために出てきたのか、大きなバケツの様な物を持ったおばさんだった。
バケツを放置して駆け寄ってきた感じだと、悪い人じゃないのだろうけど……。
ん?
お婆さん?
俺は自分の体を見下ろしてみると、そこには……昔は豊満だったのではないかと思える胸に、さらに下半身にはあるべき男の象徴が無かった……まぢか? え?
いや……ええ? ……まじかぁ……。
俺が項垂れていると、おばさんが俺の背中を摩りながら。
「物取りにでも会ったのかい? 何か着せてやりたいがうちも裕福ではなくてね……」
それはそのおばさんの継ぎはぎだらけの服装を見れば判る。
たぶん優しい人ではあるのだろう。
「申し訳ありませんが物取りに身ぐるみを剝がされてしまって、何か着る物を売って頂けませんか? 物取りには私に〈財布〉能力がある事には気付かれなかったので、そこからお金を支払いますので」
俺の〈財布〉は2個分の容量があり、ダンジョンで冒険者として稼いでた頃は貧乏だったが、服一枚分くらいはどうとでも成る貯蓄はある。
「ならうちの家で着替えるといいよ」
側の家に案内をされた俺、その狭い家は玄関に入ってすぐ台所と居間があり、奥に部屋が一つだけあるような小さな家っぽい。
おばさんは奥の部屋でごそごそと何かを探ってから、その手にボロくて地味なワンピースの様な物を持ってくる。
「こんな物しか無いけどいいかい? それに申し訳ないけどタダで渡せるほどうちは裕福じゃないんだ……」
素っ裸よりはましです。
「いえいえ、ええと相場はいくらくらいかね?」
女性の服なんて判らんからなぁ……男のボロボロの服なら大銅貨数枚って所なんだが。
「大銅貨5……いや2枚でいいよ、お婆さん」
たぶん値段的に下げ過ぎてる気がするなぁこのおばさん。
「そうかい? ではこれで」
俺は〈財布〉から大銅貨を7枚ほど出しておばさんに渡すと、受け取ったワンピースを着ていく……初めての女装だな……いや体が女ならこれが普通なのか……。
「ちょいとお婆さん、これじゃ多いよ! 物取りに会ったんだろう? これから先の為にも無駄遣いはやめときなさいってば」
おばさんが大銅貨を5枚程返してこようとするが、俺はそれを拒否する。
「いいんだよ、こんな知り合いでも無い婆さんを助けようとするなんて、優しい人にはちゃんとお礼をするべきなんだろうけどねぇ……いつかもっときちんとお礼をしに来るからね、おばちゃん」
おばちゃんは大銅貨を持っていた手を引っ込めてくれたが。
「それなら有難く貰っておくけども……私より年上のお婆さんなのに私をおばちゃんなんて呼ぶなんて、頭でも打ってるのかしら?」
あ、やっべ。
「ああそうだったね、ちょっとボケが来てるのかもしれないねぇ、私の名前は……レオーネだよ、優しい貴方の名前を聞いていいかい?」
「私かい? 私はマリア、よろしくレオーネ婆さん」
挨拶をした後にマリアおばさんに水を張った桶を用意して貰い、自分の顔を見てみた。
長い白髪のお婆さんで……なんだか貧乏教会の孤児院で世話になったシスターを思い出す面影だ。
マリアおばさんに髪を纏める為のヒモを貰い、うなじの後ろあたりでまとめる。
そうしてマリアおばさんの家を出ていく俺。
彼女には俺の家まで送ろうかと言われたのだが、そんな物は存在しないからな、丁重にお断りをした。
俺はシスターの事を思い出したのも有り、この街にある教会の話をマリアおばちゃんに聞いておいた。
この街には教会は一つしか無いがダンジョン側の街という特性のせいか、回復魔法を求めた冒険者が訪れるという。
そして例の如く、貧乏で運営が厳しいらしいという話もセットで教えて貰った。
冒険者は教会に余分に寄進とかするような性分してないからな、裕福な商人や貴族が多い場所の教会は儲かってるみたいだが……。
寄進を儲けと言う時点で、俺も冒険者側だよな。
そうして途中のお店やなんかで、下着やらを買い足してから教会に辿り着く。
女性用の下着って着づらいのな……。
その教会は敷地だけは広いが建物はぼろく、横に併設された孤児院もぼろぼろだな……貧乏教会を思い出すね。
俺や仲間と一緒に金を出し合って少しづつ直したもんだよ、まぁ直す側から別の所が壊れるのが笑い話になるんだけどな。
お昼頃なのに誰も礼拝をしていないぼろっちぃ礼拝堂を訪れる。
誰も居ないのでチャンスだと、俺は神像の前に跪き……関節の節々がいてぇんだよなこの体……前の爺さんの体の時よりはまだちょっとましなんだけどよ。
ありゃぁ80歳以上に見えたがこの体は70手前って所か?
そうして。
「今日も生を得る事が出来る事を創造神に感謝をし祈りを捧げます」
毎度の文句を唱えて祈りを捧げた、すると。
光の玉が一つだけ出て俺の中に入っていく……〈財布〉か……3つ目じゃんか。
いや容量増えるからいいけどね、これで硬貨60枚くらい入るのか、もうへそくりの残りが銀貨3枚分くらいしか残ってねぇけどな……。
教会関係者の人を探し、建物の奥にいた中年司祭さんに教会に置いて貰えないか交渉をした。
勿論交渉材料は〈回復魔法微〉だ。
司祭様の荒れた手にそれを使って見せると、中年の彼は大層喜んで俺を……私を雇い入れてくれた。
私は女性になったんだし、思考もそれに寄せていこう、ボロが出ちゃうと嫌だし……。
司祭様も〈回復魔法小〉を持っているが、夕方になると冒険者がぞろぞろとやってきて魔力が足りなくなる事があるらしい。
下働きに中年の未亡人を二人雇っているが、そのどちらも魔法は使えず、孤児院の運営や掃除やご飯を作って貰うだけなのだとか。
助祭や修道士は一人も居なかった……儲けが出ない教会だからワンオペにされているのだろう。
この街の側にあるダンジョンは俺がゴブリンにやられた所で、低級冒険者向けだから、ここらの冒険者は貧乏な奴が多いんだよな。
そうして私の教会での下働きの生活が始まる。
体は恐らく70歳前後で、寿命まで生きてもそんな長い時間はかからないだろう。
それならば、お世話になった貧乏教会のシスターを思い出して、あの人の真似をしてみようと思う。
俺自身はあの人の事をちょっと偽善者と思ってはいたんだが……。
為さぬ善より為す偽善ともいうし、尊敬もしていた事は事実なんだよね。
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