6 ファースト・コンタクト
「あら? 今回はお客人がいるのね」
「はい。火の神様です」
「……」
またしても神扱いをされたにもかかわらず、ホムラは口を開くことがかなわなかった。なにせ蝙蝠から変化して降り立った少女は、彼の人生中でも一二を争う美女だったのだ。
目鼻立ちはくっきりとして、瞳の光が力を感じさせる。肩で切り揃えられた髪は、ホムラの炎で映えて神々しい。体つきは淑女らしく慎ましいものだったが、機能美という点ではなに一つ劣るものではなかった。
「天使……」
「蝙蝠ですけどね。火の神様」
「俺は人間だ」
思わず口走った言葉に、蝙蝠の娘はたおやかに切り返してきた。真実天使かと見まごうような振る舞いだった。ホムラは目をそらし、ぶっきらぼうに応じてその場をごまかした。
「神様、照れてる?」
「『
「むぐ……」
ホムラは言い返せず、モゴモゴと唸る。なにも美女と会話したのが初めてというわけではない。わけではないのだが、目の前に立つ美少女には、どこか惹かれるものがあった。
「まあいいわ。自己紹介するわね。私はシャーリーン・バット。よろしく」
「なるほど、文字通りにコウモリ、か」
「コウモリじゃないわよ、バカね」
「よく言われる」
ホムラは照れ隠し混じりに。シャーリーンはどこかからかうように。二人の初対面は、ぎこちなくもつつがなく終了した。船頭役の少年に促される形で、二人は船に座り込む。ホムラは再び怒りを思い、灯していた火に勢いを与える。その間、船頭と少女は何事か話していた。漏れ聞こえる声からするに、今に至るまでの経緯だろうか。
「なるほど。神様扱いされるわけね」
シャーリーンが、口を開く。ホムラは努めて、彼女を直視しないようにしていた。見張りというのが、ちょうどいい名目だった。
「アンタまでそう言うのか」
「いいえ。貴方の主張は尊重するわ。ただね。我が国……火王国に伝わる神の姿に、かなり似通っているのよ」
「
二人の会話に、少年が割って入る。彼にも仕事がある以上、ホムラは指示に従う他ない。船べりをギュッと掴むと、船がにわかに加速した。小舟と櫂で、出せる速度ではない。
「おいおい。これは」
「彼から聞いていないの? 潮目を操り、船足を早めているのよ」
「あー……一応聞いてはいたが」
予想よりも早いという言葉を、ホムラは飲み込んだ。あまり詳しくはないが、エンジンの付いた漁船ぐらいの速さはあるだろう。遠くにほの見える景色が、それなりの速さで流れていく。
「貴方、異邦人よね。どこか遠い場所から来た、神の似姿」
言葉は、唐突に放たれた。
「……遠い場所、だぁな。神かどうかは置いといて」
ホムラは答えた。この世界の手がかりが、目の前に転がっている。そんな予感を、彼は抱いた。彼はおもむろに、口を開く。舳先で潮目を見ている少年は、あえて無視することにした。
「昔から悪い奴や行為を見るとカーッと怒りがこみ上げる人間でな。色々と損をしてきたが、とうとうソイツが祟って死んじまった」
「なるほど。……さっきは勢いで言ったけど、その」
「バカだよ。昔からよく言われた」
ホムラは髪を掻く。言われ慣れてはいても、自分から言うのは少々腹が立つ。とはいえ、認めることはやぶさかではなかった。
「死んじまった……いや、実際死んだのかはわからんが、気付いたら浜辺で寝ていた。正直認めたくはないが……元にいた場所は途方もなく遠い気がする。そうだな……違う星、みたいな感じだ」
ホムラは、空を見上げた。照らされる星々は、やはり変わらない。『異世界』という言葉を持ち出すのはやめておいたが、どこまで話が通じるだろうか。
「やはり異邦人なのね。ああ、普段は伏せておいたほうがいいわよ。面倒のもとになるから」
「……通じるのか」
「いろいろとあるのよ」
思った以上の手応えに、ホムラはあんぐりと口を開けた。
「意外、といった感じね」
「当たり前だ。話がすんなりすぎる」
「予備知識があるからよ」
少女が、船べりに身体を添えた。風が髪を撫でていき、ほのかに揺れる。その表情に『女』を感じて、ホムラは少しだけ視線をそらした。しばらくの無言が続くと、船足がだんだんと鈍っていった。
「……近いのか」
「近いわよ。火王国の都に。あの子から聞いたわよ。行く宛がないなら、ちょうどいいんじゃないかしら」
少女が、くすりと笑った。
「ひと仕事を終えてね。逃げて来たのよ。国に害をなす、悪辣な面々がいたの」
「……コウモリ変化に、予備知識。さてはアンタ」
「詳しくは後から。と、言っても気になるでしょうし、少しだけお話するわ」
シャーリーンが、まっすぐにホムラを見る。ホムラも視線を、しっかりと受け止めた。
「この大陸は、ゴギョ大陸。もうちょっと他にも大陸や海があるけど、全体を示した総称はまだない。かつて魔族を打ち払い、今に至るまでおおよそ人によって構築されてる大陸よ」
「ふむ」
「貴方の炎はともかくとして、ゴギョ大陸にはその手の能力者がそこそこいるわ。例えば風、あるいは水。そんなのを操る能力が、ゴロゴロあるわ。あそこの『船屋』なんかは、
「本人は、それを」
知らないでしょうね。シャーリーンは、涼しげにそう言った。
「私は善人でも、奇特者でもない。多くの中からこれはって人を見出して、お金を払って使うだけ。彼もまた、私の眼力にかなっただけよ」
もしかしたら、私にもそういう力があるのかも。シャーリーンは、風に言葉を流していく。
「コウモリ変化に眼力、確かな知識、ってか? 完璧、ここに極まりだな」
ホムラは苦笑した。彼にとっては、羨ましさを通り越して、呆れたくなるような相手だった。しかし、だからといって離れる選択肢はなかった。今のところ、この大陸で唯一の手がかりである。離してしまえば、行き倒れだ。
「そうでもないわよ」
シャーリーンは、苦笑いを見せた。ホムラにとっては、想定外の顔だった。
「蝙蝠はね、魔族の係累の成れの果てなの。血混じり、あるいは呪い子。先祖に混血が居るかに関わりなく、幾万人に一人かの確率で現れる。人に対しての、永遠の呪い」
「……そいつぁ」
「姉さぁん」
ホムラが言い掛けたところで、間延びした声が割って入った。聞いていたのか、いなかったのか。確認する術は、ホムラにはない。船頭役の少年が、こちらへ近付いて来た。
「そろそろ河口に着きまさぁ。船着き場は無理なんで、後はいつものように」
「ええ。ご苦労さま」
器用に立ち上がった少女が、船頭の手をキュッと握る。ホムラはその手に、ほのかな黄金を見た。
「これ、いつもより」
「いいのよ」
少年が声を上げようとするのに対し、シャーリーンは首を横に振った。少年は少女とホムラを交互に見た後、真剣な顔になってうなずいた。
その後は、誰も無言だった。火を消して河口に船を近づけ、慎重に、しかし速やかに街へと下りた。ホムラも二人に促される形で、そそくさと船を降りる。一連の行動が終わると少年は、言葉も少なに河口を離れた。小舟には容易ならぬ速度で、その姿が消えていく。
「行っちまったな」
「縁があれば、また出会えるわよ」
寂しさを込めて見送るホムラに対し、シャーリーンの態度はサバサバしたものだった。彼女は小さく笑い、言葉を続けた。
「まあ、縁は繋がるんじゃなくて、繋げるものなんだけどね」
「……?」
ホムラは、顔をキョトンとさせた。そういえば、流されるままに船を降りてしまった。自分は、一体なにに巻き込まれている? 混乱し始めたホムラをよそに、シャーリーンが先刻のそれとは異なる一礼を披露した。
「わたくしの名は、シャーリーン・バット」
「それはさっきも」
「火王国公爵・ランドルフ・バットが子の一人」
「!」
ホムラは、背筋をピンと伸ばした。内々に抱いていた予感が、的中した。彼は次なる言葉を待つ。最悪の場合、非礼のかどで死に至りかねない。脳内に様々な考えが渦巻く中、彼女は冗談めかして言葉を続けた。
「火の神様。このような場所で立ち話もなんですし、わたくしの屋敷へと参りませんか? お話できることなら、全てお話いたします」
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