第2話 場所は日の丸の真下

 暗い夜。星が登った。

 僕は祈る。


「明日は良い日になりますように」


 心を削って生きている。これはいつ終わるのだろうか。


 数百年前。ある科学者が言った。


「神はいない。

 神がいるという人間よ。私の前に出てこい。

 神はなぜ善人を助けない。

 神はなぜ悪人を裁かない。

 神はなぜ不幸をつくった。

 神はなぜ?

 神はなぜ?

 神はなぜ?」


 この科学者の言葉は重い。


 彼の発見した技術。それのせいだ。人類の九割が奴隷と化してしまった。

 科学者はこの言葉を残し、三九歳という若さでこの世を去った。死因は不明。



 世界六割の人間は同じ職業だ。

 隣にいる友人の情報を伝える仕事。

 完全歩合性。

 報酬の高い情報とはマイナスの情報。

 報酬の低い情報とはプラスの情報。


 眠っても消えない疲れ。

 眠っても消えない不安。


 僕は浅い眠りについた。

 明日も心を削る仕事が待っている。



 出勤するために人混みを歩く。

 人の悪口を上司に報告する仕事。もちろん家で全てを終わらしている同僚もいる。しかし僕は出勤する。出勤するだけで、多少ではあるが報酬が貰えるからだ。


 電車という交通手段はだいぶ前に廃止された。時間通りの運行が困難になった。それが電車を廃止にした政府の言い訳だった。


 実際は違う。


 何百人という人間とすれ違う。会話の内容を盗み聞きする。それを密告する。さらに密告する。さらに密告する。


 そんな交通手段を利用する人間は消える。人が集まれば不平不満が充満する。


 これが真実。


 職場に到着。全員が暗い顔をしている。


「おはよう!」


 いつもの奴がデカい声で挨拶をしてきた。


 ここで唯一明るい人間。声だけでなく体も大きい。しかも、僕と違って女性に人気。

 こいつは眩しい。こんな暗い世界だからこそ、より一層眩しい。


 僕の隣の席に座る。


「顔色悪いぞ!これでも食べろよ!」


 彼はカバンの中から梅干しを出した。


「クエン酸は体に良いらしいぞ。カフェインなんかじゃ疲れは吹き飛ばないらしいからな!」


 彼は梅干しを一個食べた。酸っぱそうな顔をしている。


「くぅぅぅ!これこれ!

 ほら食え食え!」


 僕も一個、梅干しを食べた。

 酸っぱい。でも美味しい。クエン酸が胃に染み渡る。人の優しさも心に沁み渡る。


「君は良いよね。この世を変えられるかもしれない権利を持っているんだからさ。

 僕は持っていない。今後も持つことはないだろうしね」


 優しくしてくれた彼に嫌味を言ってしまった。

 それでも彼は笑ってくれる。


「貴重な一票だよ。

 私は君と同じ労働者。支配されている側だよ。

 安心しろ。変えてやるよ。こんな世界は嫌だもんな。時間はかかるだろう。

 革命を起こしてやるよ」


 選挙は存在する。しかし歴史で学んだ選挙とは少し違う。細かい事をあげれば多々ある。しかし圧倒的に違う一点。


 一人一票選挙権がある昔。

 選ばれた人間にのみ選挙権がある現在。


 彼は選挙権を持つ、数少ない人間である。


 僕は昼食を一人でとる。他の同僚も一緒。


 考える。


 彼は革命を起こすと言っていた。きっと仲間がたくさんいるのであろう。


 現政府に反する動き。これは計画した時点で犯罪になる。これを通達すれば高い報酬を得られる。しかもその人間が、選挙権を持つエリートだ。


 悩んでいる。

 優しい、明るい彼。


 眠れない。またその原因が増えた。


 夜になる。

 会社から自宅への帰り道。

 空には星。歩きながら眺める。


 昨夜と同じ。また星が下から上へと登る。

 何個も何個も登る。


 決めた。

 僕も悪いと思っている。しかし許してほしい。

 上司に、あの優しい同僚の件を報告する。

 決めた。

 もう決めた。


 電話を手に取る。


 震える手で報告した。


「お疲れ様。了解」


 短い返事が帰ってきた。


 アルコールを大量に摂取する。

 糖分を大量に摂取する。

 カフェインを大量に摂取する。

 今の僕はヤバい。脳が正常に動いていたらヤバい。耐えられる訳がない。


 意識がぼやける。脳が止まり始める。いつも通り考える事が出来ない。


 これで良い。

 これで良い。


 僕自身に言い聞かせるしかない。


 目の前に人がいる。透き通るように薄い、青色の人間。

 幻覚まで見えるなんて、飲み過ぎた。


「そんなに苦しまないで下さい」


 そいつが僕に話しかける。

 幻聴まで聞こえる。


「もう苦しんでいない。いない…。ウグッ。ウグッ。

 うわぁぁぁん!うぇぇぇぉぉあん!」


 大人でも泣く。僕は大泣きしてしまった。


「そんなに泣かないで。大丈夫ですよ」


「なんでだよ!なんでこんな腐った世の中なんだよ!

 僕は嫌だよ!もう嫌だ!死にたい!死にたいよ!」


「負の気持ち。マイナスの気持ち。ネガティブな気持ち。つまりは人の不幸。

 それが美容と健康に良いと、食す生き物もいます」


 僕は、ただ、ただ泣くのみ。


「私たちも同じようなものです。

 正の気持ちを食す私たち。

 あなたを助ける理由は同じです。私たちも同じ。自分の食事のためにあなたを助けるだけです」


 どうでもいい。そんなことはどうでもいい。助けてほしい。不幸よりも幸せになりたい。


「好きなだけ食べれば!

 だから助けて…。

 助けて…。助けて…」


「私も苦しいです。

 みんなが笑顔でない世界は悲しいです」


 そこから意識がなくなった。


 ずっと、ずっと、ずっと。永遠のように意識がない。


 寝ているようである。たまに夢を見る。しかし本当にたまに…。


 あの苦しみから解放された。

 今はとても幸せだ。


「やっぱり正のエネルギーは美味しいね」

「うん。ここだと負のエネルギーが多すぎるよね」

「でも不思議だよね」

「うん。不思議だよね」

「死ぬことで幸せになるなんて、私には考えられないな」

「うん。不思議だよね」

「死は生の価値を上げるためのシステムだと思っていたよ」

「うん。僕もそうだよ。でもこの星にいる人の大半は違うよね」

「生が死の価値を上げているようにみえるよね」

「うん。不思議だよね。

 もう食べても良いかな」

「いただきます」

「いただきます」


 変な夢をみた。

 まぁ、どうでも良い。


 やっとあの不幸から解放されたのだから…。



 自由とは不完全である。


 僕の目の前に文字が浮かんだ。しかしそれはすぐに消えた。

 まぁもうどうでも良いや。

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登り星 @colo1212

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