登り星
@colo1212
第1話 場所は日の丸
「明日は良い日でありますように」
僕は祈る。
別に仏教徒でもなければキリスト教徒でもない。
しかし祈る。
ただ祈る。
「今日はありがとうございます。
無事に死なずにすみました。本当にありがとうございます」
神を信じている。それはヤハウェ、ブッタ、イエスという有名な神ではない。
僕は神学を学んでいない。だから分からない。
どれが本物で、どれが偽物か。
それとも全部が本物なのか。全部が偽物なのか。
僕は何も分からない。
しかし神がいると信じたい。そして助けてほしい。
そのまま眠りに落ちた。
夜中に起きる。しかしまたすぐ眠る。そしてまた起きる。これの繰り返し。
朝が来てしまった。
軽くご飯を食べる。あまり喉を通らない。食欲はない。
初めての一人暮らし。
初めての会社員。
初めての都会。
初めてづくしの三ヶ月だった。
「もう限界かも…」
独り言。
自分でアイロンをかけた白いシャツ。しわくちゃで怒られた事がある。だからアイロンをかける。睡眠時間を削ってでもかける。
定期的にクリーニングに出すスーツ。スーツは全部で三着もある。嫌いな上司と、無駄な時間を使って、無駄なスーツを一緒に買いに行った。
「行ってきます」
誰もいない部屋。行ってらっしゃい、とは言われない。
実家が懐かしい。
扉を開けて外に出る。
目の前に化け物がいる。
「はじめまして。君の願いを叶えにきた者です」
言葉が出ない。開いた口が塞がらない。呼吸をするのも忘れている。
「そんなに警戒しなくても良いですよ」
目の前にいる化け物が言葉を話している。
鳥のような顔をしている。しかし鳥ではない。二足歩行で言葉を話す。両手両足。まるで人間。しかし顔は鳥。
「私は苦しんでいる人を無視できない。あなたを助けたい」
やはり言葉が出ない。
「安心してください。とりあえず、今日はいつも通り会社に行ってください。
安心してください。私があなたを助けます」
やっと息を吸えた気がする。
「それじゃ、とりあえず行ってきます」
鳥人間は微笑んでいる。
僕は軽く頭を下げて歩き出す。
「行ってらっしゃい」
その言葉一つで助けられた。
いつも通りの朝礼。しっかり嫌味を言われる。何をしても怒られる。重箱の隅を突くような注意。
元気はうるさい。静かは暗い。僕はどうしたら良いんだろう。
「昼までにしっかり資料を作っておけよ。こんなの本当なら一時間で終わるはずだからな。昼でもだいぶ大目に見てやっているんだ。だから……」
三〇分はグダグダ言われた。いらない嫌味。こんな事をされてモチベーションが上がるやつがいるのだろうか。下がるだけじゃない。負の気持ちで一杯になってしまう。
「ゴクリ。いけ」
頭の中から声が聞こえる。
「そんな奴は自業自得だ」
この声は朝の鳥人間。
「あなたは何も悪くありません。
ゆっくりと。そしてばれないように。その人間の携帯電話を床に置きなさい。そしたらきっと良き方向に進みますよ」
机の上の携帯電話をそっと取る。言われるがまま床に置いた。誰も気がつかない。
なんとなく気分が晴れた。こいつの携帯電話を床に隠しただけだが、胸が少しスッとした。
僕は本当に情けない。
嫌味を定期的に言われる。こいつはヒマなのだろう。本当に鬱陶しい。
なんとか昼までに終わった。こんなの一時間で終わる訳がないだろう。この後が嫌だ。またあいつの所に行かなければいけない。
あぁ、マジで鬱陶しい。
「おい。あれ見てみろよ」
先輩が話かけてきた。
あいつの周りに女の人達が群がっている。
「あれどうしたんですか」
「あのエロオヤジ。盗撮していたらしいぞ」
「盗撮ですか」
「あぁ。床に置いたスマホで堂々盗撮。ずっと動画回していたらしいぞ」
「えっ!」
「本人は全否定。たまたまだってさ。
でも少なくとも半年前から盗撮してたっぽいぞ」
胸がスッとした。
頭がスッキリした。
気分が穏やかになった。
昼食をとる。周りでも盗撮事件の話をしている。
酸素がよく吸える。昼食後、気持ちの良い睡眠。三ヶ月ぶりだ。本当に気持ちが良い。
「負のエネルギーは美味しいね。栄養価も高い。健康と美に良い」
「こいつの負のエネルギーはなかなかだね。まだまだ絞り取れそうだよ」
「一般人より純度が高い。最高の負だよ」
「なかなか良い食べ物を探せたね」
「ここ地球だと結構楽に手に入るよ」
「さすがは地球。あのクズ達の畜産場って噂は本当っぽいな」
「大丈夫なのか。あいつらを敵に回すと面倒だぞ」
「これぐらいなら文句は言ってこないよ。あいつらだって、俺らと敵対したい訳ではないだろう」
「このガキの次は?」
「あの盗撮ジジイ。あいつも三ヶ月後には極上の負を作ってくれるよ」
「良いねぇ」
「あのガキはまだまだ負を抱えている。その原因達はまだまだある。あの盗撮ジジイみたいにタネを植えるよ」
「あぁ、極楽だな」
「あぁ、地球の負は最高だよ」
僕は目を覚ました。一五分程しか寝ていない。しかしスッキリしている。
最高。
最高。
何か夢を見ていた。何も覚えていない。どんな夢だったんだろう。気分は最高。きっと良い夢だったんだろう。
鳥人間はすごい。
言われた通りにした。
それだけ。
それだけで僕は救われた。
神。
簡単に使いたくない言葉。しかし鳥人間は僕からしたら神。
本当に救われた。
ありがとう。神のような鳥人間。
その日の夜。
鳥人間はいなかった。
その代わり、声が聞こえるようになった。僕の声も届けられるようになった。
僕を救ってくれてありがとうございます。
星が上から下へ流れる。
上から下へ。
地球も同じ。
上から下に落ちる。
それが地球の常識である。
下から上へ登る事はない。
自由とは不完全である。
僕の目の前に文字が浮かんだ。
「自由とは不完全?どういう意味だ?」
僕は呟く。
その文字はすぐに消えた。
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