3-4 街歩き
バリッと小気味良い音を響かせ、ソーセージを食い千切る。たっぷりと溢れ出した肉汁が硬めのパンに染みていく。熱いうちに頬張れば、吐息が一層白くなって宙に漂う。シンプルに塩で味付けした煮込みは、肉や茸の旨味がしっかり溶けていて味わい深く、器一杯では足りないようだ。
立ち食い用のスタンドを見つけ、三人は買ってきた料理で宴会を広げていた。無言のままガツガツ貪るグウィードを見てはエアロンが顔を顰め、焼いた肉の柔らかい所を選んで突いている。ホットワインを啜る
「グウィード、食べ過ぎじゃない? どんだけ食べるのさ」
「だって、旨いぞ」
「そうかなぁ? 普通じゃない?」
「こういうのは外で食べるからより美味しく感じるんですよ、エアロン。もっともグウィードはグルメと対極の存在ですから、あまり関係ないかもしれませんが」
「あ? なんだと?」
グウィードは好好を睨みながら、プレッツェルに齧り付いた。
「それより、好好、俺たちこんなに堂々とゆっくりしていていいのか?」
「んん、それじゃあそろそろ行きましょうか。グウィード、それ早く食べちゃってください」
好好は煮込み料理の器を押し遣り、自身は揚げた芋の処理に取り掛かった。
「えー? 好ちゃん、僕、あっちで売ってた筒状の焼き菓子みたいのが食べたいんだけど」
「はいはい、それは買って帰ってお家で食べましょうね。じゃ、器を返しに行きがてら移動するとしましょうか。あ、このコップ、記念に持って帰ります?」
「いらないよ。重たいじゃん」
三人は雑踏に紛れ込んだ。
中央広場では屋台が背中合わせに列を作って並んでおり、小さな商店街ができていた。食べ物の他にもクリスマスの飾り付けや食器、色とりどりの蝋燭など様々なものが売られている。どの店もモミの枝や柊、キラキラ輝くオーナメントで飾り付けられており、行き交う人々の上に暖かな光の粒を散らしていた。
広場の突き当りには簡易のステージが組み立てられている。現在は地元のジャズサークルが音楽を奏でているが、今日明日は時間帯によって様々な催しが企画されているようだ。
ステージイベントの目玉は、何と言っても神官セメイルの奇蹟――それにあやかろうと、手作りのブロマイドや特集雑誌を扱う物売りも散見される。
「こっちは明日見に来ましょうね」
三人は広場の喧騒を後にして、町のメインストリートを歩いて行った。観光客の流れも彼らと同じ方向へ向かっている。やがて左右の商店が民家へと変わり、木々や畑が目立ち始めた。
鬱蒼とした木立の入口に看板が立っている。エアロンはそれを読んだ。
「ここがその修道院?」
「そうですよ。ああ、やっぱり今日は賑わってますねぇ。セメイル様の熱心なファン――じゃなかった、信者の方が巡礼に来るんですよ」
修道院へ続く道はまだ葉を落とし切っていない木々によって閉ざされており、道は落ち葉で覆われていた。今日は特別人の往来があるからいいものの、普段は閑散として淋しい道だろう。視界の隅をリスが駆けて行った。
「そういえば、なんで修道士じゃなくて神父に化けてるの?」
「本当は修道院を狙っていたんですが、さすがにそこは色々と厳しくて潜り込めませんでした」
「へー。そんなに厳しいんだ?」
「修道院にも色々流派がありますが、ここは特にヴァチカンの総本山と関係が強いんですよ。つまり、教皇直々に息が掛かっているというわけですね。それがまたきな臭いと」
修道院は木々を抱えるように聳え立っていた。背丈より高い塀で囲まれており、決して開放的とは言えない造りだ。立派な門が正面にあるが、今日は中には入れないらしい。大勢の観光客が外観を眺めたり、門の隙間から中を覗き込んだりしている。
「あれ、見学できるわけじゃないんだ」
そう言うエアロンの口調には全然残念さを感じない。正直なところ興味はなかった。グウィードに至っては一通り建物を見回しはしたものの、以降は森の方を眺めている。
「そりゃあ、今は神官様ご一行が宿泊されてますから。いつもは礼拝堂まで入れるんですけどね」
三人は「ふーん」と言って引き返した。
「次は私の勤める教会をご案内しますね。小ぢんまりしていい教会ですよ」
「あ、そっか。神父様なのに教会にいなくていいの?」
「今日のミサは終わりましたからね。今は見習いの子たちが留守番してくれているんで大丈夫です」
グウィードがぽつりと呟いた。
「……俺、好好がミサやってたら絶対信仰やめると思う」
「えっ、失敬な。私の説教は身に迫ってるって評判なのに」
好好の教会は修道院から遠くなかった。町外れにあり、民家と然程変わらない大きさしかない。一応目の前は広場のように開けてはいるものの、そこだと知ったうえで行かないと見落としてしまいそうなほど地味だった。
広場に足を踏み入れかけたところ、グウィードが二人を制した。
「おい、ちょっと待て」
乱暴に建物の陰に引っ張り込まれ、好好が不満の声を上げる。
「んもう、なんです?」
「教会の前に誰かいるぞ。あの制服はさっき神官の行列で見たやつだ」
エアロンも背後から目を凝らした。
「ヴァチカンの近衛兵かな? 好ちゃん、お迎えじゃない?」
先程までの楽観的な様子はどこへ行ったのか、好好は心なしか蒼褪めている。エアロンはグウィードに目配せをした。グウィードが頷いてその場を離れる。
「うう、単に神官様が挨拶回りに……」
「ないだろうねぇ」
「嫌だなぁ。行きたくないなぁ」
エアロンは素っ気無く肩を叩いた。
「何事もないことを祈ろうよ」
「その神様から目を付けられているんですけどねぇ」
好好が独りで近付いていくと、近衛兵たちも彼に気付いた。そのうちの一人が歩み出てくる。その男は冬空のようなくすんだ色の長髪を一つに束ねていた。
「クリストファー・イングリス神父ですね?」
偽イングリス神父は怯えを懸命に抑えながら頷いた。
「はい、私ですが。何か……」
「ヴァチカンスイス・ガーズ、神官近衛部隊のタウォード・スベルディスと申します。イングリス神父に二、三お伺いしたい事がございます。少しお時間をいただいても?」
そう言う男の目は好好に選択権が無いことを告げていた。
「中で話しましょう――人に聞かせるような話ではありませんので」
偽神父は小さく頷き、大人しく近衛兵の後に付いて教会へ入った。
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