1-20 メルジューヌの伝言

「じゃ、次の仕事が始まるまで、エアロンを頼むよ」


 椿姫つばき主任がぽんと肩を叩く。グウィードは道の脇に立ち、車に乗り込む彼女を見送っていた。運転席のヴィスベットは意識してこちらを見ないようにしているようだった。


「〈アヒブドゥニア〉に預けるんだろ? 船長がいれば大丈夫じゃないか? あの人は保護者っぽいところあるし」

「どうだろうね。ま、あたしやあんたたちといるよりはいいさ。エアロンには早く復活してもらわないと困るんだよ」


 そう言う横顔はなぜか険しい。グウィードは彼女の行き先を知らなかった。荷台に積まれた荷物は短期旅行の量ではないとは思ったが、彼は自分が詮索できる身分でないことを心得ていた。

 彼の周りには、彼よりも頭の良い人間が沢山いる。考えるのはグウィードの仕事ではない。彼はただ指示に従っていればいいのだ。

 だから、主任にを口止めされた時も、グウィードは素直にそれに従った。



***


 大橋の袂に着いたとき、例の三人組が乗った車とは別の車がそこにいた。橋を塞ぐように中央に停車した、一台の自動車。車窓が細く開き、そこから銃口が複数こちらを睨んでいた。


 その前に立つアジア人の男。先程グウィードと殴り合った男だ。距離を置いてバイクを停めたグウィードに対して、その男は言った。


「お嬢様からの伝言だ。あの男に伝えろ――」


 男は真っ直ぐ川の上流を指差した。

 霞の向こうに吊り橋が見える。かなり遠いため細部はわからないが、その上に人影があることは見て取れた。

 頭から空中に投げ出される長身の影。その背格好、今朝見たばかりの上着の色を、グウィードが見間違えるはずがなかった。


「エアロン!」


 バイクを捨てて上流側に駆け寄った。椿姫が何事かと立ち尽くす。グウィードは男が車に乗り込む音で振り返ったが、車は既に向きを変えていた。


 その時は気にも留めなかったのだ。

 去って行く車の窓に見た横顔を。



***


「エアロンに余計なことは言うんじゃないよ。なんだか様子がおかしいから」


 病院でエアロンを見てきた椿姫が、グウィードを隅に呼んで囁いた。


「余計なことって?」

「あの『伝言』のこととか。彼らが何者かはわからないけど、もう関わらない方がいいと思うんだ。わかったね?」


 彼女が何を危惧しているのかはわからないが、彼らに関わらない方がいいというのはグウィードも賛成だった。


「わかった」


 彼はその言い付けを守った。塞ぎ込んで苛々している相棒を見ていると、その判断は正しかったと思う。


「じゃあ、行ってくるから」


 椿姫主任が窓を閉める。「気を付けて」と声を掛けるグウィードに、彼女は微笑で答えた。車を見送り、月明かりの下を歩きながらグウィードは呟く。


「言えないよな。俺にも何がなんだかわからないし」



***

 

 また会いましょう。

 きっと遠くないその日を楽しみにしているから。


 エルブールから遠く離れた道中、車窓に映る自分の影を眺めながら、メルジューヌ・リジュニャンはにっこりと微笑んだ。


「あなたに会えるのを楽しみにしているわ、エアロン」


 あなたの物語が、ここから始まるの。

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