1-14 作戦会議
簡素な小屋は四人が入るといっぱいになった。
食卓にはエアロンとグウィード、ベッドに
「で? あたしの指示を聞いていなかった訳じゃないだろう? 今晩は外出禁止と言ったはずだ」
相手はこちらに比べると遥かに小柄なのだが、その黒い双眸に見据えられるとこちらが縮んでいくような気がした。エアロンはつんとそっぽを向き、グウィードはもぞもぞと落ち着かなさげに背を丸めている。
「すみません、最近耳が自我を持ちまして。勝手に情報の取捨選択をするようになったんですよ」
「あたしの耳もあんたの言い訳なんか聞きたくないって言ってるよ。もっとマシなことは言えないのかい?」
「……ちぇっ」
エアロンが睨む。
「じっとなんてしていられないんですよ。僕は奴らの計画を暴きたいし、場合によっては妨害するつもりです」
「へえ、随分と積極的じゃないか。あんたはもっと薄情だと思ってたけど? 町長が殺されたことがそんなに頭に来たのかい?」
「そういう訳じゃない。ただ、なんだか嫌な予感がするんだ。悪事を暴きたいとかそんな善良な感情じゃないけどさ、このまま見過ごすのは僕の気が収まらない」
主任はただ彼を見ている。今日だけで何度か見せたこの表情が何を意味するのかはわからないが、エアロンには彼女の真意を読む気など端から無かった。
「ふぅん、そうかい。あんたもかい、グウィード?」
グウィードはうっと息を詰まらせる。向かいではエアロンが睨んでいた。
「……俺も、あいつらは放っておくべきじゃないと思う。あいつらは人殺しだ。それだけでも十分捕まえるべき理由になる」
「それは警察の仕事だろう? あんたたちが首を突っ込む必要は無いし、下手に注目を買えば会社にとって不利益になる。それでもあんたたちが動く理由があるのかい?」
グウィードは答えられない。椿姫は溜息を吐いた。
「だいたいね、下手に接触すればあんたたちだって無事で済まないかもしれないよ。もちろん、あんたたちが十分に戦えることはわかってる。けど、能力の問題じゃないんだ。人を殺せる人間は、あんたが一瞬躊躇う間にあんたの首を掻き切るよ」
「それが何? 危ないからって怯えて隠れてるだけなら同じことだろ。相手が残忍な殺人鬼だって言うんなら、僕らが大人しくしてたって殺しに来るさ。それなら僕は自分から動いた方がいいと思う」
エアロンが噛み付いた。鉛色の瞳には静かな怒りが燃えている。
「随分切羽詰まっているように見えるね。何がそんなに気懸りなんだい?」
「……は?」
「何か、まだあたしに報告していない事があるんだろう。何があんたをそんなに急かすのか、ここで全部白状しな」
脳裏に鬼火の色がチラついた。
夜陰に溶ける黒い髪。
――あたしを、殺してほしいの。
「なんでもありませんよ。あなたに報告するようなことは、何も」
「……そう」
椿姫はそれ以上追及しなかった。やれやれ、と彼女は二度目の溜息を吐く。
「まあいいさ。それで? どういう計画だったんだい?」
「言う訳ないでしょ。言ったら邪魔するじゃないですか」
「言わなくても邪魔はするよ。ほら、こうしている時間が一番無駄だってあんたもわかっているだろう? さっさとしな」
エアロンが盛大に舌打ちをする。
「グウィードの報告じゃ、あいつらは地図を広げて相談していたようだから、きっと例の機械を運ぶ場所を決めていたんだと思う」
主任が「ヴィズ」と呼び掛ける。運転手は地図を取り出して一同の前に広げた。エルブール全域の地図だ。
ほぼ円形をした町は、中央を走る鉄道とその駅から南下する目利き通りによって大きく三つの区画に分けられている。北半分は民家の多い居住区で、道が細かく入り組んでいるのが特徴だ。中央周辺から東南部は商業区。主要な施設や商店が集まっている。西側、川に沿ったエリアは戦後に発達した再開発区域だ。別荘区とも呼ばれている。他のエリアに比べて起伏が少なく、車の通れる広い道が多かった。
町の北東から南西に掛けての約半周、町の境界に沿って外周道路が通っており、別荘区の外れにて渓谷を渡る大きな橋へ繋がっている。町から出るにはこの鉄橋と、西側にある古い吊り橋の二つしか道は無い。
「かなり大きな機械だそうだから、運び込む先は車も入れる比較的大きな通りのはずだ。エルブールでそういう道はかなり限られてる。例えば――」
エアロンが身を乗り出して指し示す。
「外周道路一帯、目利き通り、ウズベラ宮から〈ホテル・エルブール〉までの道、市場周辺、別荘区のこの辺りからこの辺りにかけて」
「居住区にも大型の車が通れる道はあります。外周道路から線路の裏を抜ける道。別荘区との境。山沿いは整備されていない箇所も多くありますが、道幅は十分広いと言えます」
運転手ヴィスベットが口を挟む。鉛筆で印を付けていくと、主に町の外側か中央部の両極端に分かれていた。
「なるほどね。それで、車を使って手当たり次第に回ろうとしていたと。橋の前で待ち伏せじゃダメだったのかい?」
「外周道路は視界が開けているから、バレずに尾行するのが難しいんです。奴らも町の入り口で停車したりはしないだろうし。だったら運ぶ場所を相談するまでもないもの」
「ふぅん。あんたも何も考えてなかったわけじゃないんだね」
「あ?」
「それじゃ、二手に分かれる方が効率的かな。町の外側と中心部とで手分けしようか。きっと向こうも何組かに分かれて行動するだろうからね」
エアロンがギョッとして上司を見る。
「えっ、ちょっと何? あんたも行くつもり?」
彼女は部下の失礼な物言いにも動じず、涼しい顔で答えた。
「ああ。この件に関してはあたしにもメリットがあるんだよ。ヴィズ――」
と、彼女は運転手を振り返る。ヴィスベットは表情を僅かに緩めて返事をした。
「はい」
「はっきり言って、安全は保証できない。それでも付いて来てくれるかい?」
「喜んで」
一瞬、椿姫の顔に陰りが過る。それは単なる見間違いだったのか、彼女がグウィードに向き直った時にはその陰も消えていた。
「グウィード、あんたはいいのかい?」
「ああ。危険なら慣れてる」
「ありがとう。悪いね」
「あれ? 僕には?」
「運転できるのはヴィズとグウィードか。それじゃ、戦力も分散させたいから、あたしはグウィードと、エアロンはヴィズに乗せてもらうんだ。分担はどうしようか?」
「では、僕らが中央部に行ってもいいでしょうか? ハロルドの所にも寄りたいので」
エアロンが言う。椿姫は頷いた。
「そうだね。確かに町中なら顔の利くあんたが行った方がいいだろう。出発は何時にしようか?」
「明るくなるのはまだ遅いぞ。五時半くらいだと思う」
と、グウィード。
「じゃ、四時半過ぎにしておこうか。あまり早く出発して、一番大事な時に疲れて動けませんでは困るからね。異論はあるかい?」
「ありません」
彼女が立ち上がり、それが解散の合図になった。追い出されるように男二人は庭師小屋を後にする。少し遅れて椿姫が続いた。
〈館〉へと戻る道すがら、エアロンは上司に歩調を合わせて訊ねた。
「なんでヴィズはあなたを呼んだんです? まさか見張らせていたんですか?」
「そうだよ。あんたたちが車庫に近付いたら連絡するよう頼んでおいたのさ」
椿姫主任はケロリと答える。エアロンは盛大に顔を顰めた。
「うわ。端から僕のこと信じてなかったんだ」
「逆だよ。信じてたんだ」
ふふ、と軽い笑い声を残して彼女は自室へと去って行った。
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