1-5 ベルモナ③ エアロンの演説
数日後、広場には人を集めるエアロンの姿があった。猫のような瞳の印象を和らげるように眼鏡を掛け、甘い笑顔で道行く人々を呼び止めている。
「ごきげんよう、マダム。気持ちの良い朝ですね」
またある人には、ベルモナの電気普及率を褒めちぎる。
「こんなに綺麗で暮らしやすい街があるなんて! 他の街ももっとベルモナを見倣うべきですよね。電気は十分に安全です! 電磁波災害が未知の災害と恐れられた時代は、もうすぐ終わりを告げるんですよ!」
そんなことを大声で叫び続ければ、当然反電気デモを行う〈天の火〉信者たちが黙っていない。人だかりの向こうから抗議の声を張り上げた。
「そこの君、誤った真実で人々を惑わせるのはやめなさい! 電気は呪われたエネルギーなのだ。無闇に操ろうとすれば、天の裁きがくだされるぞ!」
エアロンは待ってましたとばかりにビラを撒き散らす。集まった人々の目が文字を追った。
「電磁波災害対策無料相談?」
誰かが怪訝そうに声を上げる。エアロンは元気良く答えた。
「皆さん、〈天の火〉の正体をご存じですか? どうぞここへお集まりください。僕が今から国際連盟が発表した最新の調査結果をご紹介しましょう」
興味を引かれた人々が彼の周りに集まり始める。エアロンは踏み台の上に立ち、人より頭一つ分以上高い長身を聴衆に晒した。
「日本国を壊滅させた大規模災害から十六年。調査団の奮闘虚しく、電磁波災害に調査結果を台無しにされること数知れず……しかし! 国連はついにその真相に辿り着きました」
エアロンはここで一呼吸溜める。固唾を呑む聴衆の顔をぐるりと見渡して。
「原因は宇宙――つまり、太陽です! 太陽は核融合によって絶え間無く巨大なエネルギーを生み出し続け……とかなんとか、非常に大規模な太陽フレアにより太陽嵐云々かんぬん……地球の磁気圏内に過剰な電気エネルギーだったかそんな感じの……というわけで、これが最新の研究によって明らかにされた、電磁波災害の真相なのです!」
が、しかし。一同の顔に困惑が浮かぶ。それを見越していたエアロンは、安心させるように力強く頷いた。
「専門的な話は置いておきましょう。知るべきことはただ一つ――人類は電磁波災害の謎を解き明かしたということです!」
「冒涜だ!」
〈天の火〉信者が叫ぶ。
「〈天の火〉は神の御業である! それを人間が――」
「結構! そう捉えるのもいいでしょう」
エアロンは反論を遮って声を張り上げた。
「宇宙なんて、僕らには手の届かない世界の話です。それを神の領域と呼びたければ、どうぞご自由に。ですが、本当に重要なことは、いざという時に如何に被害を回避するかでは? 僕の会社ではさる上級研究機関と協力し、電磁波災害について日夜研究開発を続けています。そして、電磁波遮断装置の開発に成功いたしました!」
聴衆からどよめきが起こる。
「そんなまさか。本当なのか?」
「素晴らしいわ!」
「嘘に決まってる。見ろ、あれは嘘吐きの顔だ」
「でも、本当だったらすごいんじゃないか?」
疑いの声は大きい。だが、同時に期待と歓喜の声も確かにあった。エアロンは一層爽やかに微笑みかけ、手を叩いて注目を促した。
「皆さん、ご興味がおありですか? 結構です! 明日、その実物をご覧に入れましょう!」
彼は顔を見合わせる聴衆たちの頭上に、もう一度ビラをばら撒いた。
「僕の使命は、〈天の火〉など恐るるに足らぬものだと知ってもらうことです。お配りしている紙には、先程お話した電磁波災害についての最新研究がまとめてあります。是非、ご家族ご友人に正しい知識を教えて差し上げてください」
人々は挙ってビラを受け取り、あのちんぷんかんぷんな説明をもう一度文字で確かめようと持ち帰った。中には既に「対策を教えてほしい」とエアロンのもとへ詰め掛ける人もいる。
「もちろんです。また明日、同じ時間にいらしてくださいね。あなた方だけに特別に、電磁波災害の対策方法についてお教えしましょう」
そんな風に聴衆をあしらいながら、遠巻きで恨めしそうな目を向ける〈天の火〉信者たちに向かって、ニヤリと意地悪く笑ってみせた。
***
エアロンは電話でバーデンに呼び出され、前回と同じ酒場に足を運んだ。今度は夜ということもあり、より多くの常連客で賑わっていた。扉を開けた瞬間に、酒と料理と強烈な体臭が彼を包む。
「エアロンさん、こっちだ」
バーデンに呼ばれる。エアロンは席に着き、彼の奢りで白ビールを頼んだ。席にはもう一人体格のいい若者がおり、バーデンが「息子のノイマンだ」と紹介した。
「初めまして、ノイマンさん」
ノイマンは人見知りをするらしい。挨拶もそこそこにビールジョッキの向こうへと隠れてしまった。バーデンは店内の喧騒に掻き消されないよう、エアロンの方へ身を寄せた。
「エアロンさん、今日のアレはマズい」
「マズい? どうしてですか?」
「どうしてって……わかるでしょう。さっきだって〈天の火〉信者から抗議があっただろうに。これからどんないちゃもんを付けられるか――」
エアロンはあっけらかんと笑っている。
「ああ、ご心配なく。僕は気にしませんので」
「気にする、しないの問題じゃない。あなたの身に危険が及ぶかもしれん」
そう言ってバーデンは不安そうに周囲に目を遣った。エアロンも釣られて見回してみる。
皆旨い料理を肴に気持ちよく酔っ払って、こちらを気に掛ける者など誰もいない――と、思いきや。店の隅で独りジョッキを傾ける男だけは、彼らに視線を向けていた。その男が先日も同じ場所にいたことをエアロンは覚えている。
「とにかく、ああいう注目を集めることはやめなさい」
エアロンは頑として聞かなかった。
「これは考えうる一番平和的な解決策ですよ。僕は科学的に災害と向き合うよう、住民を啓蒙しているだけですから。街の住民が〈天の火〉を恐れなくなれば、〈天の火〉信者たちも拠点を別の街に移さざるを得ないでしょう。活動の効果が出なくなりますからね」
「いや、しかしね。君が言っていた最新の研究というのは真っ赤な嘘じゃないか」
「そんなことはありません。せいぜい桃色くらいですよ」
バーデンは露骨に顔を顰めた。エアロンは笑っている。
国連の調査団が「太陽フレアが電磁波災害の原因らしい」と公表したのは本当だ。ただし、何年も前の話である。それも未だ確信には至っていない。当然ながら、その対策など生み出されるはずもない。
「マズい。絶対にマズい。万が一にも〈天の火〉がここで起こったらどうする? あなたの言う対策とやらが嘘だってバレますよ」
「大丈夫ですって。同じ街が二度も被災する確率は統計的にもかなり低い。前例もほぼありません」
「そういうことでは……もっと他に方法は無いのか? 例えばほら、〈天の火〉信者たちをしょっ引けるネタを探してくるとか」
「探しましたが、無いんですよ。彼らは常識の範囲内でデモ活動を行っているだけなんです。不正は一切ありません。まあ、ありもしない罪をでっち上げろ、と言うなら別ですが――」
エアロンは目を細めて嘲るようにバーデンを見た。
「――警察官がそんなこと、言いませんよねぇ?」
バーデンはカッと顔を紅潮させて机に拳を叩き付けた。
「とにかく! やり方を変えてもらえないなら、依頼の件は無かったということに――」
「生憎ですが、一度引き受けたものはキャンセルできません。そう契約書にも書かせていただいておりますので」
エアロンはにこやかに契約書を見せつける。バーデンは言葉も出ずに歯噛みした。
「バーデンさん、大切なのは住民が安心して暮らせることだと思いませんか? そのための嘘なら安いものです」
バーデンは尚も反論しようと口を開きかけたが、金属のように輝く青年の目を見ると何も言えなかった。
「まあまあ。僕に任せていただければすべて上手くいきますから」
エアロンは契約書をしまいながら微笑んだ。
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