1-4 ベルモナ② 聞き込み

 バーデンが言っていた通り、ベルモナは地方都市にしては電気が広く普及している。交差点には電気信号機が導入されているし、街灯や公共施設の照明も電灯だ。街中に張り巡らされた電線は些か景観を害していたが、ガス灯よりも安全で明るく、臭いも無い。

 何より馬車鉄道ではなく路面電車が敷かれているので、路上で馬の汚物を跨ぎ越す回数が格段に少ないことが、エアロンには魅力的に感じられた。

 そんな感想を漏らしたところ、市役所の受付嬢は哄笑した。


「だって、うっかり踏んで裾に跳ねたら最悪じゃない」


 エアロンは何を思い出したのか嫌そうな顔をしている。


「気持ちはわかるわ。私も前の街より綺麗なのが気に入って、ここに越してきたから」

「そうなんだ。他所から越してくる人は多いの?」

「ええ。この辺りじゃ、街の電化に力を入れてるのはベルモナだけだもの」

「でもさ、心配じゃない? 〈天の火〉がいつ起きるともわからないでしょ?」


 だからこそ、多くの都市が電化を諦めて、古い時代の生活様式に戻っているのだ。ベルモナは最先端の街であると同時に、時代に逆行しているとも言える。

 しかし、受付嬢は快活に笑い飛ばした。


「まさか。ベルモナでも十年前に一度あったって聞いたけど、二度目はないでしょ」

「そんなのわからないよ?」


 彼女は肩を竦めて言う。


「起こったらその時よ。起こるかどうかすらわからないのに、毎日を不便に過ごすなんて馬鹿げてるでしょう。だったら、より多くの時間を便利で快適に過ごした方が賢明だわ」

「うーん。そう言われると、確かに……」


 彼女は笑いながら移住希望者向けのチラシを押し付けた。


「是非移住をご検討くださいな。若い人は大歓迎よ」

「考えておくよ」


 エアロンはチラシをポケットに突っ込んで役所を出た。今日はポケットに紙が溜まっていく日なのかもしれない。

 続いて彼が訪れたのは、街の小さな教会だ。他所の町からわざわざこんな所に足を運ぼうという奇特な若者には、シスターも上機嫌で口を開く。


「ああ、広場に居座っている人たちでしょう? まったく迷惑な方たちですこと」

「〈天の火〉がどうとか言って、こんなビラを渡されましたよ」


 シスターはビラを一瞥した。紙面には、電気の使用は神への冒涜だと訴える文が黒々と印字されている。


「人が何を信ずるかは自由です。ですが、無闇に天上の主を引き合いに出すのは感心できませんね」

「彼らはあそこでデモをする以外のことはしないんですか?」

「していませんねぇ。他の街では、ああいった人たちにミサを邪魔されたなんて話も聞きますが、うちではそういったことはありません」


 エアロンはそれを聞いて盛大に顔を顰めた。


「ぜーんぜん収穫が無いね」


 教会を後にして、彼は独り言ちる。


「ヴァチカン教会と〈天の火〉信者は仲が悪いって聞いてたんだけどなぁ。当てが外れちゃった」


 その後、エアロンは街中を調べ回ったが、広場にいる〈天の火〉信者たちが何か問題行動を起こしたという事例は発見できなかった。


 粗探しには難航したものの、それとは別に気になる話が一つだけあった。


「明日から数日ここを離れる予定なんですが、支払いはするので部屋はそのままにしておいてもらえますか?」


 エアロンが鍵を受け取りながら訊ねると、宿の主人は頭を掻いた。


「お戻りはいつ頃で?」

「仕事の進捗次第なんだけど……四日も掛からないかな」


 すると主人は日付を数えて悩み始めた。


「うーん……ものは相談なんだが、戻って来たら部屋を移っちゃもらえませんかね?」

「はあ、いいですけど。それじゃ、出掛ける時に荷物は纏めておきますから、次の部屋に運んでおいてください」


 宿の主人はホッと胸を撫で下ろす。


「助かりまさぁ。来週からまーた団体の客が入っちまいましてね」

「へぇ。繁盛してますね」


 エアロンが適当に相槌を打つと、彼は困惑気味に笑った。


「いやいや、こんなことは珍しいんですよ。ベルモナは観光の名所も無いし、でかい工事でもなけりゃ、団体さんなんて来ないはずなんですが」

「また〈天の火〉信者の人たちですか?」

「さあ? 何の集団なのかは言ってませんでしたね」


 そういえば、と彼は付け加える。


「向こうの通りの宿屋にも、怪しい一団が泊ってるんですよ。はじめはうちに泊まろうとしてたんですが、例の信者さんたちが泊ってるって言ったら、嫌な顔しましてね」


 そりゃあ誰だってあんなに声を張り上げている集団と同じ宿だと聞いたら、少なからず嫌な気持ちにもなるだろう。エアロンは不思議そうに首を傾げた。


「それのどこが怪しいんです?」

「いやね……一見どこにでもいそうな知識人風の格好なんですが、腕っ節の強そうな奴を一人二人連れてまして。しかも、この街のことをコソコソ嗅ぎまわっているらしいんですわ」

「ふうん。例えば?」

「ベイクんとこの女将さんは、電気は危ないんじゃないかってしつこく訊かれたって言ってました。〈天の火〉が不安じゃないって言えば嘘になるけど、だったらベルモナに住まなきゃいいだけの話ですよねぇ?」


 確かにその話は奇妙に思えた。電磁波災害を恐れて電気を忌避する人は珍しくないが、それなら同じく電気を嫌う〈天の火〉信者たちをそこまで避けるのは些か不自然かもしれない。また、そんな人間が電気の使用を巡って論争の絶えないベルモナの住人に、喧嘩を売るような真似をするだろうか。


 この話は一応記憶に留めておこう、とエアロンは思った。

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