この企画考えたの誰だよ。そもそも五分で解決探偵って何だ。最大の謎は、「5分で読書」でなんでミステリをやろうと思ったか。

高村 樹

高水寺秋比古の個人的な意見です

小学校高学年から中学生の読者に向けた「学校の朝読で読みたい短編小説」を募集するコンテスト。募集テーマは「5分で解決探偵、あらわる(ミステリー)」で、3,000文字以上6,000文字以下の作品を募集します。


「おい、雄一郎。しばらく顔見せないと思ったら、なんだこれ。こんなもの俺のところに持ってきて、どうしようと言うんだ」


某小説投稿サイトのコンテスト応募要項をプリントアウトした紙を見て、高水寺秋比古は、あからさまに不機嫌な顔をした。


「秋比古は、自称だけど探偵を名乗っているし、こういうの得意かと思ってさ。そこに書いてあるけど、賞金だってあるから。ねえ、挑戦してみようよ」


「賞金だと? 大賞、賞金五万円。優秀賞、賞金三万円。これのこと言ってんのか。雄一郎、お前、俺がこんなはした金欲しがると本気で思っているのか。馬鹿らしい。五万欲しかったら、一週間くらい、額に汗してバイトでもしろよ」


高水寺秋比古が、賞金五万円を欲しがるとは微塵も思ってはいない。

なぜなら、彼は莫大な資産を持つ高水寺一族の若き当主なのだから。

両親を若くして失い、人間不信を引き起こしかねない血みどろの遺産争いの末、広大な敷地を有するこのお屋敷と多数の不動産、そして巨万の富を二十代前半の若さで受け継いだ。


「金額の問題じゃないよ。何かを一生懸命やって、対価を得る。というところが大事なんだよ。君は、趣味で探偵の真似事をやっているけど、依頼人がいるわけでもないし、金持ちだけど世間一般でいうところの君の肩書は、無職。ニートだよ」


「無職ね。言ってくれるじゃないか。だったら、こんな紙切れじゃなくて、事件の一つ、二つ持って来いよ」


高水寺秋比古は、応募要項の紙で器用に紙飛行機を作ると、ぼくの方に飛ばしてきた。


「ひどいじゃないか。引きこもり気味で、勤労意欲もない無職の君をどうにか立ち直らせようと、創作の道に誘っている友人の優しさが君にはわからないのか」


「はいはい、ありがとうございます。この世界でたった一人しかいない幼馴染で友人の、守田雄一郎君に感謝申し上げます。これでいいか。俺のことより、自分の心配をしろよ。小説家を目指しているのは知っているが、鳴かず飛ばず、そろそろ進路の見直しが必要な時期じゃあないのか」


ぐうの音も出なかった。子供の頃から、小説家に憧れ、様々なバイトを転々としながら、創作活動を続けてきたが、どんな賞に応募しても箸にも棒にもかからず、自分の才能に限界を感じ始めていたからだ。


守田雄一郎は、紙飛行機にされてしまった応募要項を広げ直し、ついてしまった折り目を伸ばした。


「ぼくが一番気にしていることをずけずけと」


「悪かったよ。でも俺には小説なんか書けっこないし、なによりこのコンテスト企画が気に入らない」


「気に入らないだって? どの辺が気に入らないんだ」


「全てさ。だいたい、小学校高学年から中学生の読者に向けた学校の朝読で読みたい短編小説ということだが、彼らを馬鹿にしてないか。五分で解決できるような謎を本気で読みたいと思うか? それに五分で解決できるようなものを謎と呼べるのか」


高水寺秋比古は、小馬鹿にしたような態度で言った。

下手な男性アイドルよりもよっぽど整っている顔立ちで、こういう態度をとられると余計に腹が立つ。


「名探偵殿の頭脳といっても大したことないね。ぼくなんか三つも思いついて、もう応募しちゃったよ」


「ほう、興味深いな。どんな謎について小説に書いたのか言ってみろよ」


「ふふん、いいでしょう。創作歴十年を超えるぼくが、今回どんなミステリを書いたのか。聞いたらきっとぼくを見直すと思うよ」


「前置きはいいから、早く言え」


「聞きたくてしょうがないという感じだね。まず一つ目は冷蔵庫の中のティラミスを誰が食べたのか。仲のいい家族間で巻き起こる疑念と推理渦巻くミステリ。人物描写が上手くいってね。謎が無くても人情物としても読めるように書いた。二つ目は、小学生を主人公にした学園物でね。主人公がいじめにあって隠された教科書の行方と隠した犯人を教頭先生とコンビになって探す本格推理小説。偶然なんだけど教頭先生が、某国民的アニメのお父さんと重なるような親しみある人物描写が売りなんだ。三つめが、温泉街で行方不明になったスリッパを……」


「もういい。やっぱり、くだらない。殺人事件もおどろおどろしい舞台設定も何もないミステリなんか誰が喜ぶんだ。ティラミスを誰が食ったとか、教科書隠された話だとか、ましてやスリッパの行方なんて、誰が気にするんだ? 今時の中学生舐めてるのか」


「しょうがないじゃないか。小学校高学年から中学生の読者に向けた作品なんだから。しかも文字制限がある上に、五分で解決しなきゃいけないからあんまり手が込んだ舞台背景にするとまとめきれなく……」


「そう、そこだよ」


高水寺秋比古の形のいい双眸がきらりと光った。


「いいか。ミステリの醍醐味は魅力的な謎の提示だろう。むろん、小説部分の面白さも必要だが、魅力的な謎無くして、魅力的なミステリ足りえるなどということはないんだ。子供向けに配慮した陳腐な謎にミステリ風味の味付けをしたところで、『ミステリをつまらないジャンルだと思う読者』を量産するだけだ」


「で、でも中学生以下の読者に、凄惨な殺人現場とか、目を背けたくなる死体描写とか読ませるわけにはいかないだろう。男女の痴情のもつれとか、性描写だってぼかさなくちゃならない。PTAとか騒ぎ出しちゃうよ」


「知ったことかよ。それにさっきの紙に書いていたが、もう何回も『5分で読書』のアンソロジー本出てるんだろ。たぶんテーマかぶり避けなきゃないから、無理矢理ひねり出したんだろ、今回のテーマ。うん、。なんで『5分で読書』でミステリをやろうと思ったか。それの答えはネタが思いつかなくなってきたから。以上、事件解決」


なんてひどいことを言うんだ、この冷血漢は。

ぼくは良いテーマだと思うよ。

「5分で解決探偵、あらわる(ミステリー)」なんて、わくわくするじゃないか。

出版社の担当さん、さっきの酷い言葉は、この鬼畜、高水寺秋比古の個人的な感想で、ぼくの感想ではありません。

重ねて申し上げます。

ぼくの感想ではありません。



「俺がなぜ探偵を志しているかお前に話してなかったかな」


「無いよ。大学卒業して親の事業を継ぐのだとばかり思っていたけど、いきなり探偵になるとか言い出して、頭おかしくなったかと思ったよ」


「はは、小説家目指してるやつには言われたくないな」


「うるさいな。話す気があるなら、変な挑発してないで早く話してよ」


「すまんすまん。いや、大した話じゃないんだ。子供の頃から、俺の周りには金と欲にまみれた大人しかいなかった。両親は忙しく、俺は孤独だった。そんな子供時代の俺を救ってくれたのが、父の書斎にたくさんあった外国のミステリ小説だった。複雑怪奇な謎に包まれた殺人事件。それを鮮やかに解決する探偵たち。その雄姿にあこがれて、俺はいつか探偵になるって決めていたんだ。そう、俺の方がにわかのお前よりもよっぽど純粋なミステリファンなんだよ」


金持ちの道楽かと思ったら、結構純粋な夢だったりして意外だった。


「雄一郎、俺はファンだからこそ、この企画には反対なのさ。子供の頃のことを思い出してみろよ。大人たちが読んでいる本の中身に強く惹かれたことがあっただろう。小説じゃなくてもいい。漫画だってエロ本だって何でもいいが、こっそり本を持ちだした経験ないか? 中学生くらいまでの子供時代は、誰しもが大人の世界を知りたくてしょうがない感じだったと思うけどな」


それは、ある。母がこっそり読んでいたレディースコミックや少女漫画、父親が買ってきた週刊誌の袋とじの中身など、親の目を盗んで眺めてみたものだ。


「小学校高学年から中学生の読者に向けた小説なんて区切りはいらないんだよ。毎日少しずつ読めばいいんだから、五分で読みきる短編である必要もない。一晩寝て忘れる馬鹿な奴ばっかりじゃないだろ。それに本当に面白いミステリっていうのは、どんどん続きが読みたくなって、気がついたら読み終わってるものなんだよ」


秋比古がこんなにもミステリについて語っている姿はちょっと普段の姿からは想像ができなかったので驚いたが、彼にまつわる「謎」が少し解けて、より一層身近に感じることができるようになった気がした。


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この企画考えたの誰だよ。そもそも五分で解決探偵って何だ。最大の謎は、「5分で読書」でなんでミステリをやろうと思ったか。 高村 樹 @lynx3novel

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