後編
後編
「なんすか、これ..マジで気色悪いっすよ..」
ストリートブランドに身を包んだ青年が沈黙を破る。床には人間の体を活動させるための臓器が全て揃っていた。脳みそが無理矢理押し込まれたのだろうか、形が崩れている。
「助手、何なんだこれ」
「知るかよ、多分殺人だ」
壮年がミリタリージャケットを脱ぎ、内臓を包んだ。
「俺は見たことがある、戦場で見たことが。これは、本物の脳だ。形は崩れているが、綺麗な脳だ」
「す、すいません、ボク、吐いてきます」
青年がフロントに声を掛けてトイレへ向かおうとしたが、フロントの女性もまた、臓器を見てしまったようで、床に吐瀉物を撒き散らした。青年も吐瀉物を撒き散らす。不謹慎だが滑稽な光景に見える。
「ともかく、先ずはこいつが誰なのかを確かめようじゃないか。白木もここに呼んでな」
白木北会は未だに姿を見せていない、録音された音声のみだ。俺の予想では、この臓器が白木だろう。ミステリーの定番、主催者は既に死んでいるのがお決まりだ。フロントの女性が大扉を開けて外に助けを求めようとする、これもお決まりだ。犯人は既に鍵を閉めている。扉は微動だにしない。続いてスマホ、これは簡単だ。既に奪われている。最後は有線電話、辺りを見渡したが、この不便なホテルにはそんなものはないようだ。
「助手、ほ、ほんとに殺人事件っぽいぞ!?」
「このホテルは人気のない路地裏に密接して作られている。そもそもここはど田舎だ。こんなところにやって来るのは犯罪を探りに来た警察ぐらいだろう」
「ふむ、命が穢された..この生命館に悪しきものが取り憑こうとしている….」
男が焦点の合っていない目を酷使しながら独り言を呟いている。コイツは本当になんなんだ。1人だけ倫理の無い世界から来たんじゃ無いか?
「し..白木北会というお名前はチェックインされたお客様の中にはございませんでした..」
「オーナーは居るか?」
「今朝に誰かと話しているのは見たのですが、剥製に隠れていたので、その方の特徴などは分かりません….それから現在までオーナーの姿は一度も….私も投稿時間がありましたので….」
「な、な、絶対そいつらが犯人じゃ無いっすか! 真実に気づいた白木さんを、そいつらが消したんすよ!」
青年がロゴ入りパーカーの裾を握りながら言う、一旦全員を落ち着かせなきゃな。まともに調査を進められそうにない。
「一旦自己紹介でもしないか? 俺たちはまだお互いの名前も知らないじゃないか。名前も知らない相手と疑い合うよりか、相手のことが少しはわかったほうが良いだろ?」
男、壮年、青年、女性、全員が鹿を取り囲んで集まった。男が唇を震わせて喋り始める。
「ワタクシ、名前はS.H.パマントと申します。アメリカ、ジョージア州から遥々こちらへ伺いました。白木さんのブログを見ましてね、この人ほど生命を大切に、安らかにしようとしている人は居ないんじゃないかと思いまして、ハハ、遥々来ました」
次に、壮年がミリタリージャケットをソファの上に置いて口を開いた。
「俺の名前は市山幸次郎だ。職業についても話しておくと、戦場カメラマンをここ2年している。白木さんのブログで戦場関連の遺留品を調査したものを見てね。興味が出て、このホテルの抽選に応募した」
未だに心が不安定といったそうな表情をし、青年が次に口を動かした。
「皆さん..随分個性が強いっすね….ボクは至ってフツーの男子高校生っすよ。友人でアングラ系が大好きなやつが居てですね、そいつからおすすめされたのが白木さんのブログとの出会いっす。そっからは早いもんで、遺留品を通して人の人生を見るのが大好きになっちまったっす。あ、名前忘れてましたね、名前、夕日麻美です。皆からはあざみーって言われてるっす」
途中、口調が何度かマトモになってたが、この状況ではキャラも崩れるものだろう。というか、あざみーってなんだよ。途中から余裕出てきてるじゃねぇか。
「あっ、次は私から行くぞ、助手」
「ああ、お先にどうぞ」
「こほん、私の名前は高橋美紀、年代物の建築物が大好きでね。白木さんのブログで遺留品として廃棄された病院を紹介してたのを見たのが出会いだ。職業と言っていいのか分からないけど、趣味で小説家もしている」
新情報が次々に飛び出してきたな。こいつのフルネームを聞くのもこれが初めてだ。
「あと隣にいる老け顔は私の助手だ。コイツこれでも大学生だぞ」
「まじっすか、40に見えましたよ」
「親子かと思ったが」
「ジャパニーズロリータコンプレックスかと」
「お前ら….揃いも揃って好き放題….」
俺を永遠に眠れなくさせるつもりのようだ。1日でここまで苦い思い出が出来るとは、ちょっとしたデート気分でいたのが悲しい。
「あの、次はあたしですよね。清水雪です。多分高橋さんとは大学でお会いしたことがあると思います。アルバイトでここのフロントをさせて貰ってるんです。住み込みなんでここの構造とかは任せて下さい」
「頼りになるお姉さんっす!」
「うるさいので黙って下さい」
「はいっす….」
「これで、俺以外の自己紹介は終わったな。じゃあ、最後に俺の生い立ちから「皆、これからは1人で行動せず、常にお互いを監視するんだ。この中で正体を偽っている者が確実にいる。白木北会はまだ姿も声も….ん?」
遮られたがまあいい。白木北会は確かに姿を誰にも知られていない。しかし、例の剥製から流れた音声には、白木北会自身の声が入っていた。2002年のものだが、人の声はそう簡単には変わらない。必ず特徴があるはずだ。
「白木北会からのメッセージを聞いただろ? あの声は加工なしだった筈だ」
「いや、確かに聞きましたけど、どんな声だったかは覚えてないっすよ」
「俺もだ」
「ワタクシもです」
「今覚えてなくとも、音声を聞けば分かるだろう。今から全員で例のメッセージの発信源を探すぞ、二手に分かれず、全員で一部屋一部屋だ」
ウィットネス•ホテル 大広間 午後7時頃?
子供の剥製を全ての部屋からかき集め、広間へと集まった。
「こんだけ集まって、同じ顔が一つもないのか。表情、皺、全てレプリカでは再現できない水準のものだ。これは間違いなく、死体だ。子供のな」
「レプリカじゃなかったのか、ふふ、一生のトラウマだ」
高橋の目が尋常じゃない細さになっている。死体に自分のコートを掛けたんだからな、仕方ない。
「かつて、開国直後の日本では、奇妙な流行病が起こったとされています。このホテルは、ある来日した医者が建てたんです。ワタクシは、その医者の末裔としてこの世に生命を得ました。ワタクシは、このホテルで起こった真実を知りに来たのです」
パマントが剥製を両手で抱え、泣きながらあやすように語った。今までの高揚した喋りとは違い、不思議と落ち着いていた。次の瞬間、剥製を床に叩きつけた。中からは、レコーダーが現れた。再生中だ。
『白木さん、以上がこのホテルで行われた惨劇の真実です』
『本当に、本当の出来事なんですか? 貴方が語ったことが? わた、わたしは』
レコーダーは床に叩き付けられた衝撃で壊れかかっていたのだろう、音声はそこで途切れた。しかし、今の声だけで充分だろう。いや、声は重要じゃない。白木はオーナーと話すまで、このホテルの真実を知らなかったのが重要なんだ。
「雪さん、名簿を持って来てくれ、この事件に解くべき謎など何処にもない。あるのは証拠だけの杜撰な事件だ」
ウィットネス•ホテル 大広間 午前9時頃?
「はい、どうぞ。これが名簿です」
名簿を手に取ってページを捲る。昨日のチェックインにあいつの名前が載っている筈だ。
「な、なんだよ、急に。助手、まだホテルの真実も、白木の正体も分かっていないんだぞ?」
「この事件には余計な要素が多すぎるんだ。現実はミステリー小説の世界じゃない。物事は全て一本の線で繋がっているんだ」
この事件の犯人は、S.H.パマント。Shiragi Hokukai だ。やはり、奴の名前は昨日のページに堂々と記されている。
「パマント、いや、白木北会。お前は今日の早朝、オーナーと共に大階段の奥へと入った。お前は、大階段の前で独り言呟いた時に尺取り虫の剥製について話していたよな?」
「いいえ、話していませんよ?」
「助手の言う通り、コイツは尺取り虫の剥製について話していたぞ」
「雪さん、大階段には水棲生物の剥製しかありませんでしたよね?」
「ええと、そうですね。尺取り虫の剥製なんて、一度も見たことがありません」
「だ、だからなんなんで「パマント、ポケットに入っている本を開いてみろ」
市山がパマントを押さえつけ、本を取り出して開く。切り抜かれたページに、尺取り虫の剥製が仕舞われていた。
「尺取り虫は恐らく、大階段の下、本物の剥製が眠っている部屋への鍵だ。奴はそこでこの子供達の剥製を取り出した」
「その剥製をどうやって部屋まで運んだんすか? 雪さんだって居たんでしょう?」
「雪さんはその時登校中だ。奴はオーナーと2人きり、落ち着いて名簿さえ見返せばこの事件はあっさり解決したんだよ。メッセージもそうだ、あの年号には何の意味もない。レコーダーは録音された音声を垂れ流しているだけだ、犯人に小賢しい細工をする時間は無かったんだよ」
録音終了と流れた後も音声はずっと続いていた。犯人はそれに気づき、自分から死体を見つけることにした。全て、咄嗟の行動だ。
「あのメッセージを録音出来たのは白木北会だけだ。そして、昨日から今日まで、泊まっていたのはパマント、お前だけだ。偽名くらい考えればよかったものを」
白木北会は正気を既に失っていた。ホテルの真実を伝えられ、彼は頭がおかしくなった。そうじゃなければ、この死体は永遠に剥製の中だっただろう。
「ああ、あ、そうなんです。私は、白木北会だったんです。あの剥製を見た時に、私は、正義になりました。子供たちが私に掲示をくれたんです。剥製に、命を与えたかったんです。命、滑らかな命を」
「….雪さん、扉を押してみて下さい」
あの大扉は、俺たちを迎えるように勝手に開いた。あれは、ただ単に建て付けが悪いだけだ。
「あ、開いちゃいましたぁ..」
大扉の向こうには、既に警察が待機していた。カフェで起こった事件のお陰だ。あんなに近くに居たんだぞ? このホテルの異変に気づかない筈があるか。
「これで事件解決だ」
警察が白木を押さえつけ、連行する。奪われてなんかいなかったスマホをフロントの奥から取り出し、再起動した。
了
エピローグ
鏑木大学 カフェテリア 翌日 午前1時
丁寧に清掃されているテーブルを挟んで、高橋と向かい合った。
「謎解きも何も、ホテルの真実さえも要らなかったとは、驚きだよ」
「俺も同感だ。名探偵ならこんな事件小指で弾いていただろう」
「まあ、助手が優秀なのはありがたいことだ。これからもよろしく頼むぞ?」
「まだ懲りずにホテル巡りか」
「今度はちゃんとした事件にでも出会ってみたいね」
高橋は手に持ったボトルコーヒーを俺に投げ渡し微笑んだ。
「餞別だよ。今回はありがとう」
「ああ、こちらこそ、最高の1日だった」
行き当たりの死体 カナンモフ @komotoki
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