1-2.僕を働かせてくれませんか?

 結局、シオの熱は冷たいドリンクを立て続けに三杯、一気に飲み終えたところでようやく治まってきたようだった。


「あ、私のことはアレニアで大丈夫。んでこいつもシオで」

「んならウチらも適当に呼びやすい呼び方でええで」


 シオが頭から蒸気を噴き上げていた一方で、そんなやり取りがクレアとアレニアで交わしていた。どうやらアレニアは気さくな人柄らしい。ともあれ、お客様ではあるけれど私もシオ、アレニアと呼ばせてもらうことになった。


「ところで、シオにアレニア」

「はい、なんですか、ロナさん?」

「私の記憶が確かなら、二人ともまだC-2クラスだったと思うのだけれど、どうやってここに来たんだい?」


 確かに。

 この第十階層に来るにはB-3クラスは必要で、Cクラスの二人は途中のゲートを通過することはできないはず。

 先日のモールドラゴンの事件からまだ二週間しか経っていないから、さすがにB-3にランクアップしたなんてこともないと思う。


「あ、あはは……気づいちゃいました?」

「その様子だと、正規の方法でやってきたわけじゃないみたいだね」


 シオが頬を掻いて、アレニアが明後日の方を向いてごまかす。そんな二人の様子に、ロナが小さく笑い声を漏らした。


「ふふ、大丈夫だよ。別にギルドにチクったりはしないから。尋ねたのは単なる好奇心さ。それで、どうやって?」

「……この間私たちが落ちた穴、実はまだ塞がってなかったりするのよねー」


 基本的にギルドは迷宮の変化に対して手を加えない方針ではあるけれど、さすがに探索者に危険があると判断した場合には工事を行う。先日アレニアたちが転落したトラップ穴についても塞ぐための工事が行われているのだけれど――


「なんや、まさか工事してるとこ突っ込んできたんかいな?」

「えへへ。まあそんなところです。作業員の人たちが休憩に入った時に、コソッと」


 ――ということらしい。

 第十階層にたどり着きさえすればアレニアにはスキル<鷹の目>があるから、それを駆使して店までやってきた、ということだろう。


「ここまでの道中でモンスターには遭遇しなかったのかい?」

「できる限り避けるようにはしたけど、さすがにゼロってわけにはいかなかったわよ」

「だけどこの間のモールドラゴンみたいな強いやつはいませんでしたから。運良くB-3ランクのモンスターと二回くらい戦闘しただけで済みました」

「さすがにだいぶ手こずりはしたけどね」


 事もなげに言ってるけれど、彼らのライセンスクラスからすればB-3ランクのモンスターはだいぶ格上。仮に敵が単騎だったとしても、二人だけで相手をするのであれば相当な強敵だったと推定されるけれど、よく倒せたと思う。ひょっとすると単純な戦闘面ではC-2よりも高い可能性があると、二人の評価を修正した。


「なるほど、それで二人とも傷だらけってわけか。かなり危険な橋を渡ったようだね」


 改めて見れば装備には真新しい傷がいくつもあって、手足にも包帯が巻かれている。おそらくはアレニアたちにとって激しい戦闘だったものと思料する。


「あ、でもですね!」


 私には単なる事実確認にしか感じなかったが、後ろめたさもあってかシオはロナの反応に否定的なものを感じ取ったようで、慌てた様子で弁明を始めた。


「C-1ランクのモンスターを相手にした時も感じたんですけど、前よりもずっと楽に戦えるようになったんです」

「ちょっと前まではC-1の敵も二人がかりならなんとかってくらいだったんだけど、今日は結構楽勝だったもんね。シオの動きなんてこの間までと全っ然違っててさ。敵の攻撃をあっさりと避けまくってたし」

「あはは……モールドラゴンの攻撃に比べると、なんだかすごく遅く感じちゃって」

「さすがは愛の力は偉大――」

「あばばばばばば! アレニアぁっ!」


 戦闘の状況を嬉しそうに説明していた二人だけど、突然シオが奇声を上げてアレニアの口を塞いだ。愛の力、とは一体何のことだろうか。シオはモンスターがそんなに好きなのだろうか、と思考してみるけれども腑に落ちない。

 他の二人なら分かるだろうかと思って振り返ってみるけれど、クレアはニヤニヤと、ロナは微笑ましいものを見る笑顔で私とシオを眺めていたので尋ねるのを止めた。過去の類型から推測するに、きっとこれは尋ねても教えてくれないパターン。聞くだけムダと判断する。


「そ、そういうアレニアだって、銃の攻撃をほぼ全部命中させてたじゃないか! 威力も前より上がってたし」

「そうよね。私も謎なんだけど……やっぱりアレよ、死にそうな目に遭って成長したってことなんじゃない?」

「かもしれへんなぁ。一発死にかけて生き残ると、探索者として全然変わるって聞くしな」

「二人とも駆け出しだったわけだし、一皮向けたっていうのもあるかもしれないね」


 戦争でも新兵と、一度でも前線で生き残った兵士では全く違ってくるとも聞いたことがある。やはり人にとって経験というのは大きい。もはや大きな成長が見込めない私からすると、急成長できる彼らが少しうらやましく思える。


「まぁええわ。そこまで危険を冒してわざわざウチに来てくれるやなんてありがたい話や。客もおらへんしな。好きなだけゆっくりしてってくれてええで」

「ありがとう、クレア。だけど今日来たのはお客さんとしての用だけじゃないのよね」

「なんや、なんか儲け話でも持ってきてくれたんかいな?」

「んー……どっちかっていうと逆、かも?」


 首を捻るクレアを他所に、アレニアが隣に座るシオの脇を肘で突っついた。


「ほら、シオ。自分の口から言いなさいよ」

「わ、分かってるよ!」


 促されてシオは一度深呼吸すると、緊張した様子で顔を上げた。


「実はお願いがありまして」

「ふむ、改まってなんやの?」

「ええっと、あのですね――」


 そこで言い淀み、チラリと私の方を振り返ると大きく息を吸いこむ。

 それからロナの方を向き、用件を告げた。


「僕を、このお店で働かせてくれませんか?」


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<ギルド②>

・ギルドでは迷宮に関する様々な業務を執り行っており、主な業務内容は以下。

   ・迷宮の管理

   ・魔晶石およびモンスター素材の買取、卸売

   ・迷宮内のマップ作成、更新

   ・死体の回収

   ・救助依頼の請負、斡旋

   ・迷宮に関する依頼の管理

   ・パーティの斡旋、仲介



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