1-3.悲劇的だけど悲観してないので
「ええっと……働きたいって言われてもね」
「ウチは別に従業員の募集はしてへんのやけど?」
「そこをなんとか。お願いします」
シオの申し出にロナが困惑し、クレアが手に持っていたスパナをクルクル回しながら否定的に応じる。けれどもシオもすんなり諦めるつもりはないらしく、頭を下げて食い下がった。
「なんでまたウチで?」
「……このお店が好きになったから、っていうのはダメですか?」
「ダメやあらへんよ。ま、ホンマに好きになったんは店なんか、ってのは敢えてツッコまんどいてあげるわ」
ニヤニヤ笑いながらクレアが何故か視線を私に向けると、ロナとアレニアも含み笑いをした。そしてこれも何故か、シオは顔をまた真っ赤にしてうつむいた。
とりあえずシオがカフェ・ノーラで働きたいと思っているのは理解した。けれど、みんなの反応がさっきからどうにも私には理解しがたいままである。
「探索者稼業はどうするんだい?」
「希望としては、基本的にここで住み込みで働きながら、空いた時間にアレニアに来てもらって探索者として活動したいなぁ、なんて……」
「ここやと迷宮直結やしな。なるほどなぁ。せやけど、アレニアはそれでええん?」
「うん。この店の電話さえ使わせてもらえればタイミングも調整できるし。それに、探索が終わったらここでクレアのスイーツ食べながら休憩もできるしね」
「……勝手を言ってすみません」
「いや、構へんで。自分の希望をキチンと伝えんのは大切なことや。幸い、部屋は余っとるしな。
――てわけやけど、どないする、オーナー?」
と、ここまで会話の蚊帳の外だった私に、突然クレアが話を振ってきた。するとアレニアとシオ二人とも「えっ!?」と、ものすごい勢いで振り向き目を丸くした。
「え? オーナーって……? え? え?」
「ロナさんがオーナーじゃないの? クレアは?」
「ははっ、私はあくまで客さ」
「無断でコーヒー入れるわ、客に注文勧めるわで好き勝手やっとるけど、本人が言うとるとおりロナは単なる客や。一応ウチも共同経営者ってことにはなっとるけど、ほとんどの金を出しとるオーナーはノエルやで。なぁ?」
クレアにうなずいてみせる。彼女の言うとおり、お店を建てる費用とか開店の準備費用とかの大部分は私が出資している。ただし、私だけだと容姿の問題もあって開店にあたる諸々のコミュニケーションに不安があるので、彼女にも経営に参加してもらった次第だ。
「そうだったんだ……ごめん、完全にノエルはお店の従業員だと思ってた」
「すみません、ノエルさん」
構わない。私も自分の幼い容姿は理解しているし、実際の業務もウェイトレスが主なので勘違いするのも当然。
「ま、ウチかて逆の立場やったらノエルがオーナーて絶対思わへんしな。
んで、結局どないすんの、ノエル? シオを雇うん?」
「断る」
私はハッキリ告げた。言っておくけれど、別に従業員と勘違いされたからではない。
けれど、シオはやはり食い下がってくる。
「無茶を言ってるのは分かってます! でもここで働きたいんです! お願いします!」
「人手は足りてる」
「どんな雑用でもなんでもやりますから! なんとかお願いします!」
「仕事がないから要らない」
というよりも、現時点でも人手は余っている。なにせ客はロナくらいしかいないのだから。
オーナーだけで店が回る現状は経営の面からすると悲劇的ではあるけれど、維持費はそれほどかからないし、カフェ以外の仕事で生活はできるので私もクレアも悲観していない。もっとも、だからと言ってムダな人員を雇う気もない。
そもそも。
「シオもアレニアも、正規の手段で第十階層に来る資格を持ってない」
二人とも抜け道を使ってここまでやってきたわけで。
穴が塞がれればゲートをキチンと通過する必要があるけれど、当然今のシオは通過できないから働こうにも店に到達できない。そんな人間を雇うことは不可。
「それは……そうですけど」
「Bクラスライセンスが無ければ雇う以前の問題」
「あらら、これまたハッキリ言うたなぁ。けどま、そう言うわけや。実際、ぽけーっと店で過ごしてるのも時間のムダやろしな。人生短い。そんな時間あったらまだ鍛錬しとる方がよっぽど有意義や。残念やけど、諦めてや」
「……分かりました。今日のところは一旦引き下がります」
シオが悔しそうに立ち上がった。けれど私に向けられた瞳には強い意志が宿ったまま消えていない。
「でも僕は諦めませんから。雇ってもらえるまで、何度でもやってきます。行こう、アレニア」
そう言い残すと、シオはアレニアを置いて店を出ていった。
「ちょっと、シオ! ……もう。ゴメン、ノエル。アイツ、こうって決めたら中々引かない頑固な奴だから」
「気にしていない。むしろ客として来る分には大歓迎」
だけど彼がそこまでこの店で働くことにこだわる理由はなんだろうか。客は来ないし、モンスターは時々やってくるし、シオにもそれほど手の込んだおもてなしをしたわけでもないのに。
そんな疑問を口にすると、全員からため息が漏れた。何かおかしなことを言ったのだろうか?
「これは、シオくんも相当大変だね」
「やなぁ。ま、この娘をその気にさせることができたんなら、それはそれでおもろいから応援させてもらうわ」
「シオは諦めが悪いから、応援にも根気が必要よ。覚悟しといて」
けれど三人とも妙な含み笑いをして、よく分からないコメントを口々にするだけ。
「ええねん、ええねん。ノエルは何も気にせんで、今までどおり普通にしとけばええんよ」
結局よく分からないけれど、クレアがそう言うのなら気にしない。
なのでとりあえず私は、シオが飲み干したグラスを回収して奥のキッチンへと向かったのだった。
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