5-1.やはり人ではない
モールドラゴンを処理し、死体の収納を終えて私は店に戻ってきた。
開ける時に入口をよく見ると、扉の縁に大きな傷が付いていた。推測するに、キュクロベアーが入り込んだ時についたものと考えられる。
玄関はカフェの顔だ。ボロボロの扉を見てお客様にUターンされるのも困りもの。明日にでも修理しておこうと思う。なお、扉の品質に依らずお客様がやってこないことは気にしない。
ドアを開ければベルが鳴って、中にいた人たちが振り向く。その中にはアレニアとシオの姿もあった。新しい怪我も見られず、二人とも問題なく店にたどり着けたみたいだ。
「おー、おかえり、ノエル。モールドラゴンはどないした?」
ただいま、クレア。モンスターは倒してきた。
そう言いながら切り取ったモールドラゴンの舌と尻尾の先を見せると、クレアとロナを除く全員が目を丸くした。
「マジか……」
「な、言うたやろ? 問題ないって」
「キュクロベアーを一発で倒したから強いとは思ってたが……」
「これを見せられちゃあな。クレアさんの言うとおり、心配するだけ損だったってことか」
「驚くしか無いし」
マイヤーさんたちの話から推測すると、どうやらジルさん、エルプさん含め三人とも私のことを心配してくれていたらしい。ライセンス証を見せたわけではないし、どうしても少女姿の私の印象が強いだろうから、その思考は自然だと思うが、感謝する。
「んで、その包みはなんや?」
「トロルの肉」
向かう途中で焼いたトロルについては、肉の美味しい部分だけを切り取って包んで持って帰った。後で料理の練習に使おうと思う。
「そっちの袋はなんだい?」
回収した死体。
尋ねてきたロナに回答すると一瞬店内が静寂に包まれ、それからシオたちが恐る恐る近づいてきた。一緒に戦っていた仲間か念のため彼らに確認をしてもらうと、うなずいて二人とも肩を落とし、顔を抑えてうなだれた。
マイヤーさんたちもシオたち同様に沈痛と表現するのが適切と思われる顔になり、けれどもすぐに唇を噛み締めながらシオとアレニアの肩を叩いて慰めると、アレニアから嗚咽が漏れ始めた。遅れてシオの目からも涙がこぼれていくのが見えた。
「しばらく彼らだけにしといてあげよか」
承知した。
クレアの提案にうなずいてロナを見れば、彼女もシオたちに背を向けて静かにコーヒーを飲んでいた。
死者を悼んでいる彼らを店に残してバックヤードに下がり、ホールの様子が見えない場所に行く。すると、クレアが隣で声をひそめた。
「で、どないする? 飲むか?」
私は何も言っていないのだけれど、クレアには私が空腹なのが分かったらしい。時々彼女はエスパーみたいに察しが良いから驚く。
「何年毎日顔付き合わせとると思ってんねん。ま、腹減ってんのやったら遠慮なく飲むんがええで。もうずいぶん飲んどらへんやろ? 我慢は体に毒やで」
言いながらシャツを引っ張って首筋を露わにしてくる。
ありがたいけれど気は進まない。反面、衝動としては彼女を欲してる。二律背反に揺られて立ち尽くした私だけれど、口元にクレアがぐいと自分の首筋を近づけてくる。
「ほら、遠慮せんと。忘れとったウチが言うのもなんやけど、いつ何が起きるか分からんのやからな。飲める時に飲んどき」
「……感謝する」
ためらいながらクレアの首筋に口を近づけ、そして――噛みついた。
歯が彼女の皮膚を突き破って血が流れ出て、それを私が吸って口の中に溜まると飲み込んでいく。
「ん……」
「黙って」
「そんなこと言うたって……声が出るんはしかたないやん」
クレアが抗議してきて私も反論しようとしたけれど、だんだんとどうだって良いと思えてくる。
彼女の血に含まれる膨大な魔力。それを取り込むと、さっきまで感じていた飢えが急速に満たされて、快感にも似た感情が沸き起こる。
この行為をすると、いつも思う。やはり私はすでに人ではない、と。口にするとクレアとロナに怒られるから黙っているけれど、その思いは消えない。
もっとも、それももう何年も前から分かっていること。少しだけ胸に空白感があるものの、受け入れている。
ただ。
(生きろ)
エドヴァルドお兄さんが私に残した言葉。それに従って生きているけれど、果たして私はお兄さんの命令どおり生きることができているのだろうか。そんな不安が私の奥底でくすぶっているの感じながら、私はクレアの血を飲み続けたのだった。
エピソード2「カフェ・ノーラのとある一日」完
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