4-3.騒々しいモンスターを倒すだけ
「下がって」
「え?」
いかにも怒り狂った様子のモールドラゴンを見上げると、私は後ろで抱擁しているアレニアたちを振り返った。
「店の場所は覚えてる?」
「う、うん……だけど」
「なら店へ」
トロルは倒したし、来た道をすぐ戻れば比較的安全に店へ辿り着けるはず。そうアレニアに伝え、銃口をモールドラゴンに向けて私は走り出した。
アレニアとシオから離れたら、狙い通りドラゴンも私の方を追いかけてくる。シオにつけられた傷のことはすでに頭から抜け落ちてるらしい。ドラゴンなのに鳥頭とは、これいかに。
くだらないことを考えているとドラゴンの口が開いて焔のブレスが迫ってくるけれど、バーニアを噴射して飛翔し、それを回避。宙返りしながら二人の方を確認すれば、振り向いて私の様子を伺いつつも指示通り逃げ出してくれていた。
であれば、残されていた懸念はすべて払拭できた。残るは――
「■■、■■■ァァァッ!!」
「うるさい」
この騒々しいモンスターを倒すだけ。
二人の様子を確認した私はさらにバーニアを噴射してモールドラゴンの背後に回り込む。そしてその後頭部目掛けて、先程トロルに放ったものと同じ大口径の弾丸を放った。
直後に着弾による打撃音を響かせ、一気にドラゴンの頭が焔に包まれる。トロルがそうであったように、大抵のモンスターは容易に倒せるだけの威力はある弾丸だ。
けれど。
「――ダメ」
「■■ァッ!!」
モールドラゴンの腕が焔を振り払い、奥から咆哮とともに巨大な口が私を飲み込もうとしてきた。それを空中で体をひねることで回避し、一度着地する。
ドラゴンがこちらへ向き直る。弾丸がぶつかった際のダメージはありそうだけど、硬い表皮を貫通するには至らず。さらに焔もたいして効いていないのは明白。B-1ランクのモンスターなだけはある。
モンスターの強度に感心していたが、怒れる敵は落ち着いて思索にふけることも許してはくれない。ドスドスと脚を踏み鳴らして急速に接近し、爪を振り下ろして私を押しつぶそうとしてくる。
再びステップでそれを回避。そのまま背後に回りながら戦略を思考する。
冥魔導を使うことも候補に上がったけれど即座に却下。敵の反応速度や動きを見る限りそこまでの相手でもないし、状況でもない。
腕の弾倉から装填済みの弾丸を捨て、胸元から新たに貫通力に優れた大型の弾丸――十四.五ミリ弾を取り出して手早く装填する。
振り向いた敵の爪攻撃を、バーニアを併用したステップで回避。すると、私を壁との間で押しつぶそうというつもりなのか、頭を下げてこちらへと突進してきた。
それを再び横へ回避。そして、立ち止まって振り返ったモンスターの下に素早く潜り込んだ。
「――……っ」
銃口をドラゴンの喉元に押し付けて接射。重苦しい銃撃音の後でドラゴンの頭が跳ね上がったのを確認して、さらに追い打ちで頭部を蹴り上げる。
「■ガァッ……!」
完全にモールドラゴンの頭が上を向き、上半身がのけぞる。それを見逃さず私は地面を蹴った。
跳躍し、天井付近でホバリング。ドラゴンの顔を見下ろした状態で私は銃口の照準を――その目に合わせた。表皮や骨格は硬くとも、さあ、眼球はどうだろう?
「――スイッチ」
掛け声と共に引き金を引いた。
響く低い銃声。貫通力に優れた弾丸は容易にドラゴンのまぶたを貫通し、めり込んでいく。そして眼球の奥にある頭蓋に達したらしく、ドラゴンは悲鳴を上げることなく仰向けに倒れていった。
ズン……と巨大な体が横倒しになる。着地した私はそのままゆっくりと近づいていき、血の流れ出した頭を軽く踏みつけてみた。けれどもドラゴンは動かない。どうやら撃退に成功した模様だ。
「……」
さて、倒したはいいけれどこれをどうしようか。ドラゴンを見ろしながら考える。
売れる部分を持って帰るにしても、取れる部位はそれほど多くない。もったいないので食材にする手もあるけど、残念ながらモールドラゴンの肉は硬いうえに臭いので売り物にならない。
なので。しばし考えた私は――この場で捕食するのが適当と判断した。
「食べて」
最低限の素材を切り取って、それから誰も周囲にいないことを確認してつぶやくと、視界の隅で揺れる私の前髪が黒く染まっていく。そして足元から黒い影があふれ出してモールドラゴンへ伸びて全体を覆い尽くし、程なく小さな咀嚼音のような音が届き始めた。
やがて、数分も経った頃に影が私の足元へと戻っていく。モールドラゴンが倒れていた場所を見れば、そこには何も無かった。肉も骨も、すべて私が頂いた。
さすがはドラゴンの名を冠してるだけあって、内包されていた魔素の量は中々だ。だけど久々のご飯ということもあって物足りない。
「……」
何も食べてない間は特に何も感じなかったけれど、中途半端に食事を取ったせいで逆にお腹が空いてしまった。戦闘で使った魔素は微々たるものだし、まだまだ体にはだいぶ残ってるから食べなくて困るわけではないものの、この空腹感はどうしたものか。と考えても、結局我慢するしかない。
大丈夫、少しだけ我慢しておけばどうせ慣れる。
そう考えつつも、自分のお腹へと勝手に手が伸びてしまうがしかたのない話だ。「ご飯」のことを頭の中から無理矢理に排除する。そして私はスカートの中から、折りたたんでいた大きな収納袋を取り出した。
広げながらモールドラゴンが出てきた部屋の方へ入っていく。中にはシオが指差してた死体が散らばっていて、数えていけば要救助者の数だけあった。死亡したことは悲しいことだけれど、モールドラゴンに喰い荒らされず比較的キレイな死体のままだったのはまだ幸運と言っていいのかもしれない。
とはいえ、こんな感想はきっと口にしない方が良いのだろう。以前に死体回収をして、遺族に引き渡す時に似たことを言ってひどく怒られた。理由はよく理解できなかったけれど、そういうものなのだと処理した。
余計なことは口にしない。そう思い至るくらいには私も成長できているのだと信じつつ、袋へ死体を収納していったのだった。
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