4-2.助かったと決まったわけじゃない

 カフェ・ノーラを飛び出し、私は迷宮を駆け抜ける。

 時間的猶予はない。状況を考えれば一秒でも早い対象の救出が求められる。なので脚のバーニアを最初から全力で噴射。最高速で広い第十階層を跳んでいた――背中にアレニアを乗せて。


「――次は?」

「待ってください……えっと、右です! 右に曲がったら今度はすぐに左! そのまましばらく道なりでお願いします!」

「了解」


 分かれ道に差し掛かったのでアレニアに問うとやや間があって、それからハッキリと指示を伝えてくれる。トラップに落下してパニックのまま走り回ったにしては彼女の道案内は確信に満ちているけれど、それには理由があった。

 スキル<鷹の目サーチャー・アイ>。アレニアが明かしてくれたスキルで、彼女が言うには自分のいる迷宮内のフロア構造が把握できるというものらしい。

 全体像がなんとなく分かるというレベルとは彼女の弁だけれど、同時に頭の中に自分や仲間の位置がマーカーのように浮かんでくるようで、その位置情報にしたがって私に指示している。直接戦闘向きではないけれど、迷宮探索にうってつけのスキルだと思う。


「――もうすぐ通路の右側に細い通路が見えてくるからそっちに曲がって……って、グリーントロルっ!?」


 彼女に言われたとおり曲がったその先では、緑色の肉体を持つトロルが三匹歩いていた。討伐ランクはB-3。この階層本来のレベル相当ではあるけれど、群れのリーダーだとB-2に認定されている。

 迷宮内に響くバーニアの音に惹かれてやってきたらしい。私たちを見つけると食料と認識したのか大きな口をだらしなく開け、こちらへとたるんだ腹を揺らして走り寄ってきた。


「こんな時にぃ……!」


 腹の脂肪のせいで銃撃や剣戟のダメージが通りづらく、体力もあるそれなりに面倒な相手だ。アレニアもそれを知っているようで、舌打ちが背中から聞こえた。

 けれど。


「大丈夫、問題ない」


 右腕を変形させ、先端に大口径の銃口が現れる。そして胸元から大ぶりの弾丸を取り出すと、二の腕に現れた長方形の穴に装填。走りながらも銃口をトロルへ向けた。


「――スイッチ」


 つぶやき、直後に凄まじい発射音を響かせて弾丸が発射された。それがトロルたちの目の前に着弾した途端――爆発が敵を飲み込んだ。


「っ……!」

「捕まって」


 地面を蹴り、焔魔導の込められた弾丸によってもたらされた焔を足元に眺めながら通り過ぎる。トロルのお肉は脂肪が程よく乗って美味しい。焔が鎮まる頃にはいい感じに火が通ってるはずなので、後で回収しに来よう。

 そう考えながらまた地面に着地し、走る。右側の細い通路を駆け抜け、やがて一気に広い空間へと私とアレニアは到着して。

 ちょうどそのタイミングで、対面側の壁が弾け飛んだ。

 奥から現れたのはモールドラゴン。目には短剣が突き刺さっていて、無事だった方の目が真っ赤に変色して怒りを示していた。

 そして、モンスターを一人の呆然と見上げてる少年の姿を私は認めた。


「シオッ! 逃げてッ!!」


 シオ・ベルツ。彼の姿は記憶――この間、グリュコフたちと一緒にいた――と一致する。やはり同一人物だった。


「■■■■■■ッッッッ――!!」


 砕かれた瓦礫が散らばる中で、モールドラゴンの咆哮が耳をつんざいた。

 人よりもずっと聴力が優れているせいで、単なるモンスターの咆哮だけで頭が割れそうに感じる。

 つまり私にとってもこのモンスターは害悪。そう認識した。


「降りて」

「えっ? うわ、ちょ、ちょっと!」


 アレニアを下ろして再びバーニアを噴射。真っ直ぐにモンスターに向かって飛んでいくと、私は脚を振り上げ――


「うるさい」


 思い切りモールドラゴンの頭を蹴り飛ばした。

 敵の体が横倒しになって吹っ飛んでいき、轟音を立てて壁に激突した。よし、静かになった。でも、敵の声を止めたいあまりにバーニアを全力で噴射し過ぎたかもしれない。後でクレアにチェックしてもらおう。

 それはともかく。


「待たせた」


 空中にホバリングしながらシオ・ベルツを見下ろす。目視では、全身傷だらけではあるけれど命に関わるような怪我はしてなさそう。


「シオ」

「……え? あ、はい!」放心状態でこちらを見ていた彼に声をかけると、ハッと私に焦点が合った。「何でしょうか?」

「他の人は? 救助対象はシオを含め、全部で四人と聞いている」


 問うとシオの表情が曇った。うつむいて首を横に振り、近くにあった小部屋の中を指差す。そう、間に合わなかったのね。お悔やみを申し上げる。


「シオッ! 生きてるッ!?」

「アレニア!?」


 だけれど、シオだけでも生き残っていたのは朗報。それは、私に助けを求めてきたアレニアとシオが泣きながら抱き合ってる姿を見れば分かる。

 後少し遅かったら、彼女の嬉し涙が絶望の涙になっていたかもしれない。そう思うと、私のやったことは無駄じゃないと思える。すでに私には絶望も喜びも感じる心はないが。

 もっとも。


「■■■ァァァッ――!!」

「っ!?」


 まだ助かったと決まったわけじゃないんだけど。



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