1-4.私のクラスはS

「させない」

「ぐぇっ!」


 迷宮ラフレシアのツタが届くその直前。ギリギリ私の腕が間に合った。

 伸びてきたツタをくぐり走りながらグリュコフの首をつかんで、大柄な体を引きずっていく。緊急処置的な救助だったので顔面が地面に擦れて悲鳴が上がったけれど、必要経費として我慢してほしい。


「いつつ……な、何が起こって――って、ノエル!?」


 グリュコフが素っ頓狂な声を上げるけどそれを無視して、彼の前に立ちはだかる。

 目の前では迷宮ラフレシアがツタを唸らせていた。察するに、餌を横取りされて怒り心頭らしい。それは私でも分かる。


「て、テメっ……! まさか戦う気か!? 無茶だ!」

「ノエル、逃げてっ!」


 心配の声が聞こえてくるが、私はそれに耳を貸さず背中の荷物を下ろし敵に一歩近づく。

 それを見た迷宮ラフレシアがツタを私めがけて振るった。

 サイドスラストを噴射しつつ地面を軽く蹴り、攻撃をかわす。ツタがしたたかに地面を叩いて砕けた破片が散らばった。せっかくの買い物をダメにするわけにはいかないから急ごう。

 そう心に決め、着地と同時にもう一度地面を蹴る。ただし――今度は前に。


「危ねぇっ!」


 当然ラフレシアの攻撃が襲ってくる。ツタが高速でうねり、私を叩きのめそうと様々な角度から迫ってきた。

 けれど、問題はない。

 ツタの軌道はすべて見えている。右腕で攻撃を受け流しつつツタの隙間をかいくぐって接近。そして最後の一歩を踏み出す時にバーニアを瞬間的に最大出力へ。

 私の重い・・脚がラフレシアに激突すると、一撃で相手の大きな体が後ろへ傾いでいく。

 反動を利用し、私は空中へ。そしてホバリングしながら、足元のモンスターへ右腕を向けた。

 袖を肘の上までめくり上げる。服が破れないようにするためで、布の下からは脚と同様に磨き上げられた金属の腕が現れる。


「――セット」


 私の声に反応し腕が変形していく。手のひらの部分が裂けて奥から現れたのは――いくつも並んだ銃口だ。

 さらに腕が変形し、二の腕部分に照準器が現れる。それを覗き込み、中心にラフレシアを捉えたのを確認しながら意識を私の内側へと向けた。

 心臓が脈打つ。私の中のさらに奥にある、私とは異なるもう一つの魂が動き出す。

 魔素が体からあふれていく。にじみ出した黒い光が背中から伸び、やがて翼を形成した。


「――スイッチ」


 そして腕の内部にある引き金を、私は引いた。

 瞬間、銃口から凄まじい数の弾丸が次々に発射されていく。けたたましい音が迷宮に響き、着弾の度に敵の体がちぎれ飛んでいく。

 クレアいわく、毎分二千発だとか。マズルフラッシュで照らされながら魔導で強化されたその弾丸をモンスターへと叩き込んでいけば、あっという間に迷宮ラフレシアの体が穴だらけの蜂の巣に変貌した。


「な、なっ……!?」


 ラフレシアの近くでは魔導は使えなくなるから厄介ではあるものの、物理攻撃ならば十分ラフレシアにはダメージが与えられる。もっとも、それもクレアの作ったこの武装と潤沢な魔素があればこそではあるけれど。

 とりあえずこれで終わり。動かなくなったラフレシアに近づいて、その大きな花の中心に溜まっている液体を瓶ですくい、花びらの一つを切り取る。液体はいろんな薬に加工できて高値で売買されるし、討伐証明に必要な花びらも手に入れたのでグリュコフたちへ振り返る。


「め、迷宮ラフレシアをたった一撃で、だと……?」

「ノエル、お前一体……? Cクラスの依頼しか受けられないんじゃ……?」


 Cクラス向け依頼を眺めていた私の姿しか知らないからか、迷宮ラフレシアを倒した今でも彼らは困惑し、視線で私に説明を求めている。なので私は無言で胸元からライセンス証を差し出した。


「は? え? ちょ、ちょっと待て! 確か真紅のライセンス証って――」

「――Sクラスライセンス……っ!?」


 彼らはずっと勘違いしていたが、私のクラスはS。このルーヴェンの迷宮限定だけれど。

 唖然として彼らは私のライセンス証を覗き込み続けてるけど、気にせずに仕舞う。このライセンス証はあまり見せびらかさない方がいい。ギルド支部長のランドルフやサーラがそう言っていた。二人の忠告には従うべきだと思う。

 私のことはいい。それよりも体の状態を報告してほしい。


「あ、ああ……正直言えば、しばらく戦闘は無理だ。特に」未だ困惑した様子ながら、肩や腹を押さえて座っている二人をグリュコフが見下ろす。「ワイマンとメイエルは傷が深い。死にはしねぇだろうが……」


 彼がワイマンとメイエルと呼んだ二人の様子を観察する。なるほど、彼の言うとおり二人共肩や腹部からそれなりの出血が見られる。他の三人にもいくつも傷を確認した。怪我の手当と休息が必要だろう。

 なら。


「付いてきて」

「お、おい、どこに行こうってんだよ?」


 荷物を背負い直し、彼らに声を掛けて歩き出す。後ろで何かをしゃべっていて中々動こうとしないけど、気にしない。

 彼らを助けはしたし、私に従ってくれるなら安全な場所まで誘導する。けれど選択するのは彼らだ。手取り足取りはしない。お兄さんもそこは厳しかった。


「ま、待ってくださいっ!」


 真っ先に追いかけてきたのはシオで、それから少し遅れてグリュコフたちも続く。先ほど見せたライセンス証が効果を発揮したのかもしれない。ともかく、意思を示したのであれば、彼らが動けるようになるまでの安全は私が責任を持つ。


「……どこまで行くんだ?」


 もうすぐ着くから心配はいらない。

 不安そうな彼らにそう告げ、寄ってきたモンスターを蹴散らしながら第十階層を進んでいく。

 そうして第十階層の奥の方にある、やや狭い通路を通り抜けた。するとグリュコフたちがキョロキョロと周囲を見回し始めた。


「こんなとこ、あったか?」

「分からねぇ……俺は見覚えはないが……」


 見覚えがないのも無理はない。十階層は、いわばこの迷宮の特異点。ライセンス区分に合わないモンスターが時折出現し、死んでしまう探索者も多いからギルドでも十階層は速やかに通り過ぎるよう通達している。加えて横に広く、入り組んだ構造になっているため、よほどこの階層に入り浸っていない限りはこの場所は気づかないと思う。


「……え?」

「お、おい。あれは……?」


 そして、そんな場所で二階建ての建物が姿を現した。正面から見ればこじんまりとした作りだけど、奥行きは結構あるから建物面積としてはそれなりだと思う。

 まさか迷宮内にこんな建物があるとは普通想像しない。なので彼らが驚くのも無理はない話だ。

 建物を見上げて立ち尽くす彼らを置いて「APERTO開店中」のボードが掛かったドアを押し開ければ、来客を告げるベルが鳴った。


「いらっしゃい……って、なんや、ノエルかいな」

「おかえり。相変わらず戻ってくるのが早いね。もうちょっと外でゆっくりしてくればいいのに」


 赤く長い髪を後ろで束ねたクレアがカウンターの奥から、そして艷やかな黒髪をアップにしているロナが手前側の端っこから私たちを出迎える。

 クレア、お客さん。


「客? おお、マジか。久々やな。まま、お兄さんたち、好きな席に座りぃや」

「あ、ああ……」


 呆気に取られたグリュコフたちが、クレアに言われるがままに席に着く。店内をキョロキョロと落ち着きなく見回して、その様子を見たクレアとロナが満足そうにうなずいていた。


「驚いたやろ? 迷宮のこんなトコに店があって」

「……まあ、そりゃな。しかしここは一体……?」

「何やノエル、ここのこと説明してないんか?」


 どうせ口で説明しても信じてもらえない。なら説明するより見てもらった方が早い。

 荷物を置きながらそう返答し、頭のカチューシャを整えると、カウンターにあったトレーを抱えてグリュコフたちの席へ向かう。

 こちらを見上げるグリュコフたち。彼らへ向けて私は笑顔を作り、そして告げた。


「いらっしゃいませ――迷宮カフェ・ノーラへようこそ」






エピソード1「カフェ・ノーラへようこそ」完



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