1-3.私が願いを継いだ
せっかくなので掲示板の依頼を受ける旨をサーラに伝えるとその場で受注票を発行してくれて、それを受け取った私は手を小さく振ってギルドを後にした。
街を巡り、ギルドにいろいろ売却して得たお金を使って必要な物資を買い揃えていく。食材にコーヒー豆に茶葉。後はお酒に調味料、それと弾薬。後者はクレアに頼めば作ってくれるけど、数を揃えることを考えれば大量生産されたものを購入する方が安上がりで手間もない。
本当は小型ミサイルも買いたいところだけれど、残念ながら闇市場の方でも売りに出てなかった。しかたない、あれは基本的には軍用品で一般には出回らないものだから諦めよう。一応まだストックはあるから問題はないはず。
「……山が動いてる?」
ぺしゃんこになってたリュックがあっという間に膨らんでパンパンになり、ギルドに入った時と似たつぶやきが聞こえた。すれ違う人たちが心配そうな顔をするけれど、気にしなくていい、というつもりで気持ち早足で歩いていく。
はるか遠くに霞んでそびえる、天まで伸びるタワーを眺めながら街を一周し、やがてまたギルドの看板が見えた。
ギルドは昔からある石造りの建物を利用して作られたのでそれなりに年季の入った作りだけれど、私が今入った建物は趣が全く違うと感性に乏しい私でも気づく。
歴史的とは対極といえる、コンクリートと金属で構成された新しさを感じさせる内装。基本的に白と黒のモノクロで統一されていて、たぶん、こういう作りを「無機質」だと人は形容するのだと推察していると、ゲートの前に立つ武装した男の人が声を掛けてきた。
「おかえり、ノエルちゃん。外に出てまだ一、二時間だけどもう帰るのかい?」
はい、必要なものはすべて買い揃えましたので。
「たまにしか外に出ないんだし、おしゃれするなりお茶するなり、もっとのんびり遊んでくればいいのに……っと、人様の生活に口出しするのは良くない癖だ。悪いね」
気にしてない。ヘルナーさんが言うとおり、私くらいの年齢の女性であればもっといろんなことを楽しんでるのが一般的なはず。
そう返答しながら私は自分のライセンス証を渡した。ヘルナーさんは顎を撫でてそれを眺め、「いつ見てもこいつにはため息が出るねぇ」と笑ってゲートのセンサーに真紅のそれをかざした。
ピー、という甲高い警報音が鳴ってゲートの扉が上下左右に別れていく。
その先に現れたのは――この街、ルーヴェンの迷宮だ。
近代的な作りの建物から一転してゲートの向こう側は岩肌や土の地面がむき出しの通路となっている。けれど、これでも上層階の方は初級者でも探索しやすいようにある程度地面は均されてて、両壁には一定間隔で魔導照明が設置されてる。だから昼夜を問わず結構な明るさだ。
「それじゃ気をつけて……と言っても、ノエルちゃんなら心配ないだろうが」
ライセンス証を私に返却しながらヘルナーさんがそう言ってくるが、あいにく私には上手な返答が分からない。なのでペコ、と軽く頭を下げて私は迷宮の奥へと踏み入れていった。丁寧な対応には丁寧な対応を返せ、無礼な奴には拳をお見舞いしろ。お兄さんの教えのとおり、ヘルナーさんに丁寧な対応を返せただろうか。
少しそんな不安を懐きながら、やや湿り気のある地面をブーツで踏みしめながら進み、下の階層へ降りていくと私を見かけた何組かのパーティが声を掛けてきた。
「ちょっと、君」
足を止めて用件を尋ねれば、どうやら大量の荷物を抱えて歩いている私を、パーティからはぐれた荷物持ちの少女だと勘違いしたらしかった。
成長が止まったこの体を恨めしく思うことはないけれど、こうして迷宮内を歩き回る度に声を掛けられるのは少々煩わしい。だが彼らが親切心から声を掛けてくれているのは理解している。
「問題ない。ご心配、感謝する」
以前、何も言わずに無視して立ち去ったら逆に面倒なことになったので、今回はちゃんと頭を下げて丁重に断った。見た目は変わらないが私も成長しているのである。
未だに背中に視線を感じるけれどそれに気づかないふりをし、途中で遭遇したモンスターも走って振り切っていく。
そうして私は十階層へとたどり着いた。この階からはいわゆる中層階にあたり、必要なライセンス証もBクラスが必要だ。階段の終わりに設置されたセンサーにライセンス証をタッチし、開いたゲートをくぐる。
その時だ。
「ぎゃあああああっ!!」
迷宮の奥から届くかすかな悲鳴を、私の耳が捉えた。
「だ、誰か助け、て……れ……!」
声は小さいけれど、助けを求める声と発砲音、それにモンスターのものと考えられる鳴き声が聞こえる。どうやらこの先で戦闘が行われているようだった。それも、探索者側が劣勢であると推察する。
(たくさん人を殺してきたからな。今度は同じくらいたくさんの人を助ける仕事をしてみたいもんだ)
頭の中で「お兄さん」がかつて私とした会話がリフレインする。お兄さんの願いはもう叶わない。だから――私がその願いを継いだ。
スカートの裾を少したくし上げる。
金属でできた脚が顕わになる。パーツの一部が開いて
「――今、行く」
つぶやきと同時にバーニアを噴射。魔素が一気に空気を押し、義体の脚が地面を強く蹴る。
加速。背中の荷物をもろともせずに瞬時に最高速へと達し、風を切り裂いて迷宮内を跳んでいく。
頭のカチューシャが落ちないよう押さえ、走る。やがてその走行経路上に、この階層の一般的なモンスターがぞろぞろと姿を見せ始めた。一応静粛モードではあるけれど、バーニアの音を聞きつけたらしい。
「邪魔」
この程度の敵、戦う方が時間の無駄。そう判断し、バーニアを再び噴射する。
体が浮き上がり、高い迷宮内の天井スレスレまで達すると今度は天井を蹴って前へと再び加速する。両脚の噴出孔から空気と混ざった魔素の噴出音を響かせ、モンスターたちの頭上でバレルロールを行い着地。そしてまた地面を強く蹴った。
「――見つけた」
程なく私の目が敵を、そして必死に逃げ惑う人たちを捕捉した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! クソ、なんでこんなところに迷宮ラフレシアなんてバケモンがいるんだよぉっ……!」
少し驚いた。モンスターと戦っていたのは、先程ギルドで私に絡んできたグリュコフたちだった。こうしてすぐに迷宮内で遭遇するなんて、クレアだったら「因果なもんやなぁ」とでも漏らしてるかもしれない。
「来るなっ、この……!」
「何やってやがる、エンク! お得意の魔導で足止めしろよ! このままじゃ俺ら全滅だぞ!」
「分かってる! けどなんでか魔導が発動しねぇんだよ!」
彼らが戦っている相手は迷宮ラフレシア。巨大な花型のモンスターで、私の記憶によればツタによる高速攻撃や見た目に反して硬い表皮も脅威だけど、ひそかにその中心部分から発せられる瘴気が特に厄介なはず。
迷宮ラフレシアの発する瘴気は魔導の発動を妨げ、そのせいで討伐の難易度もかなり跳ね上がっている。本来はもっと下層部にいるべきモンスターだけど、その常識はこの十階層には通用しない。
当然、彼らの実力に見合わない相手だ。
「うわっ!」
「ぐわあぁぁぁっ!!」
迷宮ラフレシアが低い唸り声を上げるとともに棘を全方位に発射。さらにツタを高速で振り回していく。傷を負いながらもここまでなんとか攻撃をしのいでいたらしい彼らだったが、その攻撃には耐えきれずまずシオが壁に叩きつけられ、グリュコフたち他のメンバーも次々に地面を転がっていく。
「く、そがぁっ、……!?」
転がった彼らへと迷宮ラフレシアが近づく。このモンスターは雑食で、魔晶石も人もなんでもその口に放り込んで栄養としてしまう。
彼らもその栄養にしようというのだろう。恐怖にやられたかグリュコフは見上げるだけで動けない様子。その彼にツタが伸びていって――
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<迷宮①>
・迷宮、またはダンジョンと称される地下空間を指す。
・内部は地上に比べて遥かに高濃度の魔素で満たされており、そのためモンスターが繁殖しており、これら生物が外へ出ないよう管理区域とされたことが大元である。
・現代では鉄鉱山などと同じように資源産出源として扱われており、多くの人々がモンスターの素材や魔晶石を求めて探索者となり、日々迷宮内を探索している。
・なお、迷宮の正式な名称は「魔導的施設に伴う指定管理中立区域」(Designated Administrative Neutral area for Sorcery InstitutiON)である。
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