1-2.断ったら……嬢ちゃんなら分かるな?

 腕を掴んだのは、酒を注ぐよう依頼してきたグリュコフだ。彼の顔を見れば、ニヤニヤと赤ら顔を緩めて私を下から上へと眺めていく。


「なあ、嬢ちゃん。名前はなんてぇんだ? 掲示板を見てたなら探索者ってことで間違いねぇかい?」


 名前はノエル。探索者か否かで言えばJaイエス。資格は持っている。


「そうかそうか。ならちょうどいい。単刀直入に言おう。ノエル――俺らのパーティに入らねぇか?」

「はっはっは! なんだ、グリュコフ。テメェ実はロリコンだったのかよ」

「たまには違った趣向の女もいいだろ。それともテメェら、ノエルにお世話してもらわなくっても構わねぇんだな?」

「おいおい、そうは言ってねぇだろ」


 私は返事をしていないのに、彼らは勝手に盛り上がって楽しそうだ。楽しそうなのは何よりだと思うけれど、彼らが私に向けてくる視線は好ましくない。今まではあまりこういった視線を受けることはなかったものの、サーラがたまに愚痴を漏らしてるのはこういう視線のことなんだろうか。


「なあ、どうだ? 悪い話じゃねぇと思うぜ?」

「見てのとおり俺らは男ばっかりのむさ苦しい所帯でな。迷宮に潜るうえでのこう、華が欲しいんだよ」

「なぁに、別に嬢ちゃんに戦えたぁ言わねぇさ。ちょっと魔晶石を拾いながら荷物なんかを持ってもらって、時々……俺らを楽しませてくれりゃいいだけさ」

「グリュコフさん!」


 シオが大声を出して立ち上がった。が、すぐにグリュコフの拳がシオの顔面を捉えて小柄な体が床を転がっていく。

 その騒がしさのせいで周りの人たちから一斉に注目を浴びたけれど、グリュコフたちが威嚇するとみんな視線を逸らしていった。周囲も彼らに劣らない体躯にもかかわらず止めようとしないということは、どうやらグリュコフたちはそれなりの実力者と推測する。


「どうだ、ノエル。ボードを見てたってことはすぐ金になる仕事を探してんだろ? だがボードの依頼なんざ辞めとけ。Bならともかく、Cクラスにロクな仕事なんかねぇ。けど俺らと一緒なら奥の方まで潜れるから、ボードの依頼なんかよりすぐ稼げる。もちろんお前に払う報酬も弾むぜ。これだけでどうだ?」


 提示された金額は、なるほど、ただの荷物持ちにしては破格だ。

 常識とか当たり前の感覚がひどく欠落している自覚がある私だけれど、彼が要求している仕事はなんとなく理解できた。加えて、彼らの人格に多少の問題があることも。


「ま、ここで断ったらどうなるか……賢い嬢ちゃんなら分かるな?」


 グリュコフが顔を近づけて問うてくる。

 覗き込んでくる瞳の色。それを私は知っている。私のような少女を力づくで屈服させるのは容易い。そう信じている瞳だ。戦争中、似た目をした人間をそれなりに数多く見てきた。実際、彼我の体格差を客観的に判断すれば、その判断は当然だ。

 けれど。


「断る」


 彼らの依頼を受ける必要はないと判断する。

 探索者の間で臨時のパーティを依頼したりすることはよくある。けれど私がその手の依頼を受けるのは、本当に助けが必要となっている時だけだ。そして私が感じる限り、彼らに助けは不要。そのうえ、好意的な関係を結ぶ意思を彼らからは感じない。

 したがって彼らと関りを持つ理由はない。グリュコフはすごんでいたが、断ったことで被る不利益もたいしてないと思料する。なら私が提示する答えは一つだ。

 

「は……?」

 

 私がハッキリと拒絶したのが意外だったのかもしれない。全員が少々目を丸くして固まっている。が、彼らの反応を待つ必要はない。

 無言で私が踵を返す。するとまた手を掴まれた。


「……まあそう結論を急ぐなよ」


 別に急いで結論を出したわけじゃない。ただ貴方たちの要求に答えるメリットを僅かなりとも感じなかったから断っただけ。


「そう言うなって、ノエル。これでも俺たちは結構稼いでんだ。おまけに自分で言うのもなんだが、将来有望だ」

「そうそう。もうすぐB-2ライセンスになるんだが、このギルド支部でも指折りの昇格スピードらしいぜ。そうなりゃ他の探索者にも顔が利く」


 何を言いたいのか要領を得ない。結論を簡潔に言ってほしい。


「つまりは、だ」


 そう言ってグリュコフは空になった酒瓶を空中に放り投げ――


「<複製攻撃コピー・ダメージ>」


 つぶやきと同時に腰の剣を振るった。一振りの剣先から二つの刃が空き瓶を切り刻んで、それが二撃。都合四度の攻撃が空き瓶をバラバラにした。

 スキル持ち。なるほど、彼が自信家である合点がいった。有効な攻撃手段を持っているのであれば、単純にダメージが倍になるし避けづらい。かなり有益なスキルだと思う。

 とはいえ。


「ギルド内で攻撃スキルを使用することは推奨しない」

「おっと、そいつはすまねぇな」


 私の注意に言葉だけの謝罪を返して、それからまたグリュコフはニヤリと笑い私の顔を覗き込んだ。


「俺のお願いは無下にしない方がいいってことだ。探索者同士の繋がりってのは馬鹿にできねぇ。迷宮内ってのは何が起きるか分からねぇからな。モンスターと戦ってる最中に背中側から・・・・・刃物が飛んでくる、なんてこともあるんだぜ?」


 グリュコフの言いたいことは理解した。なら少しだけ再考してみる。

 けど。


「断る」


 結論は変わらない。もう一度同じ回答を告げて私は再び依頼の貼ってある掲示板へと戻っていった。


「おい、ノエル! テメェ……!」


 追いかけてきたグリュコフが今度は私の肩を強く掴んで引っ張る。けれど、彼の方へ振り返る必要はもうない。


「くっ……な、んだ……!? こいつの体……ビクともしねぇ!」

「はっはっ! 何やってんだか、グリュコフ。俺らのリーダーがガキ一人振り向かせられねぇたぁリーダーの名が泣くぜ?」

「違ぇんだよ! こいつの体がやたら重てぇんだよ……!」


 言っておくけれど、別に私は踏ん張ってない。ただ立っているだけ。彼らはもうすぐB-2ライセンスと聞いたけれど、戦闘スタイルが見た目通り体格を活かしたものだけならそれ以上は見込めないかもしれない。彼らへの評価を私は改めた。


「邪魔」


 肩を掴まれたままだと歩きにくい。なので、右手で彼の腕を少しだけ・・・・強く握って無理やり引き剥がした。


「いっ、てぇっ……!」

「貴方たち、何を騒いでるんですか!?」


 私の手から逃れようと暴れてるグリュコフを眺めていると、サーラが駆け寄ってきた。この騒ぎをたぶん誰かが通報したんだろう。

 私を一瞥すると彼女はグリュコフたちに厳しい視線を向けた。そこに、私に見せていたあのだらしない顔はかけらもない。


「グリュコフさん。また貴方ですか……いい加減にして頂けませんか?」

「……別に俺は何もしてねぇよ。ちょっとばかし仲間と酒飲んでたら見慣れねぇ嬢ちゃんがいたからな。新人ルーキーにギルドでのアレコレを教えてやってただけさ」

「新人、ですか……」


 サーラは私を横目で見て、明らかに呆れを含んだため息をついた。別に私は何も言ってない。


「ギルド内でお酒を飲むのも控えてほしいんですが……とにかく、迷宮内や街でもトラブルを起こす貴方たちの素行の悪さはギルド内でも問題視されています。このままだとライセンス廃止も視野に検討しないといけなくなりますけど、それでも良いんですか?」

「おいおい、良いのかよ? 俺らはそれなりにギルドに貢献してるつもりだぜ?」

「私だってそんな議論したくありません。けれど他の探索者たちの迷惑になるのであれば、やむを得ないでしょうね」


 グリュコフとサーラではずいぶんと体格差がある。だけれども凄んでくる彼に対してもまったく引く様子はなく、彼女は探索者ではないけれど探索者よりもよっぽど度胸が据わっていると思う。


「……ちっ、興が冷めた。おい、行くぞ」


 しばらくグリュコフはサーラと睨み合ってたけど彼女が一歩も引かないからか、やがて他の仲間を引き連れて他の探索者を押しのけながらギルドから出ていく。

 床に尻もちをついたままだったシオも慌てて立ち上がって、私たちへ頭を下げてから急いでグリュコフたちを追いかけていった。


「はぁ……新人の頃はもっとマシだったのになぁ」

「増長してる?」

「まあそんなとこね。今のところ依頼でも大きな失敗はないし。そこそこ実力があるのは間違いないんだけど……だいたいああいうタイプって痛い目に遭わないと分かんないのよね」


 グリュコフたちが出ていったギルドの玄関を、サーラは心配そうに眺めている。

 迷宮だと何があっても基本的には自己責任。サーラが気に病む必要はない。


「それはそうなんだけど。やっぱり死人は出てほしくないじゃない?

 それにしても――」


 今度は視線を私へと向けてきた。何か?


「いーえ。新人って誰の事かしらって思って」

「私はそう名乗ってない」

「分かってるって。見かけでしか判断できないのも彼らの実力だし。でも……あんな人たちでももし迷宮内で困ってるのを見かけたら、助けてあげてね?」


 承知してる。

 助けを必要としている人がいるなら、私はそのために最大限努力する。

 それが、死んだ「お兄さん」がやりたかったことなのだから。



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<スキル>

・特定の条件下で発動するパッシブスキル、および自らの意志で発動できるアクティブスキルの2種類が存在する。

・発現する詳細な原理については未だ不明だが、体内に取り込まれた魔素が意思(精神)によって変化・作用することによるものと考えられており、そのため多種多様なスキルが存在する。しかしながら、概ねいくつかの類型には分類可能である。

・スキルを持つ人間は珍しくないが、うまく発現できるとも限らず、スキルを十全に発現・活用できるかは個人の能力・鍛錬によるところが大きい。



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