1-1.こんな身なりでも成人済み
邪魔をしてきたリザードを倒した私は迷宮から出るとそのまま近くの建物に向かった。
扉を開け放ってくぐり、するとその瞬間、室内にいたたくさんの瞳が一斉に私を捉える。
より正確に表現するならば、視線が向けられた後に一度外れて、そしてまたもう一度目を丸くして私を見つめる。いわゆる二度見と呼ばれるものだと推察する。
しかしそれも無理のない話だ。
私が入ったのは通称、ギルドと呼称される組織の建物。略称はW.A.D.A。正式な名称は世界迷宮管理協会。世界中に生まれた「迷宮」を管理している巨大な組織であり、ここは迷宮都市・ルーヴェン支部にあたる。
建物を利用するのは
「……子どものメイド?」
そんな場所にあって私、ノエルはといえば、首にリボンタイを結びつけたメイド服 (クラシカルスタイルと呼ぶらしいと文献で読んだ)姿で、かつ身長は一二〇センチそこそこと、身体的特徴は初等学校の学生でもおかしくない。明らかに場違いだろう。ただし、こんな身なりでもすでに年齢は十七であり、成人済みであることは言い添えておく。
「どこかの金持ちのおつかいか?」
「にしたって……なんだい、あのリュックのサイズは?」
「どこのどいつだか知らねぇが……いくらメイドだからって子供に無茶させすぎじゃねぇか?」
周囲が口々に私を心配している。なるほど、私の容姿がギルドにふさわしいものではないからこそ注目を集めていたのだと思っていたけれど、どうやらそればかりではないみたいだ。
見上げれば、背負ったリュックが天井の照明を遮って影を落としてくる。ただでさえ大柄な成人男性でも体格負けしそうな巨大なリュックだというのに、さらに幾つも物を上に載せてるせいで、後ろからだと私の姿など到底見えず、荷物の山に脚が生えて歩いてるように見えてしまうに違いない。
そういえば、さっき迷宮内で遭遇した少年たちも驚いていたけれど、そういうことだったのか。月に一、二度程度の頻度でギルドに通い始めて数ヶ月。やたらと注目を浴びていた謎が今ようやく解けてスッキリした。
「サーラさん」
理由が分かったのならばこれ以上気にかける必要はない。向けられた視線をすべて意識の外に追いやり、掲示板に向かって仕事をしていた女性に声を掛ける。すると彼女はふわっとした青い髪をなびかせて振り向き、私を見て破顔すると持っていた紙を放り捨てて飛びついてきた。
「ノエルちゃん! いらっしゃい!」
私に抱きついて、さらに自分の頬を私の頬に擦りつけてくる彼女の名はサーラ・シアーノ。主に受付窓口として働いているここの職員で、いつも彼女が私の持ち込んだ荷物の対応をしてくれている。ところで、放り投げた紙が舞っているけど大丈夫なのだろうか?
「あーん! もう、いつ見てもノエルちゃんは可愛い! ほっぺたは柔らかいし、透き通るみたいな髪の色も今日もすっごくキレイ! お持ち帰りしちゃいたい!」
それはお断りさせて頂きたい。私には所属している場所があるので。
「えー、ダメ? うちの子にならない?」
なりません。
しかし、ここに来るたびに彼女はこうして全身で私を歓迎してくれるのだけれど、少々スキンシップが大げさすぎる。ギルド内を見回しても他の職員も笑顔で対応こそしているが抱きついたりなどはしていない。彼女が特殊な人間なのだと推察する。
「むー……ま、今日も諦めてあげる」
サーラは一度頬を膨らませて、それからすぐにまたニコリと笑った。そして最後にショートにしている色素の薄い私の髪を軽く撫でて体を離すと、私の背後にそびえる荷物を見上げて、彼女は感嘆と思しきため息を漏らした。
「今日もまたいっぱい持ち込んできたわねぇ」
リュックの中に入っているのは、数週間の迷宮内生活で溜まったモンスターの素材と副産物である魔晶石の数々だ。個人間の小規模な取引まで制限されてはないけれど価格安定のため、基本的に迷宮内で入手したものはギルドが買い取ることになっている。なので私もその規則に従って数週間に一度、こうして素材を持ち込んでいる次第である。
「じゃあいつもどおりあっちの部屋で。まとめて査定してしまうわ」
お願いします。
彼女の案内に従って、私は再び背中の山を揺らしながら奥の部屋へと入っていったのだった。
量は多かったけれど持ち込んだ素材の査定もつつがなく終わり、背中のリュックは一気にぺしゃんこになった。その軽さに逆に違和感を覚えつつ、私は壁際のボードを見上げていた。
ボードには常時出されているギルドの依頼、それとギルドを通じて出された個人の依頼が張り出されている。別に受ける必要もないのだけれど、友人であるクレア・カーサロッソから「せっかくギルドに行くんやし、ついでに簡単な依頼でも受けてきたらええやん」と言われてるので探しているわけだ。ロナには「貧乏性」と形容されているけれど、クレアの判断は合理的で間違ってないと思う。
さて、どれを受けるのが適切だろうか。
探索者は副業にすぎず、依頼に割ける時間も限りがあるうえに次にギルドにやってくるのは数週間。なので収集系の常時掲示されている依頼か、期限の緩い依頼が適当と私は判断した。
そうなると私の視線も自然と、要求ライセンスがCクラスのところに向かう。Cクラスは初級者ライセンスだけど気にせずざっと見ていけば、いくつかは適当そうな依頼があった。そこから選ぶことにする。
「なー、そこのかわいい嬢ちゃんよぉ」
こっちの魔晶石の採集は、他のものに比べて達成料の割りがいい。だけど品質制限もあるし期限が少し短すぎる。いつもより早めにギルドに来ればいいだろうけど、わざわざそこまでする必要はないから却下が適当。
「おーい。リュックを背負ったちっこいお嬢ちゃーん。こっち向いてくれや」
ワイルドウルフの牙集めは、期限は問題ないけど数が多い。手間がかかるのでこちらも却下が適切と思料する。
「おいっ! こっち向けって言ってんだろっ!!」
ならばやっぱりこっちの、最初のとは別の魔晶石採集の方が適当と判断する。単価は安いが常時受け付け依頼なので量や時間に縛られることがない。お金が必要なわけじゃないので、クレアも別に文句は言わないだろう。
掲示板をにらみつけながらそう思索していた私だが、背後から誰かが近づいてくるのを感じ取った。
私の肩に触れる――直前に、伸びてきたその手をつかんでから振り向く。するとそこには私より年下の、十代半ばと思われる少年が顔を引きつらせていた。どうやら強く握りすぎたようだ。
「何か用?」
尋ねると、探索者らしくない風貌の少年は手を擦りながら「あ、あはは……」と愛想笑いらしい声を上げて、しどろもどろな様子だ。用が無いなら失礼するのだけれど?
「い、いえ! 用はあります! えーっと、その、ですね……さっきから僕のパーティの人が君を呼んでたんだけど気づいてないようだったから……」
ああ、さっきから何か大きな声が聞こえると思ったら。うるさいとは思っていたけれど、私に用があるとは気づかなかった。それは失礼した。
少年が振り返った先を見れば、ギルド内の休憩スペースに置かれたテーブル席を一つ占領する形で男性が四人座っていた。少年に比べたらずいぶんと大柄で、いかにも探索者といった風貌だ。少年も彼らと同じパーティなんだろうか?
「ええ、まぁ今は……と、とにかく! 僕は彼らから呼んでこいと言われただけなんで内容は分かりませんけど、用があるみたいなんで来てくれませんか?」
歯切れが悪いけれど、とりあえず用があるのは少年ではなく同じパーティの男性四人であることは理解した。受ける依頼も決まったので拒否する理由もない。少年に付いてテーブル席へと私は向かった。
「おう、やっと来たか」
私に気がついた男性の一人が酒瓶を口から離してニヤリと笑った。つられて他の三人も私を見て口笛を吹くなどして囃し立てていく。
テーブルを見れば、幾つも酒瓶が転がっていて、私を呼んできた少年以外全員赤ら顔だ。休憩スペースでの酒盛りは褒められたものではないと思料するが、別に飲食が禁止されているわけではないし、今の私はギルド職員でもないから特に注意する必要性を感じない。
「何か用?」
「まあな。だがそう焦んなって。話の前に喉を潤してぇんだが嬢ちゃん、ちょいと一杯注いでくれよ」
「グリュコフさん」
「テメェは黙ってろ、シオ」
グリュコフと呼ばれた男性がコップを差し出してきた。わざわざそのために私を呼んだのだろうか。
私を呼びに来た少年――シオと言うらしい――がその行為を止めようとする。が、グリュコフににらまれると体を縮こまらせて空いていた席に座った。彼には逆らえないみたい。
私が注ぐ理由もないけれど断る理由もない。なので言われたとおり酒瓶をコップに向かって傾けたその時、私の腕を男が掴んだ。
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<ギルド①>
・ギルドは通称であり、正式名称は世界迷宮管理協会(W.A.D.A:World Association of Dansion Administration)。
・世界各国から迷宮の管理を委託されているが、所在する国とは独立して運営されている。
・ただし迷宮から得られた利益は所在国に納税する義務があり、その納税額は莫大。そのため、迷宮の確保が各国紛争の火種になることも多い。
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