後編

 確かに、年齢は同じだし(公式発表)、髪型や背丈は似ているかもしれない。

 中学の頃からバレー部でリベロとして活躍してきた由鶴は、いつもベリーショート(部の決まりではないらしいが)。小柄で華奢な身体も――あくまで画面越しの印象だが――五十嵐奏太のそれに近いものがある。


 実際、由鶴は昔から『男の子』によく間違われていた――。


 物心ついたときからずっと由鶴と一緒にいた俺だが……何度、『仲の良い兄弟ね』と見知らぬお姉さんやおばさん方に言われたことか。中学に上がってからは、道端ですれ違う女子中高生に『BL……』と意味深に囁かれる日々。


 そういったことは、もはや日常茶飯事。俺も由鶴も慣れたもの……だった。――ほんの半年前の高二の春、五十嵐奏太が彗星の如く現れるまでは。


 鮮烈なデビューを飾り、一躍スーパーショタアイドルの階段を駆け上がった五十嵐奏太。今や、この国で彼の笑顔を見ない日はないというほど。そうして五十嵐奏太の人気が上がれば上がるほど、由鶴が『奏太くんですか!?』と呼び止められる回数も増えていき……俺たちの日常は様変わりした。

 俺は俺で、子供の頃から柔道をしていることもあってガッチリとした体躯で、顔立ちも野武士の如く(同級生談)。由鶴と並ぶ姿は、とてもじゃないが『同い年の幼馴染』には見えないのだろう。以前は『お兄ちゃん』やら『鬼畜攻(なんのことかよく分からんが)』やらと囁かれていた俺は今や、『SP兼マネージャー』に観衆の中で華麗なるジョブチェンジ。


 もしかしたら、そんな俺が隣にいるせいで、由鶴の『五十嵐奏太』疑惑に拍車をかけているのかもしれない……が。

 万が一、仮にもそうだとしても……俺は由鶴の隣を離れたくはなかった。できることなら――ワガママだと分かっていても――傍に居たい所存である。


「あ、これなんてどうかな?」


 駅近くの服屋にぶらりと立ち寄るや、由鶴はマネキンが被っていたキャップをひょいっと取って、自分の頭に乗せた。


「似合う……かな?」と由鶴が振り返るなり、

「似合わないという選択肢がない!」


 間髪入れずに答えると、由鶴はなかなかに渋い顔を浮かべた。


「答えが早すぎる」

「スピードのダメ出し!?」

「だって、ちゃんと見てもいないのに答えてるでしょう」


 ぶーっと不満たっぷりに言う由鶴が可愛いだけである。


「見ずとも分かってしまうんだ、俺には」と俺はほくそ笑む。「目を瞑ってても分かっちゃうからな」

「目を瞑ってちゃ意味ないの。だから、私はアキちゃんと一緒に服選ぶの厭なんだ」

「ええ……!?」


 厭なの……!?


「そんな……由鶴……厭なのか? 俺は由鶴と一緒ならなんだって楽しいぞ!?」

「私もだよ、それは」


 クスリと笑む由鶴。キャップを戻して、「たださ……」と言いながら、今度は花柄のひらひらとしたワンピースを取って、自分の体に当てた。


「ほら。これはどう思う?」

「一人東京ガールズコレクション!」

「……」


 むう……と由鶴は可憐なその顔をかなり険しくしかめる。


「あのね、アキちゃん」と冷静な口調で言いながら、由鶴はきっと射るように俺を見つめ、「鏡があるから、私も分かるんだよ。こういう格好が似合わない、てこと。それなのに、アキちゃん、なんでもかんでも『似合う』って言うんだもん。全然、参考にならない」


 ええ……!? と俺は絶句する。

 嘘でしょ、ちょっと。この子、『似合わない』とか言ってる……!?


「あ……新しい鏡を買いに行こう、由鶴! 『世界で一番可愛いのは由鶴です』とちゃんと言える鏡を!」

「それ、ただのアキちゃんが入ってるマジックミラー! ――そういうことじゃなくて……鏡の問題じゃないの! 私は……アキちゃんの本当の『可愛い』が知りたいの!」

「本当の……『可愛い』?」

「うん」と由鶴は物憂げな表情を浮かべ、視線を落とした。「アキちゃん、私に気を遣ってくれてる……んだよね。私がこの見た目を……男の子に間違われることを気にしてるって分かってて、いっぱい、『可愛い』って言ってくれるんだよね。その気持ちは嬉しい――けど、私は本当にアキちゃんが『可愛い』と思ってくれる格好がしたいんだ。もっと……アキちゃんに、ちゃんと私を見て欲しいの」


 俺が本当に『可愛い』と思う格好……? もっとちゃんと自分を見て欲しい……?


 何を言っているんだ、由鶴――!?


 俺はこれ以上ないくらいに由鶴を見てきた。誰よりも傍でずっと由鶴を見てきた。由鶴だけを見てきた。だからこそ、どんな格好も似合うと思ってしまう。――が何を着ても可愛いと思うのは自然の摂理だろう。


 しかし……そんなことを言うわけにはいかない。


 臆病者だ、と罵られようと。卑怯なヤツめ、と蔑まれようと。

 俺にはまだ覚悟が無い。

 この場所を……由鶴の隣を失う覚悟が無い。告白する勇気が無い。


 ずっと……一生、由鶴の傍にいたいと思えばこそ、『好きだ』と言えない。『兄』だろうが、『鬼畜攻』だろうが、『マネージャー』だろうが……なんと呼ばれたっていい。由鶴の傍にいたい。 『幼馴染』でいい、と思ってしまう。


「ねえ、例えば、さ……」


 ワンピースを元あった場所に戻しながら、由鶴はふいに切り出した。


「私が……髪を伸ばしたら、似合うと思う?」


 思わぬ問いに、「へ……」と惚けた声が漏れていた。


「髪……?」

「髪が……肩まで伸びたら、少しは女の子っぽくなるのかな」

「由鶴――」


 何を言う!? 今だって、十二分に女の子っぽいぞ! どんな髪型だろうと関係ない。俺にとって、由鶴は地球上のどの女の子よりも……そして、あの五十嵐奏太よりもうん億倍も可愛いのだ! ――そう言いたい気持ちは山々だが。

 きっとそんなことを言っても……由鶴は納得してくれないのだろう、と分かってしまった。

 それならば――だ。


「ああ……」と俺は意を決し、苦汁に辛酸を混ぜたものを嘗めるような思いで、心を鬼にして答える。「なる……と思う」


 すると、由鶴は勢いよく振り返り、「ほんと!?」とぱあっと晴れやかに微笑んだ。

 ああ、お天道様もびっくりな可愛さだ、と見惚れているうちに、


「じゃあ、そのときは」と由鶴はちょこんと詰め寄ってきて、コソッと言う。「私……アキちゃんに告白するね」

「え……」


 告……白? 告白って……言った?

 ぱちくりと目を瞬かせる俺に、由鶴ははにかむように微笑んで、くるりと身を翻す。


「さあ……変装用のキャップ、買うぞ! 本人でもないのに変装なんて変だけど」


 どこかごまかすように……演技じみた口調でそう言って、由鶴は店の中を進んでいく。

 その背中を俺は呆然と見つめて立ち尽くした。


 告白って、つまり……告白? 愛の……告白!? まさか――由鶴も俺のことを好き、てこと!?

 わあああ、とその場で歓喜の雄叫びを叫びそうになる……が。


 ちょっと待てよ――と冷静な声が脳裏に響く。


 俺も……好きなんだけど。今この瞬間にでも、俺も好きだ、て店の中心で叫びたいくらいなんだけど。

 でも、由鶴は『髪が肩まで伸びたら、そのときには告白する』と言っていた。――ってことは、俺は待つべき……なのか? 告白されるまで……由鶴の髪が肩まで伸びるまで待たなきゃダメだということか!?


 愕然として見つめる先で、由鶴はふいに振り返り、ふわりと微笑む。

 ほんのり頰を染め、照れたように浮かべるそれは、まるで春の野に咲き誇る可憐な花の如く。華やかでいて、なんといじらしい。

 好きだ――と骨の髄から痺れるような積年の想いが迸る。

 今にもその想いを伝えて、両思いの喜びを由鶴と分かち合いたいところだが。彼女のその髪は、まだ到底肩にはつきそうにない。

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