君の髪が肩まで伸びたら 〜国民的アイドル(♂)に瓜二つの幼馴染(♀)を溺愛しています〜
立川マナ
暁雄side
前編
周りがざわつく気配がする。動揺とともに、きゃあ、と広がっていく黄色い悲鳴。
しまった、と思った。
「五十嵐くん……だよね? 絶対そうだよ。
「うそ! なんで、こんなど田舎にいるの? ロケ? ロケなの?」
「可愛すぎ〜。ショタの鑑〜!」
なんだろうか、『ショタの鑑』とは。俺にはよく分からない世界だが。
とにかく、まあ……早々とこの場は去ったほうがいいことは確かだ。
駅を出て階段を降りると、大型ビジョンがある広場に出る。そこは(俺は行ったことはないが)渋谷駅前のハチ公像のようなもので。待ち合わせの定番。この辺りで『待ち合わせしよう』と言ったら、自然とそこになる。週末の昼間となれば、そりゃあ人でごった返すわけで。誰かしらに気づかれ、こうして騒ぎになることも、充分、想定できたことだった――のに。
不覚だった。
「あの……」
背後からのその声に、背筋にぎくりと戦慄が走る。
とうとう来たか、と振り返れば、
「五十嵐奏太くん……ですよね!? ファンなんです。握手いいですか?」
同い年くらいだろう、女子高生らしき二人組が頰を赤らめ、鼻息荒く詰め寄ってくる。俺……ではなく、俺の隣にいる人物に。
俺よりもずっと小柄で華奢な体つき。快活な印象のベリーショートの黒髪に、Tシャツにショートパンツというスポーティーな出で立ちのその人物は、「ふえ……」とまん丸の眼を見開き、あたふたとして首を横に振った。
「ち……違います! 人違いです」
子猫も恥じらうような……実にいじらしいその顔をかあっと赤く染め、「ごめん……なさい」と宣うその様たるや――。
ぐはあ……可愛いー! と天に吠えそうになってしまう。
この世のものとは思えぬ可憐さだ。GIFにして一生見ていたい。
至る所から、恍惚としたため息が聞こえてくる。目の前の二人組はもちろん、周りで見守る観衆も皆、真夏の雪だるまの如く、とろん蕩けた表情を浮かべ、
「ああ……やっぱり、奏太たん、尊い……」
「同じ人間とは思えない……奏太くん、天使すぎ……!」
ビジョン前の広場に、口々に五十嵐奏太を讃える言葉が響き始める。
もはや、賛美歌でも合唱する勢いだ。宗教じみたものさえ感じる。
「人違いだ」なんて否定の言葉など耳にも入っていないかのよう。
いつものこと……ではあるが、毎度毎度、嫌気が差す。
「あの……」と俺はずいっと前に出て、わざと周りにも聞こえるような大きな声で言う。「人違いですから。――彼女は五十嵐奏太じゃありません!」
すると、すっかり目をハートマークにして惚けていた女子高生二人組は我に返ったようにハッとして、
「なん……なんですか、あなた? え……マネージャー? SP?」
「てか、今……『彼女』って言った?」
だから、なんで『人違い』の部分だけ聞き逃す!?
「マネージャーでもSPでもありませんよ。俺は、彼女の幼馴染で――」
言いかけた、そのときだった。
『ヒルスギナンデス、今日のゲストは……ドラマも映画も絶好調の五十嵐奏太くんで〜す!』
そんな弾んだ声が広場に響き渡って、ばっとその場にいた全員が振り返るのが分かった。俺も思わず、振り返って見つめたその先――大型ビジョンに映し出されていたのは、少し長めの黒髪をぴょんぴょんと跳ねさせた、小柄な少年だった。
爛々と輝く瞳は愛嬌たっぷりで、にぱっと愛くるしく微笑むアヒル口が印象的。今、飛ぶ鳥を落とす勢いの……『皆の弟』こと国民的ショタアイドル、五十嵐奏太その人だ。
『こんにちは〜。五十嵐奏太です。よろしくお願いします! お腹鳴っちゃったらすみません』
『奏太くん、お腹空いてんの?』
『そうなんですよ〜。食べ損ねちゃって。――あ、実は、今度のドラマで僕、板前目指す高校生の役やるんですけど……』
『ただの番宣やないかい!』
どっと湧くスタジオ。笑い声が木霊する中、テヘッと悪戯っぽく微笑む五十嵐奏太。その様の、なんと絵になることか。嫌味にならない愛嬌に、あざとくない愛くるしさ。さすが、アイドルだ、と言わざるを得ない。
しばらく、五十嵐奏太の番宣に聞き入るように辺りは静まり返り、
「これ、生放送……だよね?」
誰とはなしに、そう囁く声が聞こえ始めた。やがて、辺りはどよめきに包まれ、気まずい空気が立ち込める。
ようやく、理解したのだろう。目の前の彼女が、五十嵐奏太ではないことを。
だから、言っただろうが……と文句を言ってやりたくなるが。百聞は一見に如かず――とはよく言ったものだ。結局、自分の目で確かめないと納得できない生き物なのだろう、人間というものは。
どうだ、と言わんばかりに女子高生らしき二人組を睨め付けると、
「あ……えっと……すみません!」
「人違い……だったみたいで!」
二人揃って引きつり笑みを浮かべ、逃げるように去っていく。それを皮切りにさあっと波が引くように観衆も四方に散らばって、あっという間に辺りは平穏を取り戻した。
とりあえず……助かった。ふうっと一息吐く。
礼を言おう、五十嵐奏太――と大型ビジョンをちらりと見やる。まあ、元凶は君なんだけどね……!?
「ごめんね、また……」
ふと、疲れ果てたような声がして、ハッとして見やれば、
「アキちゃんにいつも迷惑かけちゃって……」
小さな体をしゅんと萎ませて、すっかり気落ちした様子の彼女。
「な……何を言っているんだ、
「え……」
きょとんとして俺を見つめるその瞳の、なんと麗しいこと。天の川でも詰め込んだかのようにキラキラと輝いて、願い事でもしたくなってくる。
しばらくそうして茫然としてから、由鶴はふわりと微笑んだ。
「アキちゃんったら……」
頰を赤らめ、照れたように笑うその顔は、愛らしく可憐で。やはり、五十嵐奏太よりも断然に可愛い――と心から思った。
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