夢:四分の三

クロユリは、壁を作る。

草原は黒く染まる百合に囲われる。

「あ…あ…え…」

やっぱり、クロユリは…

がたがた。

がたがたと震える。

恐怖にがたがたと震える。

いやだ。

やっぱり。

同じ。

「ちがう。」

クロユリは歌い。

クロユリは謳う。

「ひとりじゃない。」

蔦を伸ばす。際限なく伸びる蔦は私に近づく。

空は再び叢雲に包まれ、薄暗くなる。

ネコが空から降って、少年の手へと収まる。

ネコは威嚇している。

…そうだ。

「一人じゃない。おれがいる。」

少年がいる。

童話の中の王子様のような。そんな安心感。

大丈夫だ。この、少年は。

空は晴れないが。私の心は晴れた気がする。

「こっち。」

少年は地面へと沈む。

腕を引かれ、私も地面へと逃げ出す。

また、べちゃ、ぐちゃという感覚と共に地面から這い出る。

誰もいない街が見えた。

ビルやマンションが立ち並び、しーんとした街で信号がちかちかと点滅している。

あたりには蝶が舞い、幻想的な世界を創り出す。

ここは安全な気がした。

「まだ。まだだ。」

アスファルトを突き破り、蔦が伸びる。

がさがさとクロユリの音が響く。

がしゃがしゃとビルの音が響く。

どしゃどしゃとビルが倒れる。

また、腕を引かれ、逃げ出す。

クロユリから逃げると、ビルは崩れる。

恐怖よりもどこかわくわくする。

「ねこ、何ていうの?」

ねこの名前が気になる。

「チェシー」

だん、だん、だん。

「かわいい。ね。」

にやにや笑いの猫を、思い出す名前。

猫…?

見覚えがある。見たはずの記憶がある。

私は、なんで走ってる?


覚醒した。

…死など、そう簡単に訪れなかった。

ああ、街などなく。

あったのは、街である。

ベッドから降りる。また、夢の中か?

…それにしては床の感覚がしっかりしている。

それもまた、夢なのかもしれないが。

…扉を…開く。

開いた。開けた。

…扉の先は、クロユリが広がる。

荒廃した街に所狭しとクロユリが咲き乱れる。どこを見ても、クロユリ。

まだ、夢。

未だ、夢。

覚めない。

心底、不快。

見たくもない。

暗闇の中へとすくいを求め、今一度、部屋へと戻る。

不思議なことに、ドアがあり、部屋へと戻ることができる。

クロユリは、私を拒絶する。

部屋に入ると、たちまち激しい眠気に襲われる。

…眠らざるを得ない。

ふらふらとした足取りで、散らかったトランプを踏みながらベッドへと倒れ込む。

刹那を待つ間もなく。

意識は途切れた。


思えば先の夢は何かが違うような気がした。

私の知らない何かがあった。

私の知らない誰かがあった。

なにが。なにが。

そして、周りは、あおぞら。

私は落ちて、落ちる。

地面はなく、ひたすら落ちる。

普段なら恐怖心で満たされそうな高さ。

でも、落ちれど、落ちれど、地面は見えず。

悠久の、落下に囚われれば、落下も快楽へと変換される。

爽やかな気分になるような。

先に死が待たなければ、落ちることもまた。

刹那、ぐちゃり、と音がする。

横で、人が地面に激突して、死んだ。

白い髪の、おんなのこ。

血液のかわりに人形がぼろぼろと出る。

また、有象無象。

こんなの見飽きた。

いつまでこんな冗長な芝居を見せられるのか。見飽きて、磨きて。

落ちていたのに、いつの間にか泉で水を浴びていた。

どこか神秘的で、作られた神秘的で、神秘的じゃなくて、映画のセットみたいな。

わざとらしい光があたりを漂う。

ばかばかしい。ばからしい。ばかのようだ。

こんな場所、早く出てやる。

泉から、一本踏み出そうとする。

「ねぇ。」

右足を、ガッチリと掴まれる。

それは、多分人かもしれない気がしてきた。

それは多分驚きだったのかもしれない。

白い髪のおんなのこは残っていた。

「…夢のくせに。くらゐて。私のものへと。」

不快。リ。

どうせ夢のくせに、私に突っかかる。

苛々する。ギラギラとする。

「…あんまり、友好そうじゃ、ないかも。ねぇ。」

がちゃがちゃと食器の音。

どうしてだろう?なんでだろう?

夢なの?虚ろなの?現し世なの?

なんで、夢が話すの?


夢は、醒めていない。

未だに穴に落ち続ける。

少女アリスが如く、落ちる。落ちる。

白い髪のおんなのこは追随する。

どうして。どうして。

「あなたは。」

「だれで。」

「何を。」

「なぜ。」

とい、とい、とい、とい。

とい、とい、とい、とい。

かけて。疑問で。ハテナ。

融けぬ。主水う。

「まぁ。そうか。ね。もしかしたら。わたしは。君と。同じかも。」

混濁。混濁。こんだく。こんだ。く。

壊れかけのラジオみたいに、途切れて。

誰なのか。どうしてなのか。

わけて。わかれて。

一体何で?

わたしは。これと。同じ?

夢ごときが、夢、ごときのが。

「寝てる。でしょ。君も。」

寝ている?寝ている。のか。

いや、夢。夢。夢。窓辺にて。そして夢にて。

同じ、同じとは?同じと、同じでは?

「君もね。てる。なら。夢をみ。る。だろう。私も。同じ。だけだ。」

これは、夢だ。夢なのだ。

だが、このおんなのこは夢なのか?

潰れた体が、治っていた。

…果たして潰れたのはどっち?

「いいことを。教えるよ。君。久々に起きられるよ。」

起きられるよ。起きられるよ。

起きられる…よ?

夢から出る。出るの?

「じゃあ名前だけは、聞きたい。」

夢から覚められるならわたしは、本望。

こんな世界早く出たい。

∂。

「わすれた。髪が。白いから。白でいい。」

まぬけ。

白。

「うん。早く。起きたい。?。」

「…うん。」

ぐさり、と、なにか刺さる。

白が、私になにか、突き刺してた。

苦しい。くるしい。

だんだんと消える。

うそつき。つらいじゃん。

「じゃあ。おやすみ。」



刹那。か?

覚醒、したような。していないような。

…、体が。だるい。

口が乾く。

やけに布団が重い。

眩しい。とても人間的。

寝汗で服がぐっしょりで気持ち悪い。

お腹が空いた。

…なにやら、扉の外からカチャカチャと聞こえる。

「やぁ。起きた?」

扉の向こうから、何か声が聞こえる。

久々に人の声なんか聞いた気がする。

夢で…いや、現実?

窓の外はキラキラと太陽が輝き、人気を感じない。

「…だれ…?」

「白。夢で会ったろ?」

「…たしかに」

声は似てる気がした。

「開けてくれる?」

「う…ん…」

扉を開ける。

開ける。

開け…る…

ドアノブに触れた瞬間吐き気が襲ってくる。

気持ちの悪い汗がだらだらと流れて心臓がばくばくとする。

頭がまわる。ぐらぐらする。

「だ…め…」

震えて金切り、そんな声、

「…そう。仕方ないな。」

少し悲しそうな声。顔は見えない。

見えなき方が良いのかも。

ドアノブから手を離す。

「そういや、さっきの夢は殆どわたしのものだったね。」

謎が解けた気がした。

クロユリなんて私の中に居るわけ無いのに、あった。

あの空も、草原も、街も。

少年すらも違った。

「ゲーム、好きなんだ。昔の人の遺産。」

謎の言葉が出てくる。

昔の人?

「…あ、人はもういないよ、この世界、わたしと君を除いて。」



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