夢…四分の二

一番〈蝋夢〉


燃える。

蝋燭は燃えて、燃えて、燃え尽きて。

また、夜が落ちて来る。

空は暗い。

今は、図書館。

閉館後の図書館。

たった一本の蝋燭の光だけを頼りに本を読む。

「雪、窓辺にて冬景色。燃える蝋燭には…」

「不沈艦」

そう。

ここは、図書館で、艦船。

遥か空まで続く本棚には色々な種類の本が雑多に詰め込まれて…

そうだ…ここの出口は…

いや、本を読まなくては。

伝記。

ハームラス・ケーニリカナルスの伝記。

彼は、生涯で、蝋燭を、永遠と、蝋燭を分けた。

蝋燭。

伝記

赤名里麻荷後魏楢木那蘭の伝記。

永遠を、今朝、観測して定義して…今は世界を捉えて当には猿野塩水。

伝記なんかつまらない。

スペースファンタジー、もっと、わくわくする本が読みたい。

主人公は引っ込み思案の少女、想い人の、砂に、宇宙で、まさに地獄。

勇気が取り柄の少年の超えた技術の、賛美歌。

「…?」

いつから、私はここにいるんだろう。

「いつからでも居て、いつからでも居ない。」

そうだ。私は蝋燭の家に居て…

「でも、私はここに三千二百億年前からいるはず。」

人が見る夢が、胡蝶の夢なのか。

胡蝶が見る夢が、人の夢なのか。

私は、不良で。

「でも、今はメガネをかけて、だぼだぼの服で。」

「ぽふ」

「ぽふ」

「メラ」

「メラ」

でも、夜に、出歩いて…不沈艦なんて…

「夜、外を歩く勇気なんて無くて。」

耳は、穴だらけで…詩人で…

「悪いことなんてできない。」

「何も、生み出せない。」

くだらなかった。

くだらなかった。

本棚が本を吐き出す。

ばたばたと本は落ちて…

ドミノ倒し。

ひとつひとつ、等間隔にいろいろな本が置かれる。

どれもこれも、作者は「蒼の詩人」

船が揺れる。

船が揺れたから本が落ちたのか。

本が落ちたから船が揺れたのか。

蠍の火は夢で。燃えて。溶けて。

あれは、夢?

窓の外を鉄道が通り過ぎる。

本棚に、一冊、本が残る。

タイトルは、蠍の火。

本を手に取る。

「作者は、あなた自身。」

「かたちづくる、せかい。」

やっぱり、あれは夢。

あの、世界は夢。

私は朝を知らない。

ここでは夜は明けない。日は昇らない。

「蒼の詩人さんは──」

わたしが、蒼の詩人。

ここの本は全部私が書いたのかな。

この世界は…?

この、船の、外には…?

「外は、あるのかな。」

どうも、意識がはっきりしてきた。

ふわふわした感覚は消え失せ、床のしっかりとした感覚が足にある。

「…やっぱり、あの蝋燭は夢だった…」

まだ、抜け出せない。

まだ、この世界で。

まだ、私だけの世界で。

蝋燭は、赫い。

不沈艦は揺れる。

水銀の海は揺れる。

まるで、世界が驚愕したかのよう。

なぜ、水銀。

かぜ、水銀。

ソノトキ、ブワット、チョウガ、マウ。

ソラヲ、マイ、ワタシノ、トコロヘト。

胡蝶の夢は、覚めて。

窓の外を鉄道が通り過ぎる。

世界を形作って。

この世界を、私のものに──

ここは、魅惑的だけど。

魅惑的だけど…!

「いつまでもいるわけにはいかない。」

ふっと、気を抜くと床の感覚が消え失せ、ふわふわした気持ちと感覚になる。

ドミノ倒しの本。

視点が倒れて。

ばたばたばたばたばた。

本が倒れる。

倒れた本に沿って歩く。

本は、壁にぶつかって止まっていた。

一歩。踏み出す。

ぐにゃり。べちゃべちゃ。

ぐちゃぐちゃの何かを。

べちゃべちゃの何かを。

どろどろの何かを通り抜けて。

光が見えた気がした。



がちゃがちゃ。がやがや。

鉄道が通り過ぎる。

ふふふあははははは

笑いながら鉄道が通り過ぎる。

心底不快。

心底嫌い。

そこそこ重い。

月が落ちて。燃え尽きて。夜は暗い。

鉄道がががががががが

鉄道が通り過ぎる。

ざぶーん。ざぶーん。と音を立てて。

蝶がしゃんしゃんと鈴の音を鳴らしながら空を舞う。

そう。ここは?

公園。

周りはビル塗れで。

ビルの中にぽつんとある公園。

陽の光は全く当たらず、遊具は一つもない。

ベンチが置かれているだけ。

遊具は断頭台と、ファラリスの雄牛、それと、絞首台。

とっても楽しい遊具たちがある。

子供らしいなにかが公園で遊んでいる。

がやがや、がちゃがちゃ。

ぽつん。ぽたり。蝋燭の火、光り。

鉄道が通り過ぎる。

コドモは喜んで処刑器具へと進み、首を吊り、熱と蒸気で苦しみ、頭を飛ばす。

「心底気持ち悪い。」

ばっさり、切り捨て。

あっさり、回って。

今度は足元がぐにゃり、ぐにゃり。

落ちる、感覚はなくて、壁から出てくる。

壁は、無くて。

見えるのは、草原。

遥かに広がる草原には美しい花々が咲き、そして、薄暗い。

空には叢雲。

ちらり、ちらりと誰かが見える。

先客?

「朝は。」

「夜にて。」

「傾斜は。」

「一晩の夢。」

目元が見えない、一人の少年。

私と同じくらいの、少年。

話す言葉は青空のように透き通り、海のように広大。

「予てより、叩き。」

少年にノイズが走る。

歓迎してくれているようだた。

少年は、草原に寝そべり、手元でけものを愛でる。

「…いきもの?」

「そう。いきもの。」

まともな、返答。

夢の中のごちゃごちゃとした言葉じゃなくて───

久々に人と話した気がする。

叢雲は立ち退かない。

「くらいね。」

「…うん。雲が居なくなればいいのに。」

がたん、ごとん、と音を立てて空を鉄道が通り過ぎる。

叢雲は晴れない。

「晴れ、すき?」

はれは、大好き。

「だいすき。」

「そう。じゃあ晴れるよ。」

少年がそっと手元のけものを空へと放つ。

猫のようなもの。猫のようなけもの。

猫は空へと駆けるとすぅ、と消えていく。

瞬間、世界は晴れ渡る。

叢雲は消え失せ、青い、青い空が広がる。

青い。

信号は、赤から青に変わって…

晴れ渡って…

「きれいでしょ。」

「うん。きれい。」

空から、ぽつ、ぽつ、とろ、とろ。

蝋燭が落ちる。

地面におちた、赫い蝋燭は、花へと変わる。

黒く染まって、

大きく、育って。

できた、花は。

「クロユリ…?」

悪夢は、続く。

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